5.ステータス・2
しかし。
冷静に考えてみれば、他者のステータス情報を覗き見ることができるというのは、破格の能力なのかもしれなかった。
カムワロに内訳を聞いたところ。大まかな能力値だけではなく、相手の弱点まで見ることが出来る優れものなのだという。この能力がどれくらい旅の助けになるかは分からないが、少なくとも、不明瞭な者たちが溢れかえっているという不安は、多少なりとも解消されるだろう。
「しかし、なんでステータス?」
「なんじゃおぬし、前の世界でゲームとかやらなかったタイプか? それなら別の方法に置き換えるが」
「まぁ、ある程度はやってたよ。娯楽はゲームか漫画かアニメだったし。というか、カムワロはゲームとか知ってるんだな?」
「ぬしを呼び出した時点で、そっち世界の知識が自動的に入ってきた……的な感じじゃのう。ぬしが元の世界に戻ったら……、というか、ぬしとの契約が切れれば、その知識は消えてしまうが」
「そうなのか。便利……、いや、不便なのかな?」
「便利じゃぞ。ぬしと話も合わせられるし、いいこと尽くめじゃ」
音符のオノマトペを出すようにして笑うカムワロ。……直視すると、大変心臓に悪いですね。可愛すぎる。
「では丁度よい。ぬし、自身のステータスを見てみろ」
「え、えっと……? ステータス……、ステータス、ね……」
気持ちを色ボケに持っていかれないように仕切り直して、俺はカムワロに「どうすればいいんだ?」と尋ねる。
「対象を見て、頭の中で『ステータスを見たいなー』ってぼんやり思うんじゃ。それで情報が開示される」
ふむふむなるほど。えーっと……。
じっと自分の手を見て、頭の中に言葉を思い浮かべる。
『あー、なんだか、俺のステータスが見たいなー』
口を半開きにして手を見つめ、アホみたいな感じでそう思うと……、視界の中に俺のステータスと思しきものが表示される。あぁ、よくゲームとかで見るやつだ。宙に浮いていて半透明で、数値などが記されているウインドウらしきものが現れた。
「そこに、身長とか能力値とかが表示されておると思うが。どうじゃ?」
「おぉ、見えてる見えてる。……なぁ、これって、この世界のやつら誰でも出来るの?」
「いやおぬしとわしの特権みたいなものじゃ。分かりやすく、共通の概念で表示しとるにすぎんよ」
「なるほど。あくまでも、『俺が理解するのにちょうどいい媒体』風に見えてるだけなのか」
「そういうことじゃ。ヤバそうな敵とか出たらソレで調べて、てきとーにどっかに潜んでおくとよい」
「嫌な勇者だな……」
でもまぁ、命には代えられないか……。
で、えーと? 俺のステータスは、と。
勇者 ユウスケ
身長 169cm 体重 78kg
レベル 1
体力 290 腕力 208 速度 179
知力 98 魔力 210 運 100
「おぉ、なんかこう……、…………ステータスだ」
当たり前なんだが、実際リアルに見ると不思議な感覚だ。自分の能力が点数で表されているみたいで、学生時代の成績表みたいだと思った。
……というか俺、百七十センチ無かったのか。地味な発見である。
その他にも様々な数値(石化耐性がどうとか炎魔法がどうとか)が記されているが、正直よく分からないのでパス。
「しかしなるほどな……。こういう風に見えるんだな」
「しばらくそのステータス画面に慣れるとよい。先へ進もう」
「おぉ」
俺は頷いて、カムワロに続いた。
弱点欄に、「抱擁」「首筋」「爆乳」と表示されているのは、見ないふりをしておいた。
……さっきの出来事引きずってるのか。単純すぎだろ、俺。
というか。弱点ってそういうこと?
ほどなく歩くと、山間部へとたどり着いた。
「そういえばさカムワロ。魔物ってどれくらい強いんだ?」
あたりを警戒しながらも、俺はカムワロに質問する。いきなり襲い掛かられたらたまったものではない。
俺の疑問にカムワロは、「なんじゃそんなことか」と笑って答えた。
「元々この土地は、大したことない場所なんじゃ。じゃから、必要以上に警戒せんでも大丈夫じゃわい」
「そうなのか?」
確かに言われてみれば、ここまでの道中にも、モンスターどころか野生動物の一匹も見かけていない。
「うむ。じゃから安心して歩いていて良いぞ」
「そうか。分かった」
しばらく開けた場所を歩く。
のどかで見晴らしが良い場所だ。日当たりもよく、緑も程よくあって。活気のある街も良かったが、こうしてのんびりと歩ける場所と言うのも悪くない――――
『グルァァアアアアッッ‼』
「お、出たぞ。ドラゴンじゃ」
「俺の情緒を返せぇぇえ!」
全然安心できないじゃないか!
というか、でかいよ! しかも初戦でドラゴンって!
