8.ここに食事のシーンを入れます(あれ、戦闘シーンですが?)
驚くことに。俺がこの世界に来て、まだ五時間ほどしか経過していないらしい。
「いやむしろ、もう五時間も経ってたのか?」
なんにせよ五時間。
時間の流れが早いのか遅いのか、ちょっと分からない。――――が、四天王を少なくとも五人倒したということは、物語的に考えると、だいぶ進んでいるのかもしれなかった。
「……そう考えると、五時間でコレはそうとうやばいな?」
「だね~」
「ナントカ将軍とかを無視して、一気に敵の幹部を倒してるからなぁ」
「だね~」
隣をぽてぽてと歩くトライオンから、何とも呑気な相槌が聞こえる。そしてその呑気さに釣られたのか、俺の腹の音が鳴った。
「……あ」
「ありゃ、腹ペコさんだね~」
「街を出るときに、ちょっと何かをつまみながら山に入っただけで、しっかりとは食ってなかったからなあ」
しかもアレ、結局何の肉だったのかは分からなかったし。まぁ、普通の露店で売ってたものだから、倫理観的には問題無いものなんだろうけど。
「へ~? そういうの、気にしないんだ~?」
「まぁなぁ。例え俺が食ったあの肉が、人間の肉だったとして……。や、さすがにあんまりいい気はしないけど、それでも、それが常識から外れて無い行為なんだったら、別にいいよ」
逆にこの世界で、肉は完全に食べちゃだめです! っていう倫理観なら、ひたすら我慢するしかない。そういう世界で無くて良かった。
「なるほど~。ユ~スケは、『常識から外れたくない』ヒトなんだね~」
「うーん……、どうだろうな。そんな深い話ではないんだけど……。単純に、怒られるのが嫌なだけだと思うぞ」
俺がルールを破る、もしくは知らずに破ってしまうのが怖い理由は、他人から怒られるから。これにつきる。
注意されたり叱られたりするのって、思った以上に堪えるんだよな……。
「小・中・高・大・バイトと……、わりと怒られっぱなしだったからなー。今もちょくちょく怒られてたけどさ」
「あはは。そ~だったかも~」
「知ってるのか?」
「バイト時代からだけどね~。カムワロと二人でよく見てたよ~きみのこと」
「うぉ、マジか……」
だとすると何て暇な神たちなんだ。
こんな底辺バイトの生活を覗き見たところで、何も得るものは無かっただろうに。
死期が近いヤツ、だっけ? そういうヤツを探していたってのもあるんだろうけど、なかなかな趣味をしている。
そう思ったとこで、再び腹の虫がぐーとなる。しかも今度は俺だけでは無く、トライオンも。
「ありゃ~」
「……っと、まずい。本格的に空腹だ。どうにかならないか?」
「どうにかできるよ~。……それ!」
トライオンが右手をすっと上げたかと思うと、そこには光のロープみたいなものが出現した。そしてそれを投げ縄のように草原へと放つ。するとそこには、ギーギー唸る二本角の小型モンスターが捕獲されていた。
「よ~し捕まえた。こいつを~……、ビビビ」
「ギーっ!」
光のロープの先から、何やら電流のようなものが走る。するとそのモンスターは丸焦げになった後、消し炭となって消滅していった。
「いったい何を……、」
俺が疑問に首を傾げると同時、ドクンと何かが流れ込んでくる。
「……え⁉ ……んんんっ⁉」
「ふ~すっきり。おいしかったね~」
「え、いや、は⁉ ちょちょちょっ!」
ばたばたと、宙に手をやり狼狽する俺。
俺に流れ込んできた、何かの違和感――――異物感。
それにより、何故か俺の空腹感が無くなっており、代わりに、満腹感と、小ぶりのステーキを食べたという事実だけが、身体の中に残っていた。
「どういうことだ⁉ お前何した⁉」
「あはは~」
いや笑ってないで。
トライオンは「えっとね~」と、変わらない口調のまま、指を立てて説明する。
「ステーキを食べるには~、さっきの小双角獣を倒したあと、さばいて調理して焼かないといけないんだけど~」
「うんうん」
「それを~、全部カットしたんだよね~」
「うん⁉」
「だからこれからは~、モンスターを倒せば、その分だけ食べたことに出来るよ~」
「いやちょっと待て!」
はぁ⁉
言ってる意味が分からないぞ。カットした?
