結婚相手を交換したいと言いますが、あの男はやめた方がいいですよ?
二歳年下の可愛い妹ミランダは、家に帰るなり両手を組み、潤んだ瞳で私を上目遣いで見た。
私の長年の経験が告げる。
──嫌な予感しかしない。
「あのね、お姉様。お願いがあるの」
「なぁに、ミランダ。今月のお小遣いアップはもう駄目よ?」
「ううん、もっと大事なことなんだけど……」
「ドレスは先月に手配したでしょう?宝飾品も合わせたいかもしれないけれど、今月は諦めてね」
「うん、でも、それでもなくて……」
私はミランダの今月と来月の予定を頭に並べた。
「今日、お見合いに行ったでしょう?」
「そうよミランダ、帰宅早々におねだりから入るからすっかり大事なお話を聞き忘れてしまっていたわ。ひとまず、お帰りなさい。……それで、どうだった?」
我がヒラクスナ男爵家は、爵位はあれども家計は年中火の車で、使用人の一人も雇えない貧乏貴族だ。
しかし、幸いにも才女と呼ばれた私はつい最近とある伯爵家に呼ばれ、家門立て直しの為に一人息子と結婚してくれとお願いされた。
本人との面会はまた後日ということで、そのうち手紙が届くらしい。
そして私の自慢の妹は、目出度くも今をときめくやり手のジェントルマンと名高いザイック商団の跡取りと見合いが決まり、私はここ最近貯め込んでいたへそくりを全額投入して妹の全てを磨き上げ、今日のお見合いへと送り出したのだ。
妹は散財するのが大好きだから、爵位はなく平民だったとしても金持ちに嫁ぐに限ると考えている。
残念なことに妹は結構天然ちゃんなので、色々自分が仕切らなければならない貴族の妻よりも商団の妻の方が妹の結婚生活に負担が少ないと思ったのだ。
妹は、女神のように整った顔に、眉根を寄せた。
ああ、その憂いを帯びた表情も素敵だけど、嫌な予感が確信に変わりそうで早くも目眩がする……!
「ええ、それなのだけど……お姉様から今をときめくやり手のジェントルマンと聞いてお見合いの場であるカフェへ向かったのだけど」
「うんうん」
「椅子に座っていたのは、チビハゲデブの脂っぽい方だったの」
「うんうん」
「だからこの話はなかったことにして、お姉様のお見合い相手と会ってきたのだけど」
「……うん?」
ちょっと待って、ミランダちゃん。
「ええと、ザイック商団の……クルト様へのご挨拶は……」
おかしいわね、大事な妹と見合いをさせるのだから、情報ギルドから先に仕入れた情報によると皇太子顔負けのイケメンという話だった筈だけど。
私は心の中で首を傾げながら、ひとまず尋ねた。
「勿論、声を掛けずに済ませましたわ。近寄りたくありませんもの」
私は蒼白になる。
う、嘘でしょ……!!
日々忙しくされているクルト様と、たった十五分のお見合い時間を取り付けるのに、半年前から賄賂……じゃない、根回ししたりとんでもない労力を掛けたのに……!
ついでにミランダに骨抜きにして貰って、投資主との太いパイプ作って、3倍にして返すからと約束して投資資金を借りる予定がっっ!!
