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2.どっちが敵か分からない!



 突如として俺の目の前に現れたのは。

 褐色肌の、とてつもない大きさの女性だった。

 俺が知りえる範囲でこのサイズを説明するならば、田舎の小学校の校舎だ。口を大きく広げてもらえれば、校舎の門をくぐるように、体内へ入ることが出来るだろう。


「そし、て……、」


 全裸である。いや、全裸である、らしい、か。

 彼女の背後からは神々しい光が差していたため、詳しくは見えていないがともかく。肉感的でメリハリのつきまくった乳・尻・太腿。その凹凸がはっきりしたスーパーモデルのようなシルエットは、大きく身体を揺らしながら、四つん這いで俺に覆いかぶさっていた。


「あの、ふ、服をですね!」

「細かいこと言うでない」


 言って巨大美女は、ククと喉を鳴らし微笑する。勘弁してくれと思い、逸らした目をもう一度上げると、彼女と、目と目があった。

 どこかとろみ(・・・)のある切れ長の瞳。けれど瞳孔はぎょろりとしていて、獣のような爬虫類のような、吸い込まれそうな瞳をしている。

 額と頭の横には、それぞれ二本の角。計四本の禍々しい角が生えていて、瞳と合わせて考えても、この世のものでは無いことが見て取れた。

 額中央には左右対称の紋様が浮き出ていて、よく見るとそれらは、身体の様々なところにも刻まれているみたいだった。その姿は何というか――――そう。


「属性過多……ッ!」

「うん?」

「いや属性多すぎだろ! 額の角に頭の角! 褐色スーパーモデル体型で爆乳で、身体の隅々に紋様付き! 瞳も獰猛で瞳孔開き気味とか! って、後ろになんか、光の円みたいなのも浮いてない⁉」

「フム。加護じゃな」

「加護って可視化できるんだ⁉」

「まぁの。ノリで」

「ノリ⁉」


 ともかく。俺の矮小な脳と価値観では、処理しきれないほどの属性が降りかかってきた。……こんなんつっこまずにいられるか。


「ほれ、舌も長いぞ。何なら牙も鋭い。今は消しとるが、尻尾も羽も生えるがどうする?」

「……今のままでお願いしますッ!」

「フハハ。かわいいのう」


 言って、大きな手(というか指先)でぐりぐりと頭を撫でられた。

 このドキドキは、初めて女性の全裸を生で見たからではなく、超常的な生物に出会ったからという、命を脅かされている現象からきているもので間違いないだろう。

 いや……、でも、………………おっぱいしゅごいな。………………ちらっ。


「ん? 何じゃ?」

「何でも無いです服を着てネ!」


 生乳が見えていることを、本人はまッッッたく気にしてないんだろうけど、それが逆に申し訳なさを感じてしまい、慌てて視線を逸らした。

 そうこうしているうちに、先ほど吹き飛ばされた馬面さんが、「うぐぐ……」とうめき声を上げて立ち上がっていた。


「はっ⁉ そういえば忘れてた!」

「ほう、生きておったか。頑丈なヤツじゃわい」


 巨大褐色美女は一瞬身体を光らせたかと思うと、その身にかなり薄手のローブのようなものを纏い、四つん這いの姿勢のまま馬面さんを見下ろした。


「楽しませてみよ、鼠輩(そはい)


