1.開幕ピンチは基本ですか? いいえ、女神です
むなぐらを、つかまれている。
「よ、淀山 ユウスケ三十歳……。今年で三十歳になりまして、えー……何というか、三十歳だ。以上。俺のプロフィールでした」
ただただ白いくうかんに、おれの声がなさけなくひびく。
「フム……」
「し、身長は百七十センチ。体重は七十キロ……。ちょっと、太り気味かもな~と思ってきた、今日この頃です。以上、です。はは……」
「……」
「…………」
ちんもくがつづく。
「……あの」
さて。
現在俺は、馬の顔にムキムキの身体で、ところどころに邪悪なカンジの鎧をまとった、謎の生物に謎絡みをされている最中である。
コンビニの夜勤が終わって、空も白んできた時間帯だった。
裏口を空けたら突如として目の前に真っ白な光が。そして気づけば真っ白な空間に立っていて、体幹十五分くらい戸惑っていたら、空間にぴきぴきとひびが入り、馬面さんが勢いよく入ってきたのだった。
「そしていきなり、アナタが胸ぐらをガッて掴んだから、俺がグワッって浮いて、『ヌシ、何者だ?』なんて低音のカッコイイ声で聞いてくるもんだから、苦しいながらも頑張って自己紹介をしているっていう――――淀山 ユウスケ三十歳でした、はい」
「ヌゥ……」
「あ、フリーターやってます。コンビニの深夜勤務です。最近は電子化が進んでるって言っても、まだまだ人の手が必要みたいで。逆に覚えること多いっつーか。はは、なんか手間が増えてるだけじゃ~ん! つって……、です、ね?」
「……」
「はは、は……。あ、声の感じからして、もしかしてアナタ女性だったりします? なんて」
「…………」
まぁ、そんな感じで。
俺のいたたまれない苦笑いと、武人っぽい謎の馬面さんを、白い空間と静寂が包む。
……え、何これ? ファンタジー? ドッキリ? よくわからんが、仕掛けるほうも大変だったりするんじゃない? 服越しながらに伝わってくる手の触感とか毛並みとか、ほぼほぼ本物みたいなんだけど?
俺が狼狽していると、謎の馬さんはふぅと鼻息を鳴らし、どさりと無造作に俺を降ろして言った。
「カムワロはどこだ?」
「カム……ワロ?」
「知らんのか」
「はぁ……。知らないっす」
「そうか。ならば用はない」
「え……」
言って。言い捨てて。
謎馬さんは、いつの間にか右腕に持っていた――――鋭い剣を、俺の胸へと突き立てる。
「……は?」
「死ね」
ずしりと重い、明らかに本物の切っ先が、少しだけ服のたわみにめり込んだ。
彼女(?)が体重を少しでもこちらへと傾ければ、この鋭い鉄の塊は、簡単に俺の心臓を貫くだろう。そう、直感で理解した。
「……って、えええええ⁉ 何、何、ナニ⁉」
「吐く気になったか? カムワロの場所を言え」
「いやっ、知らな、つーか、カ、カ、、カムワロって何⁉」
「そうか。ならば用はない」
「会話ループしてる⁉」
そんなギャグのようなテンションを最後に。俺の命は終わりを迎える。
昨日の残りの飯が、まだ読んでない新刊が、そう言えばタイムカード切ったっけ、などが、俺の脳裏を駆け巡る。薄っぺらい人生だったが、それでも幕が下りるときは悲しい。そんなことを実感する、一刹那だった。
そして。
――――一秒にも満たない一刹那に、更に割り込んでくる何かが居た。
「うるっせぇぇぇのぉぉぉぉうぅぅッッ‼」
響き渡る、超特大の大声。そしてその直後に現れる、超巨大なシルエット。
衝撃なのか、それとも物理的なものなのかは不明だが、パギンと、俺に突き付けていた剣は、根元から砕け散っていた。
「ッ!」
驚きで警戒態勢を取る馬面さん。しかしその死角から、大きな何かによって横薙ぎに吹き飛ばされた。
何か。何か。何か。何者か。
不可解で不可思議で不穏なことだけが、この不明瞭な空間でただただ起こり続けている。
「こ……今度は何だよ……っ⁉」
「なんじゃぁ? 召喚は終わっとったのか。うっかりうっかり」
それは、ソラより聞こえてくる声だった。
上。頭上。これまで白しか無かった空間に、影が落ちる。
「悪い悪い。待った?」
ずしんと地鳴り。ぽつりと地響き。
俺を見下ろして声をかけてきたのは。
あまりにも、巨大すぎる女性だった。
「……は」
目の前に、突如としてビルが建ったのかと思った。それほどまでに巨大な影。しかしてソレは、人の姿をしているため、生命体であるとは理解できた。
けれど、明らかに人ではないシルエットも見えている。美しすぎる顔つき、の、上と横。
――――角だ。
額から二本。頭部の横からも二本。それぞれ違ったテイストの角が二本ずつ、計四本生えている。
ぎょろりとした獣のような瞳と、一瞬目が合って。あぁ、やっぱり人間っぽくないな、なんて思ったりして。
しかし。それよりなにより。巨大すぎるオンナをみて俺は、叫ばずにはいられなかった。
「ちっ……………………、」
「ち?」
「痴女だぁぁぁぁぁぁッッッ!⁉」
「え、そこかえ?」
俺を見下ろしてきたあまりにも巨大すぎるその美女は。
白健康的な浅黒い肌を完全に露出させた、全裸状態だったのだ。
これが俺、淀山ユウスケと。導きの女神カムワロとの。最初の出会いだった。