18.最後のレベルアップ
魔王城へ突入する前の、最後の作戦。
と言ってもそれは、作戦と言うにはあまりにもお粗末すぎる、謂わばシステムの不正利用みたいな方法だった。
「「おっぱいを揉め」」
「はい⁉」
「それで全て解決じゃ」
ぼいんと。
とんでもない、北半球を放り出したカムワロの胸と。
とてつもない、南半球を見せつけたトライオンの胸が、目の前に迫る。
「……………………ごくり」
「さ、どっちから触る~?」
「い……、いやいや、待て待て! どうしてそうなる⁉」
生唾を飲み込んで、一拍置いてから俺はツッコミを入れた。
大声出したら敵が来るとか、そういうのは頭から全部吹っ飛んだ。
「仕方ないか~。一旦説明しちゃおう、カムワロ~」
「じゃのう。まったく、好き同士&つまみ食いオーケーの環境においても、まだ乳の一つも揉めんとは、大概じゃのう童貞勇者は」
「お前、デレた直後にその温度差はひどくないかな⁉」
「覚悟をキめて乳を差し出したこちらの身にもなってみろ。わ――――わしだって、心臓はあるんじゃからな?」
「ぐっ……!」
だ、だから、そういう恥じらいを見せてくるのも卑怯だって……ああもう話が前に進まねぇ……!
「せ、説明をどうぞ……」
納得できれば乳も揉むよ。あぁ揉んでやるさ!
「オッケ~。ねぇユ~スケ~、アタシの独白のときに~、弱点攻めさせたの覚えてる~?」
「ん? ……あぁやったな」
アレは首筋だったっけ。確か、俺がダメージを与えながらでないと、弱みの吐露を出来ないとかなんとかで。
女神はルールに縛られて大変だと、本格的に思うようになったエピソードでもある。
「つまり~、女神にも弱点はある、もしくは、出来るってことなんだけど~」
「お、おう」
「それはつまり~、ダメ~ジ判定でもあるわけなんだよね~?」
「うん……、うん?」
俺が顎に手を当てて考えていると、今度はカムワロが説明を引き継いだ。
「ぬしに備え付けた『ステータス』能力。そしてそれに付随する、『経験値』のシステム。これは謂わば、努力すればしただけ、報われるという能力じゃ。覚えとるか?」
「おう、そうだったな。だからその……、『楽』で良いのかって」
「そうじゃ。そして、『楽』でよい」
笑って頷くカムワロは、そのままぴっと指を立てて続けた。
「聖剣を手にしたぬしが一気にレベルアップしたのは、聖剣を手に入れるために旅してきたであろう道程を、全て凝縮してその身に受けたからじゃ。そして元々の基礎能力が上がっておったせいで、今の数値に至っておる」
「うん……。まぁ、なんとなくだけど、それは分かってたよ」
つまり経験値でレベルアップするには、必ずしも敵を倒さなければならないわけではないと。何かしらの『経験』でも、レベルアップするということだ。
「そこまで来れば~、あとは簡単だよ~」
トライオンは脇からひょいと出てきて、胸の谷間に視線誘導しながら言った。
「神にダメージを与えたという経験。これがユ~スケに入れば~、どうなるでしょ~……ってハナシ♪」
「そん……! そ、そんなこと出来る、の……あ、」
そうか。トライオンへの弱点攻撃。
アレはダメージ判定では無かったから経験値にはならなかった。けれど。
もしあれに、更にダメージ判定が乗っていたとしたら。
「神にダメージを与えた、イコール……、俺の経験値になる……」
つまり、レベルアップするってことか。
「予定早めて魔王城に来たのも~、この方法が使えるって思ったからなんだよね~」
「乳揉んでレベルアップする勇者は、さすがに過去にもおらんかったがのう」
「ジワるね~」
「いやそっちが提案したんだろうが⁉」
俺は頭をぶんぶんと振り、煩悩と混乱に支配されそうになっている脳を一度落ち着かせる。
「で、でもさ……! 前提として、胸揉まれたからってダメージ受けるか?」
トライオンの弱点だって、別に胸とは表示されていなかった気がするし。胸のあたりは敏感だとは言ってたけども。
しかし俺の言葉に、二人は優しく、そして蠱惑的に微笑んだ。
カムワロは上半身をかがめ、トライオンは身体を伸ばし。
できるだけ俺の視界に、四つの果実が納まるよう、仕向けてくる。
そして。
薄ら笑う唇が、艶を持って動く。
「ぬしが触る場所なぞ、――――全部弱点になるわい」
瞬間。
俺の理性は飛んだ。
そして――――
「んじゃ、無事おっぱいも揉んでもろうたし、いよいよ突入するわけじゃが」
「……………………おう。……はぁ、はぁ」
「イヤイヤな態度のわりにはけっこういやらしい手つきだったよね~」
まぁ気持ち良かったけどね~と笑い、トライオンとカムワロは、情緒が安定しないため這いつくばったままの俺を見下ろした。
人生初の合法乳揉みでドギマギしていたところに艶めかしいオトナな息遣い。理性が崩壊し、もう我慢ならんと思ったところに、最大級のレベルアップである。
