精子と卵子とラブレター
「メッセンジャーさん、そう名乗るって事は、何かを伝える使命があるの?」
「え?」
雲一つない青空の下、荒野を貫く舗装道路を大型トラックが直進する。
助手席で暑そうに白ワンピースの胸元をひらひらさせたり、麦わら帽子を落ち着きなく弄んだりしながら問う。
黒の長髪を後ろで結び、ワイシャツにベストを着込んだ者は、運転の方に意識を割きつつも曖昧に返事をした。
「分からないな」
「ちょっと、どういうこと」
「何かを伝える……。メッセンジャーにそんな意味があったんだ」
「メッセンジャー。品物や伝言を預かって、送り届ける人。地球ではそんな意味で使われていたんだけど」
「奇遇だね。私もいまそんな仕事をしている」
――意外と、偶然じゃないかもしれないね。
メッセンジャーはそう前置きして、続けた。
「私は、東の果てに行ってみたい。東の果てに、私の愛を待っている者がいる気がするんだ。……だから私は、放浪者なんかやっている」
「ほら、やっぱり。メッセンジャーだ」
やがて地平線の彼方に、灰色の建築物が見えてきた。
「南に1距離単位、間違いない。あのシェルターだ」
「なら、東に行きたいのに何故南に?」
「好奇心が尽きないみたいだね、地球人さん」
皮肉だと受け取られてしまったか、地球人は黙ってしまった。
「――人助けさ。困っている人を無視して東に行くことはできない」
「シェルターの人達はどんな事に困ってるの?」
「それは分からない。救難信号が出てるらしい話を聞いただけだから」
灰色の建築物は地下への入り口だった。
重厚な隔壁と、複数台のカメラ、それから迎撃用のマシンガン。
地下の生活を守るために最低限必要なものが無傷で揃っている。
「車を降りて、顔をみせてくれませんか」
カメラから声がするので従う。
「初めて見る顔ですが……」
「私は放浪の運び屋をやっているメッセンジャー、助手席にいるのは……まあ、助手みたいなものだ。北のシェルターからの救援物資を届けにきた」
「メッセンジャー殿。貴殿の助力に感謝します」
隔壁がじわじわと開かれていく。
車に乗り、地球人が肩をすくめる。
「困ってるっていうから、もっと疑心暗鬼になって攻撃してくると思ってた」
「考えもしなかったよ」
隔壁の先の巨大エレベーターを降りていく。
底に着き、灰色の通路を進んでいくと広い空間に出た。
待っていたのは、痩せこけた者だった。
「ようこそ。私はここでシェルター長をさせて頂いている者です」
「ああ、どうも……。それにしても、大丈夫? すごい痩せてるけど」
「いえ、いえ、食糧は細々ながらも安定供給できています」
メッセンジャーは地球人に手伝わせつつ、救援物資の荷下ろしを始めた。
食糧、衣類、ビタミン剤、抗生物質、魔力補給剤。
「――ただ私は、双子を流産してしまいまして」
さらっと重い情報を出してきた。
この世界において『流産』という言葉にはみっつの含みがある。
ひとつ、有力な技術者の不在。
「助産魔術師は?」
「ここ五年はおりません。優秀な生活魔術師ならいましたが、やはり専門外な上、近頃姿が見えず……」
ふたつ、物流システムの崩壊。
「地元の運送会社を使ってよそのシェルターから凍結受精卵を融通してもらう――のも、不可能な状況だったんだろうな」
「この地域の運送会社は五年程前に解散しました――最後の野外適正者が嵐に飲まれ亡くなり、遺体を回収しようとした不適正者のスタッフたちが無理に野外に出て、太陽に焼かれて亡くなったと聞きます」
みっつ、シェルター内部の脅威。
「流産した際の、幻獣化した胎児は?」
「居住区の一部を切り離して隔離措置を行いました」
「弔わせてくれ」
その宣言にシェルター長は深々と頭を下げる。
メッセンジャーは車からショルダーホルスターを取り出し、リボルバーとナイフをざっと目視で点検してから、ようやく地球人を一瞥する。
「君には見せたくない光景だ。ここでシェルター長と荷下ろしを――」
シェルター長と地球人が同時に否定した。
シェルター長は子を送る最後の機会を求めていて、
地球人は世界への理解を深める機会を求めていた。
居住区は地下中層に位置し、4×4の碁盤目状に分かれているうち北西端の区画が隔離対象だった。
「ロックを解除します」
隔壁が開く。
惨状を予想していたが、内部は整然としていた。
ある程度家財が持ち出されていて、死体もない。
リスクを説明し、事前に避難させたのだろう。
そして住民たちも素直に従っている。
統率の取れた良いシェルターだ。
「ねえ、幻獣って……?」
地球人が口を開いた直後。
緑の非常灯が薄く照らす通路の遠くから、ひたひたと足音がした。
シェルター長が地球人の口を塞ぎ物陰に引っ張る。
メッセンジャーだけが堂々と歩みを進める。
足音が急速に近づく。
ナイフを抜き、振り払う。
血しぶきと、肉が落ちる音だけがあった。
