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7.女神カムワロ・2


 木々の山間から、空を見る。

 今やあそこは、死闘のリングだ。

 彼女の制空権へ迫ったが最後。圧倒的な破壊力を備えた兵器に、その身を焼かれることとなる。


「オォォォォッ!」


 強力な魔法を付与した剣を構え、カムワロへと竜騎士の一体が迫る。


「フハッ!」


 対する彼女は短く笑い、両手を大きく広げて敵を迎え入れる。

 これまでは先の先を取り、敵対者に何もさせずに打倒してきた。しかし今回は、敵の攻撃はすべて受け切り、そのうえで圧倒するという算段のようだ。


「なめるなッ! この、魔王様より賜りし魔剣で、貴様の首を跳ねてやる!」


 神風(しんぷう)が走る。

 肘から先が消失してしまったのかと錯覚する程の超速剣技が、カムワロの首元へと迫っていた。

 魔力を通した目だから、かろうじて残像は見えた。が、それでも完全には捉えられないほどの膂力を纏っていた。


「カァァァァッ!」


 とんでもない衝撃と共に、魔力と土埃が舞っている。

 あたりの岩々は、その振動だけで割れてしまったものもあり、それが今の一撃の凄まじさを物語っていた。


「カムワロ!」


 土埃で何も見えない中、俺は声を上げる。まぁこんな距離だから聞こえてはいないだろうが、それでも声をあげずにはいられない。そんな衝撃だった。

 そしてほどなくして、二つのシルエットが目の前に現れる。


「うぉ……!」


 思わず息を飲んだ。

 先ほどカムワロは、俺を助けるために指二本を使って攻撃を受け止めたが、今度は指すらも使っていない。

 己の肉体が持つ頑強さのみで、あの衝撃を全て受け止めたのである。

 まさしく横綱相撲。もしくは頑強なプロレスラーか。

 果敢な攻めを物ともせず、全て受け切った上で勝ち切った。


「とんでもないですよね、あのお方は……」


 放心する俺の元へ、草木をかき分けながら近づいてくる影が一つ。それは、先ほどカムワロにやりたい放題されていた、竜騎士のジェルジェンナだった。


「うぉ⁉」

「ああ安心してください。貴方様に危害は加えませんので」

「そ、そう……?」


 でも確かに。彼女からは闘志と言うか、闘争心のようなものは感じられない。彼女も両手で壁をつくり、一定の距離を取ってくれている。


「一応ステータス見てみるか……。何か分かるかもしれないし」

「?」


 首を傾げる彼女に対して、『あーなんだかジェルジェンナのステータスが見たいなー』とアホみたいに思い、ウィンドウを開く。

 細かいレベルとか攻撃力とかは割愛し、弱点欄を見てみると。


 弱点  カムワロお姉さま + 太った従者の人(小汚い)


