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雪が舞う

作者: 黒楓

今日の黒楓はしっとりさんです(*^^)v

 タワーの高層階を占めているホテルで朝を迎えた私は……彼が淹れてくれたコーヒーを手に窓辺に立つ。

 チラチラと陽が遊ぶカーテン越しに外を眺めると、眼下にオフィス街、遠くの雲間には富士山が望める。

 部屋の中は……彼が何本か掛けている仕事の電話以外、静寂に包まれているけれど……どれだけ厚いのかが分からない位に見事な透明度のガラスが画している“外”の世界は、どうやら風が吹きすさんでいるらしく……一瞬、外の寒さのイメージが脳裏に浮かび、私はコーヒーカップに口付ける。


 本当に……

 上質でまろやかな香りは彼そのものだ。

 私は昨夜の逢瀬を巻き戻し、静かな吐息をため息に混ぜてカップの中身を僅かに揺らす。

 そろそろ彼を解放してあげなければ……


「もうお邪魔かしら?」


「あなたが僕を邪魔にしているのでは?」


「そんな事は無くってよ。“狩場”が呼んでいるのでしょ?」


「狩場ですか?」


「そう、狩場!殿方が命を燃やすのは……『仕事』か『女の肌』と相場は決まっているのだから」


「それは手厳しいですね。僕は欲望の虜ですか?」


「では聞きますけど……あなたにとって私は役不足でしたか?」


 その言葉に弾かれた様に歩み寄って来た彼は私を抱き締める。

 そして、私の言葉の息遣いまで飲み干さんばかりに彼は深く私を吸い、私はまた彼の裸の胸に沈む。

 真新しいワイシャツのボタンに髪を絡めて……


「なんとも離れがたい人だ! あなたの姿が見えなくなった途端、この胸にポッカリと穴が空くのだから」


「ならばその穴はお仕事で埋めてくださいな」


「ええ、それが男の本能ですから!喜んでワーカホリックになりましょう!その結果があなたの()()()()()を肥えさせる事になり、間接的にはあなたの為になります。」


「ふふ、その回りくどいラブレターが……私のつまらない日々の支えになりますのよ」


「では、私の支えは? ご褒美は下さらないのですか?」


「差し上げますとも。私にあなたの時間を下さるのなら、いつでも部屋をお取りします。忙しい殿方のお手は煩わせません」


「綴りこそ違えど、このホテルの名前はあなたが呼ぶところの私の様です。私こそ、あなたの為に何を惜しむ事がございましょうか」


「お優しいのね こんな私にも」


「あなたなればこそです」


 私は……尚もキスの雨を降らそうとする彼の胸を押しとどめ、ワイシャツのボタンをひとつひとつ掛けてあげる。


「さあ、もうお行きになって! あなたを想う涙をこれ以上……お見せする訳には参りませんから」



 ◇◇◇


 彼が“狩場”へ向かい……

 もう本当に静まり返った部屋にこれ以上居ても意味が無い。


 私は予定を入れて部屋のドアを閉め、娑婆へと落ちて行くエレベーターに乗り込む。


 ふと、思い立って……コンシェルジュにお願いして置いたハイヤーを断り、タワー横に敷設されている人工の森へ出た。

 いつの間にか雪が降っていたからだ。


 散策する私の前を、結晶の有り様まで目に見える位に大きな雪が、ゆっくりと舞い落ちる。


 それが私に……遠い昔に捨ててしまったバーゲン買いのダウンのコートの袖口から零れ落ちていた羽毛を思い出させた。


 あの可哀想なダウンコートから逃げたくて必死にあがいてここまで来たけれど

 結局のところ、あの可哀想なダウンコートと今の私に

 どれ程の違いがあると言うのだろうか?

 問うても木々のざわめきがするばかりで……

 諦めの微笑みが浮かぶ頬にくっ付いた雪がほんの一瞬留まって

 涙の代わりをしてくれる。


 だけど真実は……

 舞う雪の様に今日も私の手のひらの上で溶けていった。





                          終わり





私だってこういうのを書くのですよ(^_-)-☆




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― 新着の感想 ―
 本当にしっとりと、読んでいると三島由紀夫の豊穣の海の文体を思い出しました。  確か1巻のタイトルは春の雪。  この作品の雪は冬の終わりの名残雪なのか、秋口の冬を知らせる雪なのか。  きっと沢山、純文…
望んでいたモノを手に入れた筈なのに…… センチメンタルですねぇ  (u_u*)
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