19.最終章! 魔王戦開幕!
魔王。それすなわち、この世界における絶対強者のことを指す。
絶対的。かつ、支配的。
どんな者も、その力の前ではひれ伏すしか無かった、恐怖と畏怖の象徴である。
世界にとってのピカレスク。
生命に対してのアンチテーゼ。
それが魔王と言う存在である。
そして、そんな恐怖の魔王は――――
「うぉわああああああああああ‼⁉?」
「うぉらああああああああああ‼‼!」
情けなくも、地をはいつくばって、逃げおおせているのであった。
かくも。か弱き生き物であるはずの、ニンゲンから。
ステータスを見てみよう。
魔王・???(名前無し)
身長 389cm 体重 312kg サイズ (203/135/210)
レベル 999999999
体力 999999999
腕力 999999999
速度 999999999
知力 999999999
魔力 999999999
運 999999999
という彼女の数値に対し、女神二人分の経験値を得て、超レベルアップを果たした俺は。
勇者 ユウスケ
身長 169cm 体重 78kg
レベル #$‘*>>|<{」「&”
体力 “%!(=~%&#$>(
腕力 <“‘(($?*‘~~<
速度 %%(#“!(=|~|+>
知力 {*~}」|¥=;>?<’
魔力 &(:#$~”!”&8))=
運 =;」{?_>}‘(’%
こうなっていて。
全ての数値がカンスト・文字化け状態となった俺は、自分でも体験したことのない速度と破壊力で、魔王と呼ばれる存在を追いかけていた。
魔王の身長は四メートルほど。顔は人間だがカムワロたちと同じように角が生えており、それ以外にも、禍々しい魔獣のような皮膚や毛皮が身体中を覆っている。
翼は四枚、尻尾は二本。狂暴な爪も凶悪な牙もあり、女性体でありながら筋肉はムキムキだ。それはそれでフェチい――――ってそうではなく。
そんな、とても凶悪な存在だ。
しかしそんな存在が今。
涙目になりながら、何倍も矮小な身体の俺から、逃げおおせているのである。
「く、くるなぁああぁぁあああああッッっっ‼」
「どりゃああああああ‼」
厳かな魔王城の中を、俺は全力で駆けまわる。いや、飛び回る。
走行が跳躍になる。回避が瞬間移動に変わる。そんな脚力。
『――――ユ~スケは~……、スピ~ドタイプみたいだね~』
そんな、ギャグパートのセリフを思い出した。
……なるほどなあ。カンスト数値の中でも、特異不得意はあったわけだ。トライオンが、カムワロとは戦闘スタイルが違うと言うように、確かに俺も同じような身体能力を有することが出来たが、あいつらとは全然違う。
確かに俺は、速度というものが秀でているようだ。……体形に反して。
移動速度だけではなく、攻撃速度も速くなっているようで。ぶんぶんと情けないフォームから繰り出される剣先も、今の俺にかかれば破壊兵器だった。
「避けるな! このっ!」
「どわはぁぁぁッッ!」
力任せにぶんぶんと聖剣を振り回す。魔王はそんな素人の剣を、まるで恐ろしいものかのように逃げ回る。
無様なのは果たしてどちらか。それとも両方か。
「でも……、ぜんっぜん当たらねぇ……」
カムワロたちと違って、全然スマートに敵を倒せない俺だった。
だって、攻撃の方法とか知らないもんよ……!
ただし、それとパラメーターは別である。俺のステータスはまさしく今、カムワロたちと同じくらいにカンスト・文字化けしている状態であって。それはつまり、純粋な筋力だけでも相当なものになっている。
「おりゃぁ!」「ひわわっ!」
床が抉れる。
「どりゃあっ!」「ひひぃぃっ!」
壁が崩れる。
「うおおおおおおおおああああっ‼」「いやぁぁぁぁぁぁああああッッ‼」
剣閃が走るたび、何かがどうにか破壊され、その破壊は破壊を呼び、伝播し、魔王へと恐怖を植え付け続ける。
まぁ、魔王が恐怖するのには理由がある。
ここにたどり着くまでの、度重なる色々があったからだ。決して俺だけの功績ではないのだ。
再び過去回想だ。
それは、魔王を追い回す直前のこと。
俺がこの部屋を訪れたときの、地獄のような光景を説明しようと思う。
とても広い城の内外に、これでもかと言う程のモンスターたちが配置されていた。しかし俺は、一直線に魔王の玉座へと向かうことが出来た。
外のモンスターはカムワロが。中のモンスターはトライオンがという風に、二人が軍勢を相手取ってくれているのだ。そのお陰で、一切戦闘になることなく、魔王の部屋にまでたどり着くことが叶った。
「ここに……いるんだな」
ごくりと固唾を飲み、扉に手をかける。
そしてその扉の向こうには――――
「助けてぇ、助けてぇ、助けてぇッ……!」
「ええ……」
何故か、玉座にかじりついて涙目になっている魔王が、そこには居た。
身体の体積は俺の三倍ほどもある。