──しかし最悪、それはもういい。
情報ギルドの情報を鵜呑みにした私も悪かったのだ、多分。
妹をチビハゲデブに嫁がせないで済んで良かった、と考えよう。
最初から妹に頼らず直球勝負で投資話をしに行けば良かったのだ。そちらは改めて謝罪をしに行った時、相手の様子を探りつつ話題にしよう。
それよりも。
それよりも、だ。
「えと、それで……」
私は顔を引き攣らせながら、もうひとつ気になった話を聞く。
聞きたくない。しかし、聞かねば。
「私のお見合い相手と会ってきた、とはどういうことかしら?」
私が嫌々ながら尋ねると、妹は女神顔負けの微笑を浮かべて言った。
「お姉様のお見合いへ、私が代わりに行ったの。お姉様のお見合い相手のマルンナータ伯爵の令息に先程お会いして、直ぐに意気投合致しました。そして、彼と結婚のお約束をしたのですわ」
ガン、と頭に煉瓦を落とされたような衝撃が走る。
「……な、何故、私のお見合いの予定を?というか、私の見合いの予定を、私が知らないのだけど?」
色々おかしい。おかし過ぎて笑えない。
「ああ、それは私が誤ってお姉様宛の手紙を開封して、自分のことだと思って本日お見合いへ私が行ったのですわ」
う、嘘でしょう……!?
相手に手紙の返事すら送らなかったの?
そもそも、一日に二件もお見合い予定を入れるもの!?
逆によく会えたな、とすら思う。
相手があの伯爵令息でなければ、現れなかったかもしれない。
私が衝撃を受けている中、妹は態度を急変させて言った。
「お姉様ったら、狡いわ……!!自分だけ貴族の、しかも伯爵家のあんなに格好良い人に嫁いで、私には平民のチビハゲデブをあてがうだなんて……!!」
「誤解よ、ミランダ」
妹はその場に崩れ落ちるようにしてわんわん泣き出し、私は慌てて妹の傍に駆け寄った。
「ミランダ、貴女の願いは極力叶えてあげたいけど、あの男……いえ、あの方だけは駄目よ」
「何故ですかっ!?妹の恋路を邪魔したいのですかっ!?」
妹が潤んだ瞳で私に縋り付く。
自分が結婚する相手も、妹の恋した相手も、悪く言いたくはない。
ミランダをあの男に会わせたらこうなるんじゃないかと思って、あの男の話題は極力避けてきたのに。
バレないように、ひた隠して来たのにっっ!!
「……ミランダ、こんなこと言いたくはないけれど……あの男の良いところは、顔だけよ?」
馬鹿正直に言ってしまった。
「そんなことありませんわ!」
そんなことあるんですよっっ!!
「いいですか、ミランダ。ここだけの話、あの伯爵令息の趣味はギャンブルにお酒に女遊びです。領地改革も下……あまり上手ではなく、無駄な投資をしてお金をドブに捨てるような方なのです。今は貴女に愛を囁いたとしても、明日はわからない、そんな男なのですから」
あんな男に妹を嫁がせたら、妹は毎日泣き暮らすに決まっている。
隠し子だって何人いるんだかわかったものではない。
「……でも、あの方は私との出会いを運命だと、君しか考えられないと仰って下さいましたわ」
「あのね、ミランダ。私はきちんと情報ギルドに調べさせて……」
「その情報が間違えている可能性も、ゼロではありませんわ」
妹にそう言われ、私はうぐ、と言葉に詰まる。
それは……そうだ。
イケメンと聞いていたクルトがチビハゲデブだったのだから。
しかし、仮にチビハゲデブだったとしても……あの伯爵令息よりはマシな筈だ。それは、私に懇願してきたご両親の様子を見れば間違いないだろう。
「ミランダ、貴女にはまた素敵なお相手を探し……」
「嫌ですわ!私はあの方と一緒になりますっ!!」
私はその後、何度も説得を試みたが妹の決意は固かった。
伯爵家からは、私への謝罪文と共に、息子がミランダ嬢を大層気に入り、ミランダと結婚出来ないならこの家から出ていくと脅された、リュシー殿の妹君ならきっと同じように美しく賢いであろうから、申し訳ないが息子と妹のミランダを結婚させてくれないか──そう記された手紙が同封されていた。
顔だけ男の伯爵令息とミランダの組み合わせなんて、泥舟の予感しかしない。
けれどもこちらは力のない貧乏男爵家で、あちらは破綻しそうだけれども長く続く名門の伯爵家だ。
こちらに拒否権なんてない。
私が頭を抱えている中、ミランダからとうとう部屋から一歩も出ない、ご飯も食べない、という強硬手段を取られた私は、断腸の思いで妹の希望に応えたのだった──。
***
私はその日、オークション会場で商品を物色していた。
目を付けていた品はさっさと高値で取引されてしまい、やはりなと肩を落とす。
しかし、第二部の一番始めに出た品には会場の者達は興味を示さず、私はシメシメと札をあげた。
「はい、27番64出ました……おお、15番70出ました」
……!?