反対の手でリボルバーを抜き、床に二度撃ち込む。
弾丸は床に痕を作らず、空中でひしゃげてこぼれ落ちる。
何かのうめき声。
もう二度発砲。
何かのうめき声。
もう二度発砲。
最後に放った二発のみが、床に弾痕を作った。
うめき声はもうない。
「一人目」
流産した子を一人と数えたのを聞き、シェルター長の目に涙が溜まる。
メッセンジャーは淡々とした態度でナイフについた血を布で清めて鞘に収め、リボルバーに弾薬を装填し、闇に向けて歩む。
闇の中から今度は四回の銃声があり、やがてメッセンジャーは帰還した。
「二人目も。そして来てくれ。見せたいものがあるから」
区画の中央には医務室がある。
そこには全身を切り裂かれ息絶えた白衣の者。
「そんな……! 貴方、瞬間移動の魔術で出ると言っていたのに、ここに残っていたの……」
助産魔術を試みていた生活魔術師が、この白衣の者なのだろう。
傍らには液体窒素タンク。
「なるほど、瞬間移動に巻き込めるのは軽い衣類だけ。重いタンクを守りたいならここに残って幻獣と戦うしかない」
近くに手紙が遺されていた。
助産前に予め書いておいたのだろう、シェルター長が他の誰にも明かさない真の名前を宛名にしていた。
「では、私たちは先に戻っているよ」
『ねえ、泣いてるのに放っておいても良いの?』とでも言いたげな顔でメッセンジャーの方を見る地球人だったが、しかしそっとしておこうというメッセンジャーの意思に折れて搬入口まで戻ってきた。
「セックスじゃダメなの?」
荷下ろし中、地球人が唐突に言い出した。
「セックス?」
「だから、わざわざ幻獣が産まれるかもしれない魔術で人工授精させるんじゃなくてさ、その、男と女が……ヤれば済む話で……」
「男……?」
メッセンジャーは地球人が唖然としているのに気づき、取り繕う。
「もちろん私だって男くらい知っているさ。万能細胞から精子を作るんじゃなく、自前の生理機能のみで安定した理想的な精子を製造できる、神話上の種族だろう」
地球人の眉間にどんどん皺が寄っていく。
「つまり、この世界には女しかいないってこと……?」
「私たちが『女』だなんて考えもしなかったけど」
「ええ……? あなたたちが『助産魔術』で作っているのはY染色体のない精子ってこと……?」
「Y染色体?」
「作業に戻ろうよ、何でもないから」
「いや、君のこの世界への好奇心は未だに満たされていないはずだ。何でも聞いてくれ」
遠くでエレベーターの稼働音。
逡巡して、地球人が口を開く。
「人工的にしか人口を保てないなら、助産魔術師の居ないシェルターはどうなるの」
「滅びます」
メッセンジャーが答える前に、戻ってきたシェルター長が断言した。
「まず野外適正があることに賭けた者たちが死の太陽の下に出て、あとはそれ以外が緩やかに滅んでいくのでしょう」
シェルター長は、生活魔術師が命がけで守った液体窒素タンクをトラックの横に置いた。
メッセンジャーは彼女の目を見据える。
雰囲気が変わったな、と思った。
「私たちは東を目指すが……何か届けたいものはあるかな。助けになろう」
「では、このタンクを東に6距離単位のシェルターまでお願いできますか」
「察しは付くが、中身を伺っても?」
「精子と卵子――。魔術師を失った我々には過ぎた代物です。このまま保存期限を超過するよりは、助産魔術師の居るシェルターに提供し、見返りを求めた方が有意義と考えます。救援要請書の配達もお願いします」
メッセンジャーは頷く。
その夜、トラックは満月の下を走る。
月は、死の太陽を反射して輝く存在。
不適正者が月光を浴びると焼死する。
「ねえ、遺言の手紙に、こう書かれていたんじゃない? 『お互いの精子と卵子を遠くに託し、誰かが産む子供を愛の証としよう。さようなら』って。ラブレターだったのよ、絶対そうだって」
メッセンジャーの眉間にしわが寄る。
そうだとして、コミュニティと愛を守る命がけの行動を、面白い話の一節として消費する気にはならなかった。
「そうかな」
「そうでもなきゃ、シェルター長が急にキリッとした説明が付かない。今後のアドバイスも沢山書いてあったんだと思う」
「……それより私はセックスが気になる。男という伝説の種族の実在が証言され、通常は魔術的処置にて行う『繁殖』を、なんと生身でこなす秘儀の存在まで仄めかされるとは、学びの多い1日だ」
身体接触と繁殖行為を結ぶ概念を『発見』して喜ぶメッセンジャーに、地球人は異世界を見た。
「そうね……これは大真面目な種の存続の話」
「別に、私もそこまで真剣ではないけどね。寄り道しながら、楽しく東に向かいたいだけさ。世界は広大だ。雑学は良い暇つぶしになる」
殺風景な荒野と、延々続く舗装路と、満天の星空。
今はただ、一つの箱と一通の手紙を届けるために。
終。
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