 と記されていた。


「失礼過ぎじゃね⁉」

「は、はい⁉ す、すみませんんんん⁉」


 言うと彼女は頭を九十度に下げ、両手を前にしてモザイクをかけなければならない器具を差し出してきた。

 いやそんな変なことは、俺はしないから! あと、ソレちょっと太過ぎない⁉ 大丈夫⁉

 心配が別のコトに切り替わりつつも、それを振り払い、俺は彼女に質問する。


「え、えーと、ジェルジェンナ。カムワロの、何がとんでもないんだ?」

「それは……、見てもらえれば分かるかと思いますが」


 すっと、竜の指は空を指す。

 変わらず邪悪に笑う導きの女神。しかしその顔は、道中俺に向けるものとはまた違っていた。

 空を飛び、地を砕き、斬撃と魔法飛び交う中でも、楽しそうに笑っている。それの何と狂気的な光景か。


「蹂躙されてみて分かりました。あの方が掲げる勝利とは、相手の完全なる『屈服』です」

「屈服……」

「信念を持って敵対してきた者。その信念を完全にへし折り、考えを改めさせる。それを信条とし、拳を振るう」

「それって……」

「はい。そうだと思います」

「めっちゃ、性質(たち)悪いな⁉」

「はい。そうだと思います」


 木々はなぎ倒されていく。

 山々は削り取られていく。

 (ソコ)に漂うは悪鬼羅刹。もしくは、やりたい放題の化身。

 先んじて言っておくと。

 イナーサーの山は、本日より。その美しき外観は失われ、その標高を三十メートルほど縮めることとなる。








 カムワロが数秒前に砕いたゴーレム。その大きな身体の残骸が、勢いよく山の斜面を転がり落ちてくる。


「フハハッ!」


 振り返り、蹴りを一閃。衝撃のみで木々にも被害が現れていた。そんな一撃を受け、遠くへ大きく吹き飛ばされる空を舞うモンスターたち。

 物理法則が崩壊している。道理はもう見限っている。

 あの空間は今、何が起こってもおかしくない、混濁(カオス)の坩堝だ。

 カムワロの超人的な、否、超常現象にも似た挙動に、世界の常識が追い付いてこない。

 まさしく、意思をもった災害だ。

 これまで地面という概念を纏っていた土や岩は、塵という何の意味も持たない物質に変わり、宙へと消えていく。


「フハハ――――ハハハハハハッ!」


 笑う。笑っている。

 暴風巻き起こる嵐の中心で、彼女の笑いだけがこだましていた。

 少し下で見ていろと言われたが、とんでもねえ。当初の距離からすでに三倍は離れているというのに、それでもこちらへ衝撃が伝わってくるくらいなのだ。

 地鳴りと地響き。それに呼応するように突風が巻き起こる。天変地異の前触れかと思う程、ここは既に危険の最前線だ。


「それでも……、援軍がやまないのか……!」

「ここが勝負どころだと思っているのかも……」


 これが魔王の指示なのか、それとも他の四天王の指示なのかはジェルジェンナにも分からないみたいだが、状況として、援軍は増す一方だ。


「でもカムワロは、全く意に介してない……」


 それどころか。その暴力性は、増幅するばかりだ。

 馬面さんとの戦いのときよりサイズは小さいはずなのに。それでも今の方がより大きく見える。そんな錯覚さえ引き起こす。


「フハハハハッッ!」


 暴風雨は台風に。そして嵐へと変わっていく。


「ん……? あれ、角か?」


 そして現れる、シルエット。

 攻撃的なまでの四本の角は、まさしくこれから、本領を発揮すると言うサインでもあった。


「ひ、ひるむな! いけェッッ!」

「「「「応!」」」


 圧倒的な数の暴力で攻める魔王軍の勢力。しかし――――


「フハッ!」


 その全てを受け切り、尚も無傷で拳を振るうカムワロ。

 暴力の最中、暴力に屈していないのは本人だけだ。

 あの空間における絶対的な君臨者であると、その四肢全てを持って証明している。


「そォらァ!」


 山の一部を、まるで発泡スチロールのように引きちぎり、塊のまま大群へと投げつける。押しつぶされ、それでも反撃を試みる魔王軍だが、それでも刃は内側へ届かない。

 頑強なる腹筋。首。

 褐色の肌、腕、尻、太腿、胸。

 先ほどまで、迂闊にも俺が色気を感じていた部位ですらも、今はもう兵器として機能している。


「まとめて……散れッ!」


 まるで児童が水遊びをするかのように、ただ乱雑に腕を振り上げ――――下ろす。

 ダイナミックな、攻撃未満の動作。しかしてそれは、魔王軍の命を滅ぼすには十分すぎた。


「フハハ」


 笑う。


「フハハ」


 笑っている。


「フッハッハッハッハッッッ‼」


 燃え盛る炎の中、彼女は笑い続ける。


「――――戦うのは、楽しいのう!」


 それがこの戦局を決定づける、神の勝鬨(かちどき)だった。


「あれが……、女神」


 離れた場所で。俺はぽつりとつぶやき、その凄まじさを実感する。


 良く晴れた最中の地獄。それが閉廷されたのは、そこから更に三十分後。

 数にして、約三百体のモンスターを屠った後だった。

 この日。

 イナーサーの山は長上部分が無くなり、中央には隕石でも落下したのかと思うくらいの、クレーターが出来上がった。







6.……で、オープニング部分ってわけ



「大変だったね~」

「です……ね」

「よしよし~」


 小さな体を精一杯のばし、トライオンは俺の頭を優しく撫でた。……ちょっとでも力加減を間違えれば俺の頭は粉々になってしまうのだろうが、今は一旦そこは考えないでおこう。というか、そういう余裕がない。


