4. ステータス・1
オーフニーグルという町へとやってきた俺と、人間サイズになった女神・カムワロ。町並みは……なんだろうな。あれだ。世界の〇窓からとかに出てくる、ヴェネツィアっぽい感じだ。程よく綺麗で、水辺があって、川があって山があって橋があって、空気が澄んでいてうまい。
街行く人々はみな活気があり、その中でも、冒険者と言われるモンスターと戦う職業の人々も、多く見受けられた。カムワロ曰く、この街は冒険者たちが多く集う場所なのだと言う。
重厚な装備を纏った戦士もいれば、きらびやかな装備の魔法使いみたいな人もいる。そんな、街並みを、――――さっそうと駆け抜けて。
「あれ?」
俺たちはその先に広がる、イナーサーの山にやって来ていた!
「……あれ?」
イナーサーの山にやって来ていた!
「……え、何で⁉」
街並みは⁉ 人との交流とか、情報収集とかは⁉
「あ、そういうのはわし間に合っとるんで。何たって導きの女神じゃし」
「心の中で街並みを丁寧に描写していた、俺のワクワクを返せ!」
「手っ取り早く暴れたいんじゃよな、わし」
「いやいや! 俺だってこの世界がどういう風なのか知っておかないとさぁ!」
「ぬしにはわしらが付いておれば大丈夫じゃって。他者との交流とか、いらんいらん」
「なんてこと言うんだ!」
そんな調子でさくさくと前へと進んでいく、人間サイズの女神・カムワロ(と言っても、百九十センチくらいあるので、人間サイズの中ではでかい方だが)。俺はツッコミを入れつつも……、半ばどぎまぎしながら後に続く。
何故なら彼女は現在、かなりラフな格好をしていて。その、露出度が大変気になるのです。
黒のチューブトップとホットパンツは、人間社会において隠さなければならないとされる、必要最低限の部位しか包んでいない。凹凸の効いた危険な身体に、透け度の高い白ブラウスを軽く羽織っているだけである。
「白の内側に黒が透けて……、乳肉……、腹肉……、太腿丸出し……」
歴代の勇者は、アドバイスをもらう度にこんな肢体を目の当たりにしていたわけだ。
そりゃ変な性癖に目覚めるやつもいるよね。
「トライオンめも言っておったが、本当に欲望が素直に出るヤツじゃのう。出愛い奴じゃ」
ちなみにトライオンは、カムワロの『中』でお休み中だ。何でも女神は、一所に同時に存在することは出来ないのだとかで、交代制で冒険をしていくらしい。
「トラの衣装はもっと凄いぞい。神モードのときは、わし以上に乳を放り出しとるからのう」
「放り出し……」
煩悩に支配されそうなので、強制的に、俺は自分自身の格好を見やり、冷静さを取り戻す。というか、テンションを落とす。
「……………………似合ってねぇ」
身軽な服装のカムワロとは対照的に。俺はかなり動きづらい、重ための鎧をまとっていた。
「それにこの装備……、めちゃくちゃ重いんだけど」
軽装のカムワロに対して、俺、淀山 ユウスケはというと。やたら豪華な装飾のついた、……とても悪目立ちする金の鎧を着せられていた。
そもそも『鎧』というものを装備して動くのが初めてである。選ばれし者の鎧とかで、重さはほぼ感じない仕様らしいのだが……、重いように感じる。
「そうかえ。概念に直接作用するものじゃから、後は気持ちの問題なんじゃがのぅ」
「う~ん……、そうなのか?」
ともするとコスプレっぽくなっちまう……というか、実際なってるからなぁ。
「ん? 似合うとるぞ、勇者よ」
「ぐ……、ぜ、絶対嘘だろ……!」
「本当じゃぞ。まるでそう、レアな個体のゴーレムのようじゃ」
「絶対褒めてねえじゃん!」
「む、そうかえ?」
カムワロはカムワロで、おそらく本心で褒めてくれているんだろうけども……。コイツのセンスに任せていると痛手を食らうというのがよく分かった。先ほど街を通り過ぎたときも、明らかに珍獣を見る視線を送られていたし。
「しかしぬしが言うたんじゃぞ? 勇者になるからには、出来る限り頑強で、どんな攻撃も通じないような装備をくれ、と」
「言ったけどさ!」
「そして、わしのことを生涯愛すし、童貞を捧げるとも」
「それは言ってねえよ!」
え、何⁉ 俺の童貞欲しいの⁉ っていうか、人間とそういうこと出来るの⁉
「できんことも無いことも無くは無いわい。……さておき」
カムワロは自慢げに、大きな胸を突き出して言った。
「その鎧はまだ人類が反映していない頃、神々同士の争いの最中に生まれた、最高級の防具でのう。ありとあらゆる攻撃を防ぎ、万が一傷を負ったとしても、瞬時に回復するという優れものなのじゃ」
「ううん……。話だけだと凄そうなんだけどなぁ……!」
それ、屈強な体つきの神様が着てて似合うやつだろ⁉ 俺みたいなのが着たら、全然に合わないし、それに……。
「な、なんか、全然手足も動かせなくなってきてるんだけど……?」
「うむ。神用に作られておるからのう。一秒ごとに生命力と魔力を吸いあげ、エネルギーに変換していくのじゃ」
「じゃあダメだよ! たぶん俺、この鎧に食い殺されるよ!」
慌てて脱いでその場に叩きつける。カムワロは「フム」と顎に手を当てて、愉快そうに笑った。
「フハハ。何にせよ、一緒に歩けて嬉しいぞい、ユウスケ」
「うぐっ……!」
無邪気に笑うスーパー美女の破壊力たるや。真正面から見てしまったら最後。ときめかずにはいられない。
それにただでさえ、抜群のプロポーションを誇っているのだ。この間までの巨女モード。それの縮尺を人間大にサイズチェンジしたとはいえ、スーパーモデルみたいな体形なのは変わらないワケで。
「角も無くなってるし、マジでただの……美女だな」
「フム、褒めとるかの?」
「まぁ……。今のは普通に誉め言葉だよ」
「そうかそうか。では、嬉しい感情で受け取っておこう」
カムワロは再び無邪気に笑い、俺の頭を綺麗な白い手で撫でた。……バブみを感じてしまうのでやめていただきたい。
「フム……。しかし鎧のう。まぁ仕方がない。このまま鎧に食い殺されても困るしのう。……ほれ、この装備を着よ」
「お、おう。ありがと、よ?」
笑いながらカムワロは、愉快そうに違う装備一式を、俺に手渡した。
「……おぉ、これはいいな」
受け取り、その場で鎧を脱いで、手渡された装備へ袖を通す。
人目が無いし、カムワロだけだからな。一瞬半裸になるくらいなら問題ないだろう――――
「…………ごくり」
「カムワロ?」
「ん⁉ な、何でもないぞ! 贅肉ついとるのぅ!」
「突然の悪口! わ、悪かったな太ってて!」
なんか今のカムワロ、目が更にぎょろっとしてたように見えたけど、俺の勘違いだよな?