高さは六、七メートルくらいだろうか。だがそれ以上に、横幅ががっしり、どっしりしている。ちょっとした一軒家くらいあるんじゃねーのかコレ。
禍々しい緑色をした、空想上に存在するとされるモンスターだった。
「そ、そうだ! ステータスを……!」
慌てて俺が確認してみると……
グレートドラゴン
身長 615cm 体重 800kg
レベル 87
体力 5689 腕力 7090 速度 3011
知力 130 魔力 610 運 70
「バケモノじゃねえかあああああ!⁉」
俺のステータスでは到底太刀打ちできそうになかった。
いや、そもそも逃げるためにステータスを測るんだったな。敵わないと分かった今、さっさと逃げないと――――
「女神パンチッ!」
『グルぉぁぁぁぁ!⁉』
俺が隠れ場所を探そうとした瞬間だった。
唐突に放たれたカムワロのパンチが、グレートドラゴンの胴体をぶち抜く。
口の奥から炎を吐くとか。鋭い爪で引き裂いてくるとか。そういったアクションを全く行うことなく、六メートルの巨大生物は地に沈んだ。
「……えぇ」
「フッハッハッハッハ! 大勝利じゃ! ……フム、これくらいのサイズになっても、ちゃんと強いのうわし」
「い、いやいや……」
強いというか、もうバグ技ツールみたいだった。フツーあんな獰猛な生物に、徒手空拳だけで立ち向かおうとは思わないし、立ち向かったところで勝てるものではない。
……そういえば俺、さっきまであの腕に、抱かれてたんだ……っけ?
思い出して身震いする。おっぱいの柔らかさに憧れを抱いている場合では無かった。
あわよくばもう一度……とか思っていたが、こんな破壊現象を目の当たりにした今、二度とごめんである。
「ふふふ。強かろう、ユウスケ?」
クールな顔立ちが、むふーと自慢げに歪む。……恐ろしい強さなのに、可愛いから脳がバグる。
「……あ、そうだ! ステータス!」
あんなバケモノを一撃で屠るほどの力を持っているのだ。どんな数値をしていれば、あんなことになるのやら。
俺は急いで『あー、この女神のステータスが見てみたいなー』と頭の中でぼんやり思いつつ、カムワロを見る。すると……、
女神・カムワロ
身長 193cm 体重 83kg サイズ 101/67/97
レベル ‘00$#%‼“$#
体力 %“0)0$&%(”#$%%0
腕力 )0“&%‘!“((&0#
速度 ‘$0’&&!(!(
知力 ))‘“#”&’)((0
魔力 )())$!0!“‘’‘$0”
運 “$##&0)0)‼
身長高いな……。俺よりも二十センチも高いのか。スリーサイズ、すげえな……。おっぱいメーターオーバーかよ……。って、気にするべきはそこじゃなくて。
「えっと……、なんだこれ?」
戦闘に必要であろうステータスのところ。ぼんやりと項目が記載されているが、文字? 数値かな? 読めない……。なんかちょっとした顔文字みたいになってるし。
「わしのステータスか?」
「いやその……、文字部分が記号だらけで、秘匿されてるみたいなんだよな。あれ? でも身長とかは表示されてるのになぁ……。なぁこれって?」
俺の疑問に、カムワロは「あぁ」と手を打って答える。
「先ほども言うたが、そのステータス画面は、あくまでも『ユウスケ』という人間に分かりやすい概念で見えておるだけじゃからの。
わしのステータス数値が見えないってことはつまり、理解できないほどの数値をたたき出しておるということじゃろう」
それってつまり……、
「カンストして文字化けしてるってことかよ⁉」
俺の疑問にカムワロは「おそらくのう」と笑う。
いや笑いごとではないと思うんだが。生物兵器じゃん。この世界のカンストがどういう強さを持ってるのかは分からないが、絶対存在しちゃいけない強さなんじゃない?
