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死神さんと邂逅

 福良幸也ふくらゆきなりは、生涯約十五年間のほとんどの間、自分を幸福な人間だと考えていた。

 なぜか引いたくじは必ず当たり、テストで分からない問題が出たとしても、運任せに解くとなぜか正解にたどり着く。

 某ポケットの中のモンスターを戦わせるゲームでも相棒は三割の神ことラプラスだったし、それでこのゲームを無双できるくらいには豪運の持ち主だった。おそらく特性は「きょううん」で間違いないだろう。

 そんな幸也だったが、こと八月三十一日の現在において、珍しく彼は自分が不運だと思っている。

 無理もないだろう。順風満帆な人生を歩み、今日も自販機でジュースを一本買った帰りの事。両手にジュースを持って振り返ったそこに、何やら黒いオーラを放つ黒いボロきれを着た少女が居た。

 寒気がするのではなく見えるのだ。八月夏模様の広がる青い空、カラフルに並ぶビルの群れ、陽炎の揺らぐ黒いアスファルト、よりも黒い漆黒とも言うべきオーラとそれを纏う少女、という何か異物が混入した景観。

「あなた、今幸せ?」

 不気味な少女が口を開く。幸也は知らないふりをして帰路に着く。見なかったことにしようそうしよう。

 なんだったのかと思い、振り返り彼女を見る。少女は自販機の前に佇んだまま、ただの一歩も動こうとはしない。追ってくる気配はないな、と幸也は安堵した。

 しばらくすると角に差しかかるので、幸也はこの角を左に曲がると少女がいた。

「!?」

 特攻(ぶっこみ)の拓さながらの!?が飛び出した。それほどに幸也は驚いた。

 角から自販機の前を再度見る。しかし、そこに少女の姿は無い。

「ねえ?あなた⋯幸せ?」

 少女が再び尋ねる。だが幸也は恐怖のあまり返答をすることは無い。

 買ったジュースすら投げ捨てて、一目散にその場からの逃走を測った。

 角を右曲がる。少女がいた。反対へ逃げて左へ曲がる。またいる。ならば右へ行く。またやつだ。ならばずっと直進だ。家に帰れない。

 行く先々に現れる。

「ね、ねぇ?今⋯幸せ?」

 少女は少し戸惑うように語りかける。

 幸也は長距離を全力で走ったためか、もうすっかり息が上がっている。

「なわけねぇだろカスッ!なんなんだてめぇコラ!ついてくんな死ねッ!」

「質問に質問で返さないで」

「あぁ?知るか死ねッ!」

「いいえ。私は"あなた"を死なせるために来た。私死神。あなたの命、貰う」

「知るかッ!消え失せろクソッタレッ!俺様は神に愛された男なんだよォ!一昨日来やがれボケカスがッ!」

「最後の言葉は⋯それでいい?」

 途端に纏っていた黒いオーラが辺り一帯を覆い隠し、世界は著しく彩度を失う。形容するならゴア・マガラの"あれ"である。

「うぇ⋯?」

 幸也は唖然とするしかなかった。

 死神を名乗る少女は徐にボロきれの中を漁る。

 するとボロきれが突如影と癒着し、影の中から死神はおろか幸也の体よりも大きな鎌が出現した。

「あなたの命、美味しそう♡」

 ヒソカのような語尾で舌なめずりをする死神。そして死神はその鎌を振りかぶる。

 その姿に怯えてか、本能かは分からないが幸也は再度逃走した。

 五十メートル七秒一の幸也に、パッと見では年齢をどれだけ見積っても中学生が限界の死神が追走する。

 しかし、その差は全くない。参考程度ではあるが、女子中学生(十四歳)の五十メートル走平均は八秒七六である。つまり、ほとんど七秒丁度の幸也に差をつけさせない彼女は、全国平均より一秒半以上も足が速い、女子中学生としては優れたフィジカルの持ち主と見ていいだろう。

 その上、彼女は鎌を担いだまま走っているので、実際の走力は男子高校生である幸也よりも速いと考えられる。

 そして、逃げに逃げて幸也と死神ご交差点に差し掛かったその時、幸也の足がもつれ、幸也はバランスを崩して転倒する。そして、その隙を死神は見逃さなかった。

「アハハッ!貰ったァ!」

 死神は女児の見た目からは想像できない跳躍力で飛び上がると、振りかぶった鎌を振り下ろす。

「うわあああ!」

 幸也刃物に対して無意味な防御姿勢を取り、顔を背ける。

 しかし、振り下ろした鎌は無駄に跳躍した分、死神の股下の空を切り、当然幸也に命中はしなかった。

 そしてあろうことか、鎌に振られて、遠心力で死神は鎌に投げ出されてしまう。

 大きい鎌を使う弊害がもろに出てしまった格好だ。

「うぇええええぇぇ!!!」

 情けない声を上げながら、死神の体躯が宙を舞い、幸也のその先へ落下する。

 気づけば辺りの黒いオーラが引いて、青い八月の街中に戻ってきていた。

「い、たたたぁ⋯。なんか、助かった⋯のか?」

 幸也は打撲箇所に手を当てながら立ち上がる。幸い派手に転倒した割にはちょっとしたアザで済んでいたようだ。しかし、呑気にしている場合ではない。ついさっきまで命を狙われていたことに気がつくと、幸也は周りを見渡す。その時だった。