 言うと同時、手のひらを勢いよく振り下ろした。

 ズシン! という、地鳴りにも似た音がする。


「グゥオッ!」

「ほう? 止めるか」

「ぐ、ぬぬ、ヌゥゥゥッ……!」


 巨大な美女の巨大な掌を、俺と同じくらいのサイズながらも受け止める馬面さん。

 あの掌一つとっても、小さめの体育館くらいの面積はあるのだ。それを受け止めるだけでも凄すぎる。


「フハハ。ほれほれ」

「ぐぁぁぁぁぁッ!」


 追い詰められ、どうにか圧迫から脱出する馬面さん。ごろごろと転がり距離を取るも、そこへ美女からの追撃が入る。


「ふん!」

「がぁぁ!」

「ほぉら。蹴っ飛ばすぞ?」

「ぐぉぉぉッ!」

「弱いのう。だらしないのう。もっと楽しませよ」


 美女は、超高速で右腕を振るっているだけだ。しかしその挙動一つ一つに、馬面さんは四苦八苦している。

 それもそのはず。あまりにもサイズ差が違いすぎる。

 大きな港に設置されている船用の大型クレーン。いや、それ以上のサイズの腕が、縦横無尽に猛スピードで迫り来るのだ。こんなもの避けようがない。

 どんどんヒットする攻撃に、いつの間にか馬面さんの身体はボロボロになっていた。


「がは、ぁ……、ぁ……。き、きさ、ま……」

「フハハハハ! 怖かろう。痛かろう。泣き叫び、(おのの)くがよい」


 ばちんと。掌と地面の間に、倒れた馬面さんをサンドする。次第に圧はかかっていき、彼はもう、息も絶え絶えになっていた。


「ぐぉぉぉッ! このような者に、負けて……、たまる、かぁぁぁッ‼」

「ファハハハハハハハハハッッ!」

「ぐぅぅぅッ! おぉぉッ!」

「お?」


 最後の力を振り絞ったのか、馬面さんは一瞬だけ巨女腕を跳ねのけた。そして少しでも反撃に打って出ようとした――――その瞬間。


「か………………は?」

「ム」


 俺たちの方向とは真逆から、黒い槍のようなものが飛んできた。

 禍々しいその物体は、無慈悲にも、馬面さんの背中を穿っている。

 遅れてブシッと、まるで炭酸が弾けたときのように、血流が噴き出ていく。


「なんじゃトラ。横槍を入れよって」

「あはは~。アタシも体動かしたくなってね~」


 緩やかでかわいい声が、槍がと出来た方向から聞こえてきた。

 しかしそんな可愛さとは裏腹に、その合図で突き刺さった腕からバチバチと電撃のようなものが流れ込む。


「ガァァァァッ!」


 まるで雷に撃たれたかのように、中空でバチバチとダメージを受ける馬面さん。そこへ――――


「まぁよいか。……フン!」


 無慈悲に。最後の一撃が行使された。

 巨大な美女は、今度こそという意思を持ち。掌で馬面さんを地面へと押しつぶす。


「まお…………、さ……、ま……」


 掌の下から静かに黒い霧が散っていく。

 その残り香を軽く払い、「フン、つまらんヤツじゃったわい」とつぶやいた。


「でも、なかなか強かったんじゃない~? カムワロの攻撃をあそこまで受けて立っていられるのって、上位神でもなかなかいないでしょ~」


 とことこと音がしそうな可愛らしい歩幅で、向こうから歩いてくる人影が一つ。

 こちらは俺と同じような人間サイズだ。というか、少女と幼女の間くらいの背丈しかない。……一部、めっちゃでかい部位がありますが。


「手加減じゃわい。それにしても、毎度おいしい登場の仕方よな、トライオン」

「たまたまだよ~。あ、神モード忘れてた」


 そう言うと彼女の頭には、カムワロと同じような角が、計四本生えてきた。

 目立つ箇所が一部位から二部位になってしまったと思ったが、これではまる俺がでおっぱいしか見ていない人間みたいなので、慌てて思考を取り消す。


「だがクソザコじゃったわい」

「まぁそかもね~。クソザコ~」


 ゆるい口調でザコザコ言い放つ二人。得体の知れなさと余裕な空気感が妙にマッチして、悪の女幹部感が凄い。……のだが。


「………………」


 たぶんだけど。馬面さんは俺のことを殺そうとしてたし、この美女は俺を助けてくれたんだろうから、どっちかと言えば、

『馬面さん=悪』『美女=正義』

 なんだろうけども……。


「どっちがいいヤツか分からなくなってくるな……」

「ん? 哲学の話か?」

「いや描写の話です」


 矮小な一般人を追い詰め、そして屠った悪の組織。馬面さんに息子とかがいたら、復讐劇が始まりそうな。そんな一幕だった。


「さて……。あの。それじゃあそろそろ、状況説明してもらえます?」

「おう。もちろんじゃ」


 言って美女は、その巨大な身体を涅槃大仏のようにごろりと横にして、明るい笑顔でこう言った。


「来てくれて嬉しいぞ? 勇者」





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