「……って、ん? なんだ?」
俺が困惑していると、今度はグレートドラゴンの死骸が、淡く光り出した。
そしてその光が、一気にカムワロの中へと入って行く。
「これは?」
「うむ。ぬしの概念に当てはめて、『強敵を倒すことでの成長』を、分かりやすく『経験値』にしてみた」
「何でもアリだな」
「世界を大きく歪ませなければ、ある程度は許されておる」
強いうえにルールまで自在かよ。すげえな女神って。
「おぉ、レベルが上がったわい」
「ここまでありがたみのないレベルアップも無いよな……」
文字化け数値が文字化け数値に置き換わっただけである。なんにも分からない。
「……モンスターを倒せば、絶対に、レベルアップ出来る……かぁ」
「ん? まぁそうなるのう。ぬしも倒してみるか?」
「ま、まぁ……。倒せそうなのが居れば、な?」
「大丈夫じゃ。わしがついておる。それに、レベル1の時点でこの数値じゃ。ぬし、かなり強いぞ?」
「そうなのか?」
「これまでの勇者と比べても、十二分に強いわい」
彼女は嬉しそうに語るものの……、俺はちょっと、素直には受け取れなかった。
「でもコレってさぁ……、カムワロやトライオンのお陰なんだろ? その、俺に与えた、『勇者パワー』ってやつ」
「うむ、そうじゃのぅ。
本来のぬしのままならば、先ほどの街に駆け出しの冒険者がおったじゃろ? そやつらの足元にも及ばんじゃろうな」
「だよな」
悪気なく笑うカムワロに対して。俺はと言うと……、ちょっと、笑えなかった。
「どうしたんじゃ、ぬし?」
「えーっと、さ。なんかその、うまく言えないんだけどさ」
思考を整理しつつ、俺は彼女におずおずと言う。
「……『良い』のかな、って、思ってさ」
「……んん? 良い? 何がじゃ?」
カムワロは珍しく、心からの疑問を顔に浮かべた。
俺は視線を逸らしながら、どこか申し訳なさを抱えたまま続ける。
「いや……、俺みたいなのが、そんな力手に入れて、良いのかなって事。
その……さ。これから先の道中も、どうやら、お前のお陰で楽できそうだしさ。なんか……、宝くじに当たったみたいっていうか」
頭をかきながら、謎の申し訳なさを感じつつ俺はカムワロに言う。
「フム。自分だけが『楽に生きて』良いのかって話、かのう?」
「……まぁ。そんなところかな。
そりゃ、楽に生きるのは望むところだし……、じゃあ頑張れって言われても頑張れないんだけど、さ」
うわ、言ってて何だか情けなくなってきた。
……けれど、今までもそうだったしな。
本来なら、こんな美女とは会話すら出来ないようなチキンである。女神っていうあまりにも特殊な存在なのと、何故かかなり仲良く接してくれるから会話出来ているだけで。
俺の言葉を聞いて、カムワロは少しの間「んー」と考える。そして小考の後。
「いや別に。構わんじゃろ。ぬしだけが楽に生きても」
これまでと変わらずあっけらかんと、そんな風に言い切った。
俺はその言葉に面食らい、息だけが漏れてしまう。
「え……」
「ぬしがこれまでどんな風に『しか』生きて来なかったかは、ようわからん。……が、別にいいじゃろ? ある日突然楽に生きれるようになっても」
「そ、そうか⁉ ホントに⁉ 怒られない⁉」
狼狽する俺に、カムワロは「誰にじゃ」と笑って続けた。
「色々な後ろめたさとか後悔とか、きっとあるんじゃろう。
……が、もっと楽に考えよ。それこそ、宝くじに当たったくらいのノリで大丈夫じゃ」
フハハハハと、カムワロの声が山間部に響く。
太陽はよりいっそう、力強く晴れて。俺と、彼女の顔を。くっきりと映し出した。
「なぁ、カムワロ?」
「うむ。なんじゃ?」
俺は……、聞かずにはいられなかった。
「人生って、楽でいいのか?」
「うむ。人生は、楽でいい」
俺の問いに、はっきりとした表情で――――真っ直ぐな眼差しで微笑みかける女神・カムワロ。
俺は彼女を見返して、釣られて、笑顔になった。
「そっか……。なら、うだうだ考えても仕方ないな!」
後ろめたさが消えたわけではない。
俺のこれまでが正当化されたわけでもない。
けれど、女神がそう言うのだから。少しは、前向きにこの事実を受け止めても良いのかもしれない。
「ありがとな、カムワロ」
「うむ! 騙されたと思って、わしらとの珍道中を存分に楽しむがよい」
「いや自分で珍道中って言うなよ……」
良いセリフが台無しである。
「それにのうユウスケ」
「ん? 何だ?」
「そんなことうだうだ考えとる暇、無いと思うぞ?」
「……と、言うと?」
「ぶっちゃけココ、四天王の拠点じゃからの。普段は潜んでおって、なんてことない山なんじゃがな? さっきのドラゴンを倒したことで、奴らもおそらく警戒態勢に入ったじゃろうな」
「え、なに⁉ 何の話してる、カムワロ⁉」
「つまり、今は危険度が爆アゲになったということじゃ。勿論楽はさせてやるが、情緒は乱れるかもしれんのう」
「どういうこと⁉」
展開がスピーディすぎるんだが! タイムアタックでもしてんのか⁉
「というわけで、加護を持ちし勇者・ユウスケよ! 四天王をサクッと倒して、ちゃっちゃとイチャイチャパートに突入するぞい!」
「なんかさっきから思ってたけど、お前、異常に俺への好感度高くない⁉ え、なんか違和感覚えてるの俺だけ⁉ ちょっと! なぁ‼」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、危険地帯を更に進まされる俺。
勇者の明日はどっちだ。