「キャアアア!」

 群衆の叫び声が交差点にこだまする。

 叫び声は、交差点の中心に向けられていて、幸也も思わず交差点の中心に視線を向ける。

 そこにいたのは、なんと転んだまま起き上がれない追手の死神で、彼女は運悪く、青信号で車の侵入が許可されている交差点の車道に、その身を投げ出されてしまっていたのだ。

 そしてさらに不運は続き、悲鳴の上がる交差点に向かって、大型のトラックが侵入してくるではないか。

「うわあ!子どもがいるぞ!待って!止まれ!」

 交差点は阿鼻叫喚の嵐だ。トラックも交差点に少女がいることに気が付き、ブレーキを踏むも間に合うかはかなり怪しいところ。

 そんな中、当の幸也は咄嗟に身を車道へ投げ出していた。

 赤信号の横断歩道、交差点。動けない死神に助走をつけた体当たりを幸也はかまし、彼女を車の居ない対向車線へと、自らの体を道路へ強く打ちつけながら、つき飛ばした。

 痛みが自身の体を襲う。全く動けないことはないが、少なくとも、すぐに立ち上がれるような状態ではない。

 その時、幸也は気がつく。死神を突き飛ばした今、赤信号の交差点でトラックに轢かれそうになっているのは自分だと、これも死神の作戦だったのだろうと。

 まんまとハマってしまったなと少し寂しげな表情だが、その心に悔いは無かった。例え死神だとしても誰かの命を救って死ねるのは素晴らしいことなのではなかろうか。そう思いながら目を閉じて、トラックの突撃を受け入れる。


 幸也が目を開くと、大型トラックのフロントと、幸也を覗き見る群衆で、視界は空の青さ一つ見えない。

 ただ一つ分かるのは、間一髪でトラックは止まっていた。幸也は轢かれずに済んだのだ。

「兄ちゃん大丈夫か!」

 声が聞こえる。声の方向を見るとタンクトップで筋肉質の男性が幸也に話しかけてきていた。恐らくトラックのドライバーだ。

「えぇ⋯なんとか。それより、あいつは⋯」

 幸也は起き上がって周りを見渡す。しかし、死神の姿はどこにも見当たらない。否、群衆に遮られ、人探しどころではない状態。

 立ちあがろうとすると、体全体を鈍痛が襲うが、それでもよろけながらであれば、立ち上がること及び歩行も可能な程度の怪我だった。

 群衆は立ち上がり、その場を後にする幸也を見ると、ただただ、彼が無事であったことに安堵し、再び日常へと帰還していくのだった。

「今日は疲れたなぁ。いてて⋯擦りむいただけだったのが幸いか⋯」

 様々なことが折り重なった今日。出来事を振り返りながら幸也は夕暮れに染まる帰路に着く。

「待って」

 呼び止められ、幸也は振り向く。

 見ると、そこにはボロきれと黒いオーラを纏ったあの少女、否、死神がいた。

「またお前かよ!こ、今度はなんだ!死んでたまるか!俺はまだ死ぬつもりじゃ」

「違う。迷惑かけて、顔も見たくないと思うけど、私、まだあなたの答え⋯聞いてないから」

「な、なんだよ、答えって⋯」

「あなた、今幸せ?」

「お前なぁ、今日の災難の数々を見て、どうして幸せだと思えるんだよ」

「そ、そうよね。やっぱり、私のせいで⋯」

「幸せだよ」

「えっ!?」

死神は予想外の返答に思わず驚く。

「災難続きだったのは事実だけどさ、俺もお前もなんだかんだ無事だったんだ。それだけで⋯もう十分じゃないか?」

 屈託のない笑顔を見せて幸也が語る。

 その言葉を聞いて、死神は胸の中に芽生えた想いをぶつける。

「福良幸也さん!私⋯あっ、あなたの事が好きです!付き合ってください!」

「⋯はぁ!?おまっ、えぇ!?何言ってんだ、突然!?」

「おかしなことを言っていることは重々承知です。死神と人間が恋に落ちるなんて聞いたことありません。でも、私⋯幸也さんのこと、本気なんです!」

「そうじゃねぇよ⋯てか、知らねぇよ!ふざけんな!なにが好きだよ!今日初対面じゃねえか!」

「一目惚れみたいなものです!」

「冗談じゃねえよ!なーにが一目惚れだ!死神が来るだけでも嫌なのに…傍らで付きまとってくるとか御免だわ!」

「でも!好き!」

 福良幸也、高校一年生。誰よりも幸運に自信があり、(死)神に愛された男。

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