私がチラリと左側を見れば、いつもの天敵が札を上げている。
私がしているのは、オークション会場に足を運ぶことを厭うわりに価値のあるものをコレクションしたいという貴族の要望を満たす仲買のようなものだ。
私は昔、街の骨董品店にて二束三文で売られていた物がどうしても素敵な物にしか見えなくて、自分としては珍しく実用品でもないのにそれを購入した。
そしてそれを鑑定に出したところ、まさかの本物だったのだ。
二束三文で売られていた品は、男爵家の古びた棚から厳重な警備のついた国宝級の品が並ぶ陳列棚へと場所を変えたのである。
幸いなことに、私には審美眼というものが備わっていたらしい。
そんなことを二、三回繰り返した私の噂を聞きつけた人が、私にこの仕事をこっそり紹介してくれた。
だから、父の稼ぎからなる男爵家の家計は常に火の車であるが、実は私が大量のへそくりを貯め込んでいたりもする。
ただ、私の質素な姿と家計を必死にやりくりしている生活態度から、あまり気付く人はいなかった。
因みに私に見合いの話を持ってきた伯爵家は、この仕事を紹介してくれた人と仲が良かった為に私の存在を知ったらしい。
挨拶も交わしたことのない伯爵家から私宛にお手紙を頂いた時は、何か闇市的なものに手を出してしまったのではないかと気が気ではなかった。
「──はい、75ですね。おっと、80です」
私は目の前の商品に集中した。
あの品は絶対100以上の価値はある。
……が、手持ちを考えれば無理はしたくない。
あの天敵がいる時はつい対抗心が芽生えてムキになり、普段より高値で買ってしまうから尚更だ。
私は一旦、諦めた。
まだこのオークションで攻めたい品は数多くある。
私を信用してお金を預けてくれた人には最良の品を渡したいとは思う一方、またそのお金を銅貨一枚でも無駄にしたくなかった。
ふと、普段札を上げているその男性の横に、仮面をしていてもわかる容姿の人……チビハゲデブの方が座っていることに私は気付く。
何回も(一方的に)対決しているのに、今まで全く気付かなかった!
──もしかして、今まで天敵だと思っていた男はクルトだったの!?
彼がクルトだとしたら、とにかくまず昨日の妹の非礼について謝罪をしなければならない。
クルトとの面会を希望し時間を空けて貰うのはまた大変な労力であるが、このオークションさえ終われば話し掛けるくらいのチャンスはある。
オークションで競り落とした者達は、必ずオークションが終わった後に開催者と話さなければならないからだ。
私は狙いのものを5個中3個競り落とし、クルトがこの場を去る前に先回りして裏方へと回り込む。
じっとクルトが会場を後にするのを待っていると、幸いにも仮面を外したクルトが向こう側からトコトコと歩いてくるのが見えた。
狸みたいで可愛い、と思えなくもない。
テカって光る肌は張りがあり、ニコニコとした顔はとても温厚そうだ。
少なくとも、私は好感が持てる。
クルトの横には私が天敵だと思っていた、いつも札を上げるクルトの部下と思しき男性が並んで歩いていた。
彼が仮面を外したところを初めて見たのだが、驚く程の眉目秀麗な容姿をしている。
──成る程、だから情報ギルドがイケメンだと間違えたのね。
私はひとり納得しながら、二人が私の前を通り過ぎようとした時に思い切って声を掛けた。
「……あの、すみません。もしかして、ザイック商団のクルト様でいらっしゃいますか?」
私が声を掛ければ、二人は同時にくるりと振り向いた。
私はまっすぐ可愛らしい狸さん……ではなく、親近感を抱かせるクルトに近寄り、深く頭を下げる。
「私はヒラクスナ男爵家の長女、リュシーと申します。昨日は妹のミランダが、折角頂いたお時間を無駄にしてしまい大変申し訳ありませんでした……!」