どうやら女性体で、顔の作り的にはカムワロたちと変わらない、二十代半ばほどの外見。四メートルほどの身長に、ムキムキの筋肉を携えているものの……、それが、何故か初手から及び腰だった。
「ええ……、何で……?」
疑問に首を傾けるも、その理由はすぐに分かった。
魔王が座っていたであろう玉座の横に、大きな魔法球が備え付けられている。それはどうやら監視カメラよろしく、城内の様子を一望できる仕様になっているようだった。
そこに。
二匹の、悪魔がいた。
「うっっっ……お、」
凄惨な光景に、たまらず俺も絶句する。
いや、仲間側に対して使う表現ではないけれど、ひでえとしか言いようがない。
その魔法映像に映っていたもの。
ソレは、これまでの旅路で見てきた無双シーンの、遥か上を行く蹂躙シーンだったのだ。
『――――もっと来んかいッ‼』
超巨体のカムワロは、迫り来る兵たちの攻撃をものともせず、回避するのも煩わしいと言わんばかりに一身に受け、尚も無傷。
『効かんのう。……ふんッ!』
ビル一棟ほどもある腕をおもむろに振り上げたと思うと、一閃。その凪により、魔王城周囲の山々は綺麗に消し飛び、地形が変わるどころか別風景と化していた。
『ひるむな! 前へ! 前へ――――ごぁッ!』
『前へ?』
隊長と思われる者とその部下が、何かに思い切り薙ぎ飛ばされる。
見るとそれは、魔王城の壁の一部だった。
『なッ……⁉』
『ハハハハハッ!』
魔王城は通常の建築物よりも遥かに硬い素材で造られていると聞く。それに概念的にも、砕けることなどあり得ないとか何とか言っていたことを思い出した。うん、確かそれ、カムワロとの雑談で出てきた話だ。
「それを言った本人が破るなよ……!」
ルール無用というか、ルールに干渉するレベルで無茶苦茶やっていた。
常識というちゃぶ台を、次から次へとひっくり返しまくっている。
当然のごとく周りは大惨事で、片付ける者など誰も居ない。俺もごめんだ。
『アァ……、興奮するのう……!』
翼が生える。尻尾が生える。身体の紋様は大きく広がり、角もどんどん大きくなっていっていた。
「やっぱ破壊神じゃん……」
『やっぱ破壊神じゃん……とか思われてそうじゃのう~!』
めっちゃ心読まれてるし。
ともかく。
『フッ――――ハッハッハッハッハッハッッ!』
灰燼舞う光景の中、女神は邪悪に笑う。
まるで怪獣映画だ。もしくは災害ドキュメンタリーか。
ともかく、あれはもう、なす術がない。
どんなことをしても止まることのない、とめどなき傑物。
いかなる攻撃が、いかなる軍勢が押しかけようと、その巨体は止まることはない。――――彼女の飢えが、満たされるまでは。
無残にも焼け、崩れていく木々を前に、俺は言葉を失うのだった。
「……はっ! ト、トライオンは……、……うっ!」
順番なのだろう。丁度もう一人を気にしたところで、タイミングよく映像魔法が切り替わった。
まぁ魔王からすると、最悪のタイミングだったかもしれないが。
それくらいに、残虐なシーンが映り込んでいた。巨体の魔王の振るえはいっそう増していく。
「おうふ……、ひでぇ……」
先ほどのカムワロがモンスター映画だとしたら、こちらはホラー映画だ。
目に見える、『動』の恐怖から、じめじめとした、何をされるか分からない『静』の恐怖である。
『ふふ~……………………』
笑う、その空間においては、何者よりも矮小な女。
しかしその女が一歩動くたび、『誰かの何かが』崩れ落ちる。
『ひぎ――――ッ⁉』
ねじ切れる。
『ぎゃぶっ⁉』『ごっ……!』『ぺぎ、』『あddddddddddddddddd』
あの空間はバグっている。
何かが起こり続けているのに、それはあまりにも原因不明だ。それがまた、一つ、また一つと、周囲の戦意をくじいていく。
一本一本、丁寧に骨を折って行くように。
静かに静かに――――確実に、ソレは浸食を続けてくる。
『楽しいねぇ~…………』
トライオンは、変わらず緩やかに笑う。歩幅も口調も、俺と接するときと何ら変わらない。だからこそ恐ろしい。
日常の延長線上に、深い狂気が存在している。
手の届く地続きに、ほの暗い深淵がいるのだ。
目を背けたくなる。けれど、背けた瞬間命は終わる。
『――――あげる~』
トライオンは言って、何かをぽいっと投げる動作をした。
カムワロ程のように派手ではない。目を凝らさないと色がついているのかも分からないほどの、薄い色の小さな魔力光。
たんぽぽの綿毛のように、優しく緩やかに宙を舞ったかと思うと、その瞬間。――――地獄は静かに広がった。
『ぎっ ガアァ ア⁉』『きぃぃ ぃッッ‼』『じゅ、 じゅ じゅ――!』
黒き毒の花。そんな言葉が似合う、花弁のような魔法光が、あたり一面を包んでいた。そしてその光に触れた者から、言葉を失い黒い霧へと変わっていく。
「やっぱりこう……、スピードタイプとか、関係ないじゃん……!」
トライオンとの雑談を思い出し、そして、やはりそれは意味のない会話だったということを飲み込んで、ため息を吐くのだった。