16.討ち入り前の最後の小噺
魔王城へ向かう。
準備の整っていないこちらがとる行動としては、大分迂闊なことなのではないかと思ったのだが、どうやらそうでは無いらしい。
「なぁトライオン。魔王城ってことは、敵がめちゃくちゃいるんじゃないのか?」
という俺の質問に対して。
「ヤバくないよ~。アタシとカムワロの力が、同時に使えるんだよ~?」
こんな答えが返ってきた。
人間界とは異なったルール。それの最たる利点が、女神が複数いても問題ないというところである。
最初の白い空間で、二人が同時に存在していたことが思い出された。
「説明するとね~」
指を立てて、とても小難しい言葉を並べ立てて説明をするトライオン。
魔力がどうのとか神々のルールがどうのと、わざと俺が理解出来ないように説明し、こちらのリアクションを見て楽しんでいるようだった。
ともかく。
「要は。魔王城に行けば、戦力二倍なんだ~」
「……なるほど」
どうやら魔王城とは、魔力や瘴気の度合い的に、天界に近いルールが適応されるらしい。
つまり、女神が何人いようが問題ない空間になるということで。
簡潔にまとめられるのなら、最初からそう言いやがれちくしょうめ。
「は~。魔王城は出来れば、壊さずそのまま押収したかったんだけどな~」
「……もう壊すの前提ですか。そうですか」
でもまぁ、魔王城がどれくらい頑強なのかは分からないが、この二人が全力で敵を迎撃したとき、ノーダメージでいられる建築物があるとも思えない。
おいたわしや、未だ見ぬ魔王。理不尽な暴力に、合唱。
「なんかしんみりしてるところ悪いんだけど~、魔王とは、きみが戦うんだよ~?」
「は、はい⁉」
前言撤回。
良かったな、未だ見ぬ魔王。楽勝で勝てる子豚が一匹、今そっちに行きますよ。
「オワタ……。俺オワタ……。人類もオワタ……」
「おいおい~」
「せめて死ぬ前に一度だけ、スーパーモデル体型美女と朝まで死ぬほど汗だく●●●●したかった……」
「意外と欲望が図太いね~」
「首輪をつけられてわんわん鳴いてみたかった……」
「隠し通路みたいな性癖が見つかったね~」
ともかく。
魔王と俺が、一騎討ちだって?
「え、何で……?」
「天界に近い場所だって言ったでしょ~? だから、他の神々にも見られちゃってるんだよ~」
「つまり……、カムワロが用意している『正当防衛』が、使えないってことか……」
「そゆこと~。まぁ、頑張ってね~」
「めっちゃ軽いな⁉ ……い、いやでも、冒険に出る前にカムワロはさ! 最後の一撃だけでいいって……」
それで、富も名声も手に入るって! ……なんか騙された人みたいになってるけど。
「アタシらの元々の作戦では~、魔王軍を全部倒しちゃって~、魔王が『もう我慢ならん! 自ら打って出る!』ってなるのを待ってから、地上で倒す~~~~って予定だったからさ~」
「そもそもの見通しが甘いだろそれ……」
「だね~。いやあ、イレギュラーも割とあったし、ガバガバだったかなこの作戦~」
「相手の感情を作戦に入れてる時点でなあ……。それに魔王軍全員って。最初のカムワロの説明でも、色んなヤツが色んな地域を支配してるって言ってただろ? 無茶過ぎるぞ」
「そ~なんだよね~……」
「そりゃなぁ……」
「あと一日あればな~……」
「出来るんかい」
改めて恐ろしい戦力差だった。
世界全部を焼き尽くすことも出来そうだ。
「ユ~スケも頑張ればそれくらい出来るようになるよ~」
「いや、なってたまるか⁉」
という俺からのツッコミを受けたところで、「そろそろだね~」と言って、彼女はカムワロへとチェンジした。
「えぇ……。いつも唐突だなぁ……」
カウントダウン機能でもつけてほしい。
眩い光。そして、ぽんっという可愛らしい音と煙の中、背の高いシルエットが顔を出す。
面白いことに、衣装はチェンジする前に着用していた、清楚なメイド服のままだった。昨夜のことがやや頭をかすめたが、どうにか理性で封じ込める。
「性欲は鎮まったのか?」
……とは、流石に聞けないので、普通に挨拶を。
「よう、えーと、何時間かぶり?」
「うむ。一緒に寝れなくて残念ではあったがのう」
百四十センチを見下ろす首の角度から、百九十センチを見上げる角度へと急激にチェンジしたため、やや身体の癖が変になりそうだった。
あらためて。俺は彼女の目を見て告げる。
「カムワロ。話しがある」
「うむ。わしもじゃユウスケ」
二人。並び立つように歩いていく。
しゅっしゅっと、ロングスカートの衣擦れの音が、良く晴れた草原に響き渡る。
「……」
不思議とカムワロの息遣いが感じられた。前を歩いていなくとも、次右の方に行くなとか、この道は真っすぐだなと、どことなく理解できる。
「トライオンからどこまで聞いた?」
「どこまでって、えーっと、女神のルールとか?」
「ふむ……? あっ、あーあー、そっちか。なるほどのう」
「?」
首をかしげる俺。
というか、微妙に会話が噛み合っていない気がした。
そもそも俺はこれから、トライオンの思惑をカムワロに確認しなきゃいけなくて。むしろトライオンが俺に説明することなんて、他には何も……。
「あ、あーそうか」
俺もはたと思い至り、カムワロと同じようなリアクションをしてしまう。
「なんじゃ?」
「いやこっちの話……」
聞いたかどうかの内容というのは、たぶん、『俺を好きな理由』である。
カムワロはきっと、彼女が小出しに、俺に理由を伝えていると思っていたのだ。まぁ、彼女のキャラクター性を考えれば、その確率は半々ってところだけれど。
「カムワロ……。俺の話題から、先にいいか?」
「フムそうじゃの……。聞こうか」
言うと彼女は俺の顔をじっと見て。とても愛おしそうにつぶやいた。
「ぬしの声なら、いくらでも聞けるわい」
それと同時。カムワロはおもむろに、俺の耳を軽く食んだ。
艶めかしい唇の感触が、耳に残る。
「…………、」
誰かさぁ。
俺にも、チェンジ機能つけてくれません?