私が頭を上げると、クルトはいいよ、と言うかのように軽く手を振る。
私はこの反応にホッとした。
しかし、横にいたイケメンは怒りを含んだ低い声で呟く。
「……彼の時間がどれほど貴重か、貴女にはわかっているのか?」
「はい。本来ならば、今この瞬間にも財を成す方です。この私の行動も、無礼な行いをした我が家の人間には二度と時間を割いて頂くことはなく、謝罪の機会さえないと思ったが為の行動です」
「まぁ、本人ではないようだしそんなに責めたら可哀想だよ。それより君、最近オークションや投資で頭角を現している貴族令嬢だと聞いて凄く気になってたんだ」
私は首を捻った。
「いえ、それは私のことではないと思いますが……」
頭角を現している?
そんなことをザイック商団の頭に言われるほど稼げてはいない。
ザイック商団が稼ぐ金額からすれば、私が出した儲けなんて微々たるものだろう。
「……ただ、妹との件とは別に、商売の話で是非お時間を頂けたらとても有り難いのですが……」
無理を承知で言った。
「今度はドタキャンしないだろうな?」
隣のイケメンが私を嘲笑うかのように嫌味で返す。
「勿論です。前日から待ち合わせ場所にいてもよいと思える程です」
私がそう言い切ると、クルトが「まぁまぁ」と丸っこいぷくぷくとした手を上げて私達のバトルを遮る。
「うん、僕はもうオークションの主催者達と話したいから、少しの時間なら彼に話すと良いよ」
クルトがそう言ってイケメンの肩をポンポンと叩くと、彼は一度ため息をつき、「少しなら付き合ってやる」と腕を組んで横柄に言った。
「……ありがとうございますっ!!」
私は手を振りながら去るクルトの後ろ姿を、再び頭を下げたまま見送る。
「……で?話とは?」
「最近発掘された、新しいエネルギーについてです」
私はクルトの部下に、その採掘が人力でまたオーナーが不慣れな為その情報が浸透せず、投資されるべき事業なのに未だしっかりした投資家がついていないことなどを話した。
「一度その新エネルギーを見に来て頂ければ、間違いなくオーナーと話をしたくなる筈です」
「ふむ……」
クルトの部下は少し考える素振りをして、「わかった。君の話はきちんと……彼に伝えておくとしよう」と頷いた。
「ありがとうございます」
クルトの側近であればこのイケメンも忙しいことだろうと思いその場を後にしようとしたが、「ああ、これを渡しておこう」とイケメンに引き止められ封筒を渡された。
「……これは……」
「クルトの名前で手紙が行くだろうから、返事はこの封筒に入れてくれ。重要な手紙に分類される」
「……っはい!ありがとうございます!」
私はその封筒を直ぐ様無くさないように鞄に入れ、深く頭を下げる。
この短時間で一体何回頭を下げただろう?と、自分でもおかしくなってしまう。
「……ところで、彼の前だったから聞かなかったのだが。妹は何故約束を破ったんだ?」
「ああ……それはですね……」
私は周りに人がいないことを確認し、更に小言でイケメンに耳打ちする。
身内の恥を曝すなんて本来ならすべきではないが、ザイック商団が情報ギルドに確認すれば直ぐにわかってしまうだろう。
ならば、こちらから正しい情報を相手に隠さず話した方が、相手への信用を示すこととなる。
その印象は今後取引や事業を一緒にしていく上で有利に働くだろう。
「……妹は、他の男性と結婚したいそうなのです」
私は言葉をやんわり包んで事実を伝える。
「誰だ?」
どストレートに聞かれて、仕方なく答えた。
「……ええと、マルンナータ伯爵令息なのですが」
「君の結婚相手じゃないか」
「えっ……?何故それを?」
私は目を丸くする。
