20.五分間
「つーわけで! 待ちやがれぇぇぇぇぇッ‼」
「く、くるなぁぁぁぁぁぁぁッ‼」
魔王城を、俺は全力で駆けまわる。
不慣れな素人剣技をこれでもかと振りまわし、カムワロによって崩れていく荘厳な魔王城内を、走っていた。
逃げるは、四メートルの巨女。
魔王と呼ばれる女性である。ステータスはとっくに確認済みで、全ての数値が『999999999』だった。どうやらこの魔法で測れるのは、九億の単位までらしい。
対する俺は、女神を倒したことにより得た経験値で、全ての数値が彼女らと同じランクにまで引き上げられている。つまりカンスト・文字化け状態だ。
しかし本来ならば、女神を倒した経験値だけでは、ここまでの能力に達することはないらしい。
考えてみればそれもそのはずで。俺のステータス魔法とレベルアップ能力は、倒した相手の数値を奪えるというものではない。あくまでも、勇者・ユウスケのレベルが、際限なく上がるというだけのものである。
つまり俺自身に相当なポテンシャルが無い限り、神・女神と同じようなステータスにはなりえないのである。――――そう、本来ならば。
遡る事突入前。
女神二人のおっぱいを揉む、少し前に行っていた会話である。
『しばりをつけた、強制ステータスアップ?』
『そうじゃ。現代風に言えば……、チートコードみたいなものかのう?』
カムワロの頷きに、俺は疑問を浮かべつつ質問をする。
『う~ん……、正直俺、そういうのあんまり詳しく無いんだよな。特にゲーマーってわけでも無かったからさ』
『なんじゃそうか』
『まぁ分かりやすく言うと~、バグ技とか~、裏技に近いかもね~』
指を立ててトライオンは説明をしてくれる。
曰く、『アイテムの何番目にカーソルを合わせてセレクトボタン連打。開いたまま敵と戦闘~』とか、『特定のキャラクターを特定の条件で仲間から外せば、最強状態になってパーティに戻っている』とか、そういう……、メーカー側も把握してないような、下手するとゲーム自体が壊れちゃうようなアレである。
『あぁ、なんか小さい頃にそういう話、友達づてに回って来てたな……』
あの頃はまだ一緒にゲームできる友達居たんだよな懐かしい……そして悲しい……って、今はどうでもよくて。
『その……、バグ技? とか言うの。どうすればいいんだ?』
『簡単じゃ。ぬしに縛りをつける代わりに、この世界を騙す』
『お、おぉ……! なんかカッコイイ感じだな⁉』
最強の力を得るために、世界を騙すってことか! そういうカッコイイ感じのパワーアップなら、正直臨むところだ。というより、そのパワーアップを果たさなければ、魔王には届かないのだろうから。
『では、縛りをつけようかのう』
『この縛りをつけた上で、きみがアタシらを倒して経験値を得ることで~……、本来の限界値を超えた数値の強さを、得ることができるはずだよ~』
二人はもじょもじょと、俺に向かって神語(?)みたいな呪文を唱える。
神聖なる光が俺を包み、身体に一瞬だけバツ印――――つまり、縛りがついたのを感じた。
そしてその後、俺は二人の身体にアタックを行い、女神らとそん色ない力を得たのだった……が。
『結局のところ、俺はどういう縛りを受けたんだ?』
『うむ。それはのう――――』
それがこの、戦闘開始の五分間である。
恐怖映像でうずくまる魔王に対し、可哀そうな気持ちもありはしたがそうも言っていられない俺は、戦闘開始――――というか、この『力』を使用すると決める。
俺の体内を駆け巡る『縛り』なるもの。それは、五分間だけしかこの文字化けステータスでの戦闘が出来ないというものだった。
スタートは、俺が宣言してから。
五分で対象を倒せなければ、女神らが課した『縛り』が発動してしまう。
だからこそ俺は必至で、全力で逃げ惑う魔王を追いかけまわしているのだ。
「くっ……! の、能力は俺が勝ってるとはいえ、追い付くのは至難だな……!」
魔王も魔王で、これまでに見てきたモンスターたちとは何倍もの能力を持っているのだ。ステータスだけで勝っていても、これまで最強で居続けたという経験には、なかなか追い付けそうにない。
「それに……、コレ……!」
ひゅんと、紙一重で魔弾を避ける。
頬をかすめた紫色の魔力の弾は、小さくても、一撃が山を吹き飛ばせる威力を有しているらしい。
カンストブーストで動体視力や反射神経が上がっていなければ、いくら鉄壁の防御力を持っている現在でも、吹き飛ぶくらいはしてしまうだろう。
「そしてそれはきっと痛い。カムワロたちなら耐えられるんだろうけれど……」
これまで戦いの世界に身を置いていない俺は。きっと一度でも痛みを感じてしまうだけで、怖気づいてしまうだろう。
そうなったら、五分のうちに追いつくことは出来なくなる。それどころか、魔王だってその期に乗じて反撃ラッシュに打って出るかもしれない。
だからこそ、一撃でも食らってはいけない。
リスクを犯しつつ、前へ、前へ。
それが俺に出来る、唯一の魔王攻略法だ。
「今は恐怖フィルターがかかってるからな……」
カムワロたちの恐怖映像。それを見た魔王は、同じような数値を持つ俺のことも、同じく恐怖の対象として見ている。だから逃げてくれているのだ。
けれど冷静になられたら、今の魔弾以上の反撃をしてくるかもしれない。
だからこれは、この五分間の取り合いだ。
ヤツが冷静になるよりも前に、そして俺の『縛り』が発動してしまう前に、ヤツに追いついて攻撃を当てなくてはならない。そんなゲーム。
「どわぁ!」
突然、天井にぼっかりと穴が開く。
がらがらと崩れ落ちる瓦礫の中から、ぬっと、巨大な顔の影が見えた。
「ほれほれユースケ、もう時間がないぞい」
「うるせぇカムワロ! ……他人事だと思いやがってぇぇぇッ!」
表の百体以上いたであろう四天王を蹴散らし終えたのか、カムワロはニヤニヤと勝気な笑みを浮かべる。
彼女はこのゲームには参加できない。敵を全て蹴散らしてしまった以上、もう彼女に、『攻撃』をする理由がないのだ。
トライオンも同じ。つまりもう純粋に、俺と魔王の一騎打ちとなった。
女神見守る魔王城。
駆けまわるは勇者と魔王。
「さあさあ走れ、ユースケ」
巨大な女神は見下ろし、まるで全能の神であるかのように、遥かな高みから口を開く。
「さもなくば己が身――――」
手に口を当て、心底おかしそうに続ける。
「――――の、下半身のソレが、」
「~~~~~~ッッ‼」
「不能になるぞい」
俺は、最後の力を振り絞った。