プロローグ
暗闇って怖いよな。
なにが潜んでいるのか分からない。
どこまで続いているのか分からない。
でも、暗闇の持つ底知れない雰囲気が、俺は昔から好きだった。
繁華街のきらめく灯り、都会の喧騒……
そのすぐ近くにも暗闇があり、静寂がある。
ビルの隙間から伸びる黒い影が見えないかい?
あれに捕まると少々厄介なんだ。
気づかないうちに取り込まれる奴もいるからね。
俺は子供の頃から暗闇にいるのが好きだった。
部屋の電気を消してクローゼットに閉じこもると、暗がりの静寂の中で、サワサワと胸をくすぐる存在を感じた。
その存在はたまに俺の中に入ってきて、いつの間にか体内に蓄積して、俺との繋がりを強固にしていった。
俺はそれが心地よかった。
人との繋がりよりも暗闇の方を求めた。
暗闇はいつしか生き物らしい形と幼児並みの意識を持ち、俺の一番の友達になった。
名前も付けた。黒いからクロさん。
そいつは今でも〝トモダチ〟で、俺と同居しているから、機会があれば紹介するよ。
とまあ、こんな奴だから、大人になった今でも人付き合いは苦手なんだよ。
人間の友人は……1人はいるな。1人だけとも言う。
代わりに人外の存在には結構好かれるみたいだ。
これから始まるのは、そんな変わり者の俺が出会した“怪異”の話だ。
* * *
俺は奥村ハジメ、あまりパッとしないが一応霊能者だ。
仕事は『怪異の何でも屋』、心霊現象や怪奇現象っぽいことならだいたい何でも請け負う。選り好みはしない、してる場合じゃない、生活かかってるんで。
まあ、最近こなした仕事でもちょっと紹介しておこう。
先々週の仕事は……
山奥の廃村に取り残された神社から、貴重な文化財だという御神体の木像を持ち帰ってほしいと、俺の恩師である大学教授から依頼された(自分で取りに行くのは怖いらしい)。
御神体は無事に回収できたのだが、俺が触った途端に神様が復活してしまった。
放置されること数十年、人恋しかった神様の悪戯(というか、かくれんぼ)に付き合わされ、俺は森の中を半日彷徨った。
神様は遊び疲れて満足したのか何処へともなく去ってしまい、御神体は空っぽになってしまった。
かなり焦ったが、空っぽになったことは勿論依頼者には内緒にした。
先週の仕事は……
戦国武将ブームの波に乗って観光地化するという戦国時代の城跡に、正体不明の霊が出るので祓ってほしいという依頼を受けた。
依頼内容は確かに「正体不明の霊」だったが、そこで現れたのは巨大なイノシシ(生きている本物)だった。
追いかけ回されて死ぬかと思った。
猟友会を呼んで解決した。
イノシシはボタン鍋になった。
醤油仕立てでとても美味かった。
そういえば、城跡には足軽らしき霊が何体か居たのだが、イノシシに蹴散らされ非常に弱っていたので、お経を唱えたらすんなりと成仏してしまった。
俺の仕事はいつもこんな感じだ。
なんだかなぁ……あまり霊能者らしくない、と言われるとグゥの音も出ないが、それが俺なんだから仕方がない。
もっとこうさ、小説や漫画の主人公みたいに霊能力とか法術とか格好良くキメてみたいんだけれど、そんな力がある訳ないしなぁ。
これくらいのドタバタ具合が俺には似合っているんだろう。
* * *
そんな俺に、今回はかなりヤバい依頼が舞い込んできた。
『神隠し』
解決しろって……いや無理でしょ。
俺みたいな弱小霊能者がどうこうできる現象には思えません。
俺が隠されて終わり、なんてな。
友人に頼まれたからつい引き受けちゃったけど、どうしたもんかね。
いつも通りゆるっと適当に、なんとなく頑張るしかないか。
いざとなったら“トモダチ”に助けてもらうとしよう。
──そして今、俺は夜の山小屋で、一匹の怪異と向き合っている。