私と伯爵令息はまだ顔を合わせたことはない。ただ、伯爵と伯爵夫人に婚約することを前提として、顔だけでも先に、とお見合いをセッティングさせられただけだ。
「マルンナータは、我が商団に大量の借り入れがあるからな。返済計画を聞いたところ、君の力で何とか返済していく、とそれはもう心強い返済計画を聞かされたぞ」
「……なんか、すみません……」
まだ嫁に行った訳ではないが、私が恥ずかしくなり思わず俯いた。
「君の妹の手腕に期待するとしよう」
「あの、それですが。妹は天使なのです」
「……は?」
「すみません、ハッキリ申しますと世間知らずなのです。なので、私が伯爵家の借り入れを少しずつですが返済致しますので!」
私はイケメンに縋る。
「ふむ……では、こうしよう。君は妹と婚約者を交換するんだ。つまり、クルトの伴侶になる」
「え?」
私は再び目を丸くする。
「クルトの妻になるのは嫌か?」
「え?え?いえ、私とクルト様ですか?とても紳士で優しくて愛嬌もあって、もし一緒になれたら凄く……癒されると思いますが」
ついでにお金もある。
妹はチビハゲデブなんて嫌だと言っていたが、私は全く気にならない。むしろあの男よりずっといい。
「ははは、君は相手の容姿はあまり気にならないんだな」
そう聞かれ、失礼だと思いつつも即答する。
「はい。ただ、私はそうでも、クルト様が私を気に入るかどうか……」
そっちの方が問題だ。
ミランダの容姿ならともかく私であれば、わざわざ貧しい男爵家を選ぶ必要はないだろう。
メリットがないのは狸さんの方だ。
「それなら問題ない。ではこれからよろしく、リュシー」
イケメンが手を出し、思わず私は差し出されたそれを握る。
そうか、クルトと一緒になれば、側近らしいこのイケメン部下とも長い付き合いになるのか。
「はい、よろしくお願い致します。……ええと……失礼ながら、お名前をお尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ、私はクルト・ヴァシリだ」
「まぁ、クルト様と同じお名前なんですね」
「いや、私がクルトだ」
「……え?」
私は本日三回目、目を丸くする。
そこにクルトだと思っていた狸さんが汗を拭き拭き戻って来た。
「おや、商談成立ですか?」
「デミアン、たった今から私の婚約者になったリュシー・ヒラクスナだ。直ぐにリュシー・ヴァシリになる。これからよく面倒を見てやってくれ」
狸さん……いや、デミアンは汗を拭いていた手を止めてキョトン、とした顔をする。
「クルト様、リュシー嬢はマルンナータの駄目男に先を越されたのでは?」
「お前のお陰で幸いにもリュシー嬢がフリーになったらしい」
「私のお陰ですか?では手当てを期待しております」
デミアンはニコニコと笑いながら戯けた。
商売人らしい冗談なのかと思っていたが、クルトは「そうだな、そうしよう」とそれに笑って返した。
「オークションの度に現れる君が気になって仕方がなかったんだ」
後に、改めてクルトの豪邸に呼ばれた私に、彼はそう言いながら出来上がった結婚指輪を見せてくれた。
私が選んだ小さな石が綺麗に配置されていて、とても可愛い。
クルトが博物館に飾られているような石を使った結婚指輪にしようとしたのを必死で止めて良かった、と心から思う。
「オークションの開催者に君のことを聞いて、我が商団に招こうとしていた。詳しい情報を集めたところ、君がマルンナータの婚約者だと知って……ショックを受けて初めて、私が君に持つ感情が好意だったことに気付いた」
クルトは私の手をそっと持ち上げ、結婚指輪を指に嵌めてくれた。
そしてそのまま手の甲に口付けられ、私の胸が高鳴る。