な~~~~~~~んも頭に入ってこねえ……………………。
「ありゃ、魂抜けてるね~」
「さすがに情緒を乱しすぎたかのう」
「アタシらと旅できてたから感覚マヒってたけど~、一日半前まではただの一般人だったんだもんね~」
フッハッハッハ~と笑う二人。
「しかしここにきて使い物にならんのも困るしのう。……どれ」
つぶやくとカムワロは、おもむろに俺の身体をひょいと抱き上げ、お姫様抱っこの体勢をとらせた。
「トラ、手伝え。こう……、そうそう。ユウスケの手をわしの首に回して。うむ、そうじゃ。そんで――――こうじゃ」
ぶっちゅと。
アホみたいな音と共に、俺の唇は奪われた。
「―――――、…………ッッッ!⁉??」
「れる……、うむ……。お、もう少し。じゅるじゅる」
「カムワロ、深い深い。おっぱいより刺激強いよソレ~」
「おっといかん。わしとしたことがおっぱじめるところじゃった」
「も、もうちょっと情緒は大事にしやがれ⁉」
ぷはっと唇と唇を離し、思わずつっこんだ。
「フハハ……。蘇った蘇った♪」
ディープキスを気付け薬みたいに使うなよ……。
「で、本題なんじゃがな」
切り替えが早すぎてテンションが追い付かないが、最終決戦前の作戦ということもあり、どうにか耳を傾ける。
まぁここからは、トライオンから聞いていた通りの内容だった。
ここ魔王城及び敷地内は、ほとんど天界と変わらない神聖・魔性を帯びているとのことで、カムワロとトライオン両名の力が、存分に発揮できるらしい。
「ただ、魔王自体には危害は加えられんのう」
「そうなのか。お得意の屁理屈による、偶然を装った攻撃も?」
「駄目じゃろうなあ」
「むしろこちらにその気がなくて~、本当に偶然、攻撃が当たっちゃったとしても~、もしかしたらとんでもないペナルティ受けちゃうかも~」
「ペナルティって?」
「う~ん、消滅とか~、存在抹消とか~?」
「軽く言うなよ」
「あはは~。でもまぁ、それくらい、この状況もギリギリってこと~」
なので、とカムワロは仕切り直す。
「魔王の周りに居るであろう、なんとか将軍とか、大量に湧き出る四天王とか、そのあたりは全部わしらが引き受けるわい。じゃからぬしは、真っすぐに魔王の元に向かって倒せ」
「なるほど……。けど俺、戦ったことないぞ?」
「大丈夫じゃ。今のぬしのステータスなら、ある程度の攻撃を受けたところで傷一つつかんじゃろうから」
「本格的に何者になっちまったんだ俺!」
自分でもちょっとひくわ。何この存在。
「さてそれで、肝心の戦闘方法じゃが――――」
「いたぞ! 勇者たちだ!」
「魔王様の指示通りだ! 捉えよ!」
カムワロが何かを言いかけたところで、大量のざわめきが耳に入る。
見ると、彼方の空より。魔王軍と思しき者たちが大量に飛来してくるのが分かった。
「せ、戦闘方法だよな! 聞くからすぐに教えてくれ!」
「ん? あぁいや、特に何もないわい」
「え?」
俺の疑問もそこそこに、カムワロはにたりと笑い、すでに意識を魔王軍のほうへと向けていた。
花より団子という言葉があるが、似たようなもので。コイツは、色恋より戦闘である。
ムクムクと、どんどんその身を大きくしていくカムワロ。
あの白い空間――――天界で見た時以来の、二度目となる超巨体モードだ。
「フフ。ユウスケよ」
ずしんと大きな身体になったカムワロは、頭をかがめて出来るだけ俺に近いところから語り掛けてくる。
「わしはもしかしたら、女神でなくなってもこんなでかいかもしれん」
「そうなのか」
「ともすればヒトガタですらなくなり、魔物や違う物体になる可能性もある」
「マジか」
「それでも――――よいのか?」
その声は。
全然不安そうじゃ無かった。
むしろこちらからの答えが、どう返ってくるかが分かっているかのような。
バカップルのいちゃつき方だ。
「…………」
よいも何も。
それがお前なんだろ。
「今更だな。――――よいよ」
トライオンと合流する前に、カムワロに言った言葉を思い出す。
『俺も、お前みたいに――――この世界で――――』
風に消えそうだった、あまりにも儚く、むずがゆい、自身の言葉を思い出す。
けれどその気持ちに嘘はないし、それを嘘にはしたくない。
「それじゃあ行くかのう勇者よ! わしらは暴れる! じゃから、」
カムワロはその巨体を立ち上がらせ。
トライオンはふわりと宙へ浮き。
魔王の居城と軍勢を、見定めた。
「ぬしも思いっきり、暴れろ!」
それがつまり、俺に与えた最後の戦闘方法だった。
「ノープランってことだな。……分かったよ!」
こうして。
決戦の火蓋は、切って落とされたのだった。
「ちなみに火蓋は切られるだけ。切って落とされるのは幕の方じゃぞ」
「モノローグを読んだ上に慣用句まで詳しいだと……」
なんかこう、いろいろ台無しだった。
次回、魔王戦開幕。