「ふぅ……。ん? おっとユウスケ。ここのベルトは、こうじゃな。……で、コレをこうして、まくり上げて」
「ほうほう……。あ、ここ結ぶ感じか……。お、おぉ、これは……」
この新しく手渡された服。これもカムワロと同じような、ライトなものだった。飾り気のないカットソーに、軽めのサルエルと、なんだか一気に日本人感が増す。
「うむうむ。主の体形じゃと、こういうブカッとしたのが良いのう」
「まぁ確かに。ストレートのジーンズとか、全然似合わないんだよなあ、俺」
ただ、勇者と言うよりは商人みたいになってしまった。……けど、確かに似合わない鎧を着続けるよりはいいだろう。気分的にも。
「ちなみにその服は、先ほどの鎧の加護を全部付与してあるからのう。どんな攻撃が来ても平気じゃ。デメリットも消しておる」
「じゃあ最初からそうしてくれないかなぁ⁉」
鎧のくだり丸々意味なかっただろこれ!
「まぁそう言うでない。色んな格好を見れて、わし特じゃったわい」
「わし特て……」
こんなオッサンのファッションショ―なんて見たところで仕方ないだろうに。
「しかしカムワロさぁ。これ、本当にそういう加護がついてるのか?」
今はノリで受け入れたが、正直実感がわかない。肌触り自体はただの布である。
「肯定しても実感湧かんか。フム……、そうじゃのぅ」
カムワロは何かを思いついたように、ポンと手をうつ。そして軽く手招きをして、「ほれ」と大きく両手を前に広げた。
まるで恋人に抱擁をねだる彼女みたいだったが……、違うよな?
「…………、」
透けシャツの下に見え隠れする、褐色の巨大な胸に、どうしても目線がいってしまう。それを差し引いても、肉付きの良いボディーラインやすべすべしてそうな肌が目に毒だ。
「ほ、ほれって何だよ……?」
「良いから近くに来い。ほれほれ」
「え……、こ、こう?」
「もっと。……もっとじゃ」
「えぇ……?」
ずいずいとにじり寄る。もう俺の身体は、伸ばした腕の肘のあたりだ。カムワロの胸は前に突き出ているので、これ以上先に進むと接触してしまう。
「よしよし。――――ほりゃ」
瞬間、ぎゅっと抱きつかれた。……って、やっぱこれ抱擁行為だったのかよ⁉
巨大な胸を俺の身体で押しつぶしているのが分かる。ハリがあって弾力があって、そして何より柔らかい。
腕が背中に回ってるし股座も密着してるし顔が近い。顔がイイ。美女だしかっこいいし美形だから情緒がヤバイ。イケ美女からしか得られない栄養素があることを、俺は今知った。
そんな、限界オタクみたいな感想を思い浮かべていると、ふいに首筋へとカムワロの唇が迫った。
「べろり」
「おひゃあッ⁉」
「そしてがじり」
「痛ェ⁉」
「更にちゅーちゅー」
「コホォ……⁉ な、何かに目覚める……⁉」
「ぷはっ……! む、覚醒でもしたか? 良かった良かった」
「いや、そういう意味ではないんだけど、……え、何?」
抱擁状態を慌てて解除。
どぎまぎしている俺に、カムワロはニッと笑って答えた。
「面倒じゃったんで、ぬしの中に力を入れた。これでぬしも、脱・一般人じゃ」
「え、今ので⁉ そうなの⁉」
「喜べ。女神の加護じゃぞ。せっかくなら使うてみよ」
「まぁいいけど……。え、何すればいいの?」
疑問に対してフハハと笑い、カムワロは言う。
「視界に入りしものならば、そこから様々な情報を見て取れる、高位の神にしか与えられん特権じゃ。ぬしの目は、万物全てを見通し、全てを知ることが出来るじゃろう」
「おぉ……。な、なんか、すげえな……? それで、その能力名は?」
「うむ」
カムワロはおもむろに頷き、ドヤ顔で言い放った。
「ステータス閲覧じゃ」
割とフツーのことだった。