「ミランダ嬢との打診の手紙を君から受け取った時、絶望感を味わいながらも君との繋がりや君の情報が欲しくて、見合いを受けたんだ」
ただ、クルトは毎日商談で忙しい。
見合いの日も遅刻しそうだったため、デミアンに時間通りに行って貰い、謝罪と時間潰しをして貰う予定だったという。
しかし結局、妹は約束を守らず姿を現さなかった。
「ミランダ嬢がマルンナータ伯爵令息を選んでくれて、助かった」
クルトが手を軽く引っ張って私を引き寄せると、顔を寄せる。
私よりも妹の方がお似合いで絵になる、整った顔。
私が瞼を伏せると、クルトは唇を合わせたのだった。
「……相手の容姿を気にしないのは、クルトも同じですね」
「私の目には、君が一番の美人に見えるんだよ、リュシー」
妹に会えばクルトの気が変わるかもしれない、と思って一度紹介したけれど、気が変わったのはクルトではなく妹の方だった。
「お姉様、狡い……っ!私を騙したでしょう!?」
「そんな訳がないでしょう、ミランダ」
ミランダの結婚は秒読みだったが、やはりクルトと結婚すると言ってシクシク泣き出した。
「ミランダ……」
私が困りながら妹の背を擦ろうとすると、クルトが私の手首を掴んで止めた。
「リュシー、ここは私に任せて下さい。貴女はもう、ドレスの試着の時間ですよ」
「……けれど」
「リュシー」
「お姉様、我儘言ってごめんなさい。少しだけクルト様を借りますね」
「……」
少し不安だったけれど、私は実家を後にした。
その後、結局ミランダは人が変わったように大人しくマルンナータ伯爵家に嫁ぎ、私はクルトと結婚した。
毎日が目まぐるしく、クルトと一緒に各地を周る生活は楽しくて仕方がない。
私は審美眼を買われて、オークションの担当をクルトから任されている。
とても充実した日々だ。
しかし一年程経ったある日、マルンナータ伯爵家からミランダが失踪したとの連絡を受けた。残されたメモには「今度こそ真実の愛を見つけたので、もうこの家には戻りません」と書いてあったらしい。
夫婦仲はとうに冷めきり、ミランダの夫も愛人を作っていたのでマルンナータへの金銭的援助は打ち切った。
情報ギルドに頼んでミランダの行方を探そうかとも思ったが、クルトに止められたのでやめた。
妹は、なんやかんやと世話を焼く私をうざったく思っていたという旨の手紙も、私に残していたからだ。
「リュシーはいつも自分を犠牲にして、妹が優先だったからな。そろそろ自分を、自分の気持ちを大事にしろ」
クルトにそう言われ、そんなことはないと頭を振る。
きっと、ミランダにどれだけおねだりされても、クルトだけは譲れなかった気がする。
何度か言葉を交わしただけで、私も彼に恋をしたから。
「……クルトはいつも、私を優先してくれるじゃないですか。クルトが私を甘やかしてくれるので、私は自分が二番目くらいで丁度良いんです」
「では、その空いた一番のスペースには私を入れてくれ」
クルトは拗ねたように口を尖らせる。
時に子供のようなこの人を、その姿を私にだけ見せてくれることを、私がどれだけ愛しく思っているか、気付いてないのだろうか?
「ふふ、クルトはとっくに特別枠ですよ?そこにはこの子が入るのです」
私は笑って、大きくなったお腹を撫でた。
いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。
また、誤字脱字も助かっております。
数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。
妹サイドが気になる読者様が多かった為、執筆致しました。
→【寝取り令嬢と呼ばれた私に元恋人が愛を囁く】
一人称マジックをお楽しみ頂けたなら幸いです!