「事象の省略って言ったほうがわかりやすいかな~」
「いや、よけい分からなくなったんだが……」
「ほら~、経験値だってそうだよ~。
敵を倒した時に沸き上がる様々な感情や、それに付随する技術、身体能力の向上。それをつまり、『レベルが上がる』っていうわけじゃない~?」
「そ、そうなるか……?」
「ユ~スケが今後手に入れるであろう経験値は~、つまりその過程をショートカットして、きみの身体に流れ込んでくる~。それと一緒で~、今の食事行為も、それを応用しただけだよ~」
「なる、ほど……? ね?」
つまり、飯を食うっていう結果があったとして。ソレを食ったという経験の数値――――ここで言えば、満腹値を、俺が得たというわけか。その、調理とかの過程を、すっ飛ばして。
い、いよいよゲームじみてきやがった……。
「ホ、ホントはココ、VRとか、ゲームの中ってわけじゃないよな……? 実は仮想世界に取り込まれてて、ロールプレイ中だとか……」
「あはは、ないない~。使い古されたそのままの体だから安心していいよ~」
ぷにぷにと頬を指でつつかれる。……いや、貫かれそうで怖いんですが。あと、使い古されたって言うな。まだ三十年モノなだけだから。壊れるまでは使えるから。
「なんかこう……、満腹感はあるけど満足感は無いな……」
何でも数値で片づけたり、便利になりすぎるのも考え物だ。
満腹は感じているのに、満足感が得られていない……。食にはそこまでこだわりはないのに、思った以上にクるなこれ。
「今度から、食事は普通にさせてくれ……。せめて携帯食でもいいから」
「そう~? 楽で良くない?」
「あー……」
楽。
楽……、かぁ。
「どうしたの~?」
「いやぁ、このことも、カムワロと話したなあと思ってさ」
「そ~いえば、なんかそんなことを言ってたね~」
「おぉ。実はさあ……」
俺はトライオンにかくかくしかじかと、カムワロとの『俺だけが楽で良いのか?』という話をしたことを説明した。
道中湧いてくる巨大な体躯のモンスターを、まるで虫でも追い払うかのように片手間でぶっ飛ばしながら、トライオンは「ふむふむ~」と聴いている。そして。
「特大のデレを見せたね~」
と、割と分かりやすくニヤニヤした表情で、俺に言ったのだった。
「デ、デレ……?」
「そ~だよ~。あれ? わかんない~?」
「わ、わかんない~……」
トライオンの首の傾きに、俺も鏡合わせのように同時に傾けた。
デレって何だよ。いやまぁ確かに、なんかところどころで、『そういう風な』視線は感じてはいたけれど。
「元来カムワロが~、気楽さを許すなんてありえないんだよね~」
「え、そうなのか?」
「そりゃそうだよ~。だって女神だよ~? それも、導きの女神なんていう、選ばれし者にはスパルタで当たらなきゃならない立場なんだよ~?」
「なるほど……」
そう考えると。おとぎ話とかに出てくる穏やかな女神ではなく、ああいう強烈な性格になるのも、分からなくもない……のかな? いや、それはさておき。
「そんなカムワロが、『楽でいい』って言ったってことは。つまり」
「だよ~。めっちゃ甘やかしてくれてるってこと~」
幸せだね~と、手を思いっきり伸ばして頭を撫でてくるトライオン。うん、近い。そしておっぱいが当たりそう当たってた。
「そのデレ、今度会ったら応えてあげなよ~?」
「こ、応えるって、どうしたら良いんだよ……」
まさかその場でキスでもしろってことではないよな? というか、カムワロの『デレ』って、そういう恋愛的な意味で合ってるのか?
ハテナを浮かべる俺を見て、トライオンは「ふふ~」と笑い、言った。
「そんなの簡単だよ~」
珍しく、嬉しいことがあった童女のように。
その場でくるりと一回転し、満面の笑みを作った。
「そのときの、きみの正直な気持ち。それを、そのまま言ってあげて」
草原に吹く穏やかな風は、まるで俺たち二人を柔らかく包んでいるような。そんな気がした。