「それじゃあさっさと南の大陸に向おうか~。それじゃあね、竜人ちゃん~」


 トライオンはカムワロと違って、なんかめちゃくちゃあっさりしていた。

 垂れ目で常に薄く笑いを浮かべていて、ある意味感情が読めないため、その分とてもドライに感じる。


「……ちなみにこの山のこととか、報告しなくていいのか?」

「え~、誰に~? 女神が暴れたせいなんだから、災害と同じだよ~」

「価値観が怖すぎるんだが……」


 もしくは世界観か。

 何にせよ、絶対にこの倫理観に慣れてはいけないと思った。


「それでえーと……、何だっけ」


 四天王のジェルジェンナ(調教済み)の話によると。

 魔王軍として息のかかっているモンスターをコントロールすることは出来るが、そうではない完全な野良モンスターに関しては、どうしてもすべてを誘導することは難しいそうだった。

 なので道中、魔王軍に属していない、野生のモンスターが出現していた。しかしそれも……。


「女神パンチ~」


 無表情で特大の暴力を振るうトライオンが、片っ端からなぎ倒していた。

 というか、女神パンチって女神に標準搭載されてるの?


「あっはっは~。いやぁ、久々の戦闘だけど、勘は鈍ってなかったよね~。つよつよトライオン~」


 いえいと、青空の下ピースをこちらに向ける、外側はかわいいチビ巨乳。

 でもやめて。その指先一つで、俺の身体に穴が開くので。銃口を向けられているようなものである。


「ある意味全身凶器なんだよな……」

「人間からしたら確かにそうかもね~。おっぱいビンタでも、顔面はじけ飛ぶかもだし~」

「恐ろしすぎる……」


 あはは~とのんきに笑い、ぽてぽてと平原を行くトライオン。ちなみに先ほど倒したモンスターも、三メートルくらいはある( なんかとんでもない冠名がついてた )オーガである。ステータスもめちゃくちゃ高かった。


「このあたりは~、魔王の支配関係なく、つよつよエリアだからね~。環境適応するために、モンスターの強さも格段に上がってるんだよ~」

「そんなところを平気で横断している女神パーティっていったい……」


 何もしてない俺としては、実感がないままストーリーが進んでいく感じがしている。


「まぁ……、楽できて良いんだけどな」

「ふうん? そうなんだ? やりがいとかいらないの~?」

「そうなんだよ……って、このやり取りは前にもカムワロとやったな……」

「そ~なんだ~」

「聞いてなかったのか?」

「? だって、カムワロとアタシは別神だよ~?」

「あー……」


 なるほど。俺自身も勘違いしていたのだが、もう一人の意識が表に出ているときは、もう一人は完全に眠っている感じなのか。


「てっきり部屋で待機していて、意識だけは起きてるもんだと思ってたぜ……」

「寝てるよ~。っていうか、一つの事象に女神は一体までしか関われないから、強制的に弾き出されちゃうって感じかな~。だから、勝手に意識がオフになるって感覚かも」

「へー……」

「いきなり呼び出されるから面白いよね~」

「なんかこう……、人権とか無いのか」

「神だしね~」


 そんな、意味があるのか無いのか分からない会話をしつつ、危険地帯を歩く。彼女と話していると、まるでこの辺りが平和な場所に思えてくるから不思議だ。

 分かりやすく苛烈な性格のカムワロと違い、マイペースで穏やかな空気を纏っているからだろうか。


「いやでも……、そう思っていると痛い目に遭うんだよな……」

「お~? 経験が生きてきた~?」

「まぁ少しはな……」


 女神とか言うトンデモ存在と一緒に居て分かったことは、『安全でも油断しない』である。

 今のところ全く被害は受けていないけれど、いつまた天変地異に巻き込まれるか分からないからなぁ。


「女神マニュアルでも作ってみるか?」

「それは是非とも読んでみたいね~」


 俺の言葉にトライオンは、てくてくと歩きながら変わらずマイペースに応えた。


「人間からどんな風に見えてるのか。ちょっと興味あるよね~」

「………………」


 どんなふうにってそりゃもう。

 外見の美しい、自然災害ですよ。







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