14.縛り
そんな、色欲の夜から明けた朝。
トライオンと備え付けの宿の飯を食べ、俺たちは旅を続けることにした。
活動資金がそんなに無い以上、少しでも冒険を進めておかなければならない。だから、これから先の話も、移動しながらとなる。
「まぁそれよりも先にだな」
「ん~?」
「トライオン、カムワロについて聞きたいことがある」
「あぁうん。HかIだったかな~? その日のコンディションで上下するのは、ニンゲンと同じだよね~」
「何の話だよ! 違うよ! チェンジの話だよ!」
「あはは、冗談だよ~」
こっちも話そうと思ってたしと、トライオンは緩やかに笑う。俺は息を整えつつ、彼女の後ろに続いた。
どこまでも続くあぜ道。田んぼを吹き抜ける風は、少し強い。
俺はそんな風にかき消されないよう、しっかりとした語気で彼女に聞いた。
「あらためて。お前とカムワロがチェンジするタイミングなんだけど。もしかして何か、条件があるのか?」
俺の質問に、トライオンは「そうだね~」と頷いた。
「なかなか変なタイミングだって、思うでしょ~」
「そうだな……」
これまでを思い返してみると、一度目は、イナーサーの山での戦闘後。彼女の元へ急ごうとしたら、トライオンにチェンジした。
二度目が、昨日の夜。ゼロ距離で密着していて、(おそらく)キスをしようとしたら、チェンジした。
「なん……だろうな? 俺との距離とも思ったけど、道中接触してても、別にチェンジは無かったし……」
「ふふ~。でも、いいセンいってるよ~」
トライオンは一度目を伏せて、てくてくと歩きながら俺に言葉を飛ばした。
「彼女にはね~、『セ~フティ~機能』がついてるんだよ~」
「セーフティー、機能……?」
「きみに合わせて分かりやすく言えばだけどね~。え~っとね~……、カムワロには、っていうか、神や女神はねぇ。絶対に異種族と『交わらない』ように、安全機能がつけられてるんだ~」
「はぁ……」
「封印とも言うかな?」
「封印」
「もしくは縛り、とかね~」
とにかく~と、トライオンはのんびり笑う。
「さっきのカムワロはね」
いつものペースで、いつものように。
とんでもない事実を口にした。
「ユ~スケと、交わりたくなっちゃってたんだよ~」
「なん……は、はぁッ⁉ 俺と⁉」
「うん、そだよ~。一度目は、大暴れ直後でテンション上がってたんだろうね~。そのまま誰の目も気にせず、あの場でおっぱじめたくなっちゃった。だからユ~スケがこっちに近づいてくるタイミングで、アタシに切り替わった~」
「マジか……。あの山の中でか?」
「女神にとっては、場所とかあんま関係ないからね~」
しかしおっぱじめるって。
他に言い方無いのか女神。
「次が、昨日の夜だね~。ちなみに、アタシからカムワロに切り替わるときは~、カムワロの性欲が落ち着いたのが条件ね~」
「落ち着くまで……」
つまり。あのトライオンとの移動時間中は、カムワロはずっと俺に発情してたってことか?
「もちろん意識は起きて無いから、無意識下の中で、だけどね~」
「なる、ほど……?」
「ねぇユ~スケ~。カムワロがきみを『そういう目』で見てることは、気づいてるよね~?」
「ま、まぁ、なんとなくは……。けど、まさか発情とか、肉欲だったとは……」
「神は外見関係なく好きになるからね~。たぶんずんぐり体形が好みなんだよ~」
「ずんぐり……」
「むちぽちゃとか」
「むちぽちゃ……」
「女性だとアタシもその部類に入るかもね~」
「むち、ぽちゃ……」
まぁトライオンは、『むち』ではあるが『ぽちゃ』では無いと思うけど。ともかく。
「なんか、頭痛くなってくるな……。俺に劣情を抱いたらチェンジとか……。あまりにも理由が間抜けすぎる……」
俺が頭を押さえていると。
トライオンは静かに、「そう?」と、息を漏らした。
「……トライオン?」
「劣情を抱いたり発情することって、そんなにおかしい?」
「お……」
それは、これまで見たこと無かった、彼女の一面だった。
今までのような緩やかな話し方ではない。
穏やかな目元も、どこか真剣だ。
一瞬だけ気圧されてしまうものの、じっと見つめてくる彼女の目は、どこか優しさも帯びていて。俺は言葉を発するくらいは出来た。
「……すまん。そうだよな。俺だって発情するし、エロいと思うことなんてしょっちゅうだ。そこを茶化しちゃだめだよな」
言って俺は頭を下げると、トライオンははっとして我に帰り、頭をかいた。
「ごめ~ん。アタシも、自分からここまで圧が出ちゃうなんて思ってなかったんだ~」
珍しくバツの悪そうな顔をして、彼女も俺に頭を下げた。
「ま、まぁ……、お互い様ってことで……」
「そだね~。それで」
「おう」
何にせよ、カムワロのこと。
今の話を総合すると、チェンジのタイミングは、どうやらカムワロの方主体になっているみたいだ。
カムワロが俺に発情したらトライオンに代わり、
カムワロが落ち着けばトライオンから代わることが出来る。
トライオン側の意志は、チェンジには直接関係が無い……ということで良いだろうか。
「そうだね~。まぁそれについては~、神は一所にしか関われないって縛りがあるから、一時的に『チェンジ』の概念で動いてるだけなんだ~。天界に近いような場所や、それに準じるようなルールが働いてる場所なら、二人とも顕現できる」
「なるほどな……」
確かに。最初の白い空間では、二人とも存在してたもんなあ。
「それじゃあこのチェンジは、一時的な対処法ってことか……。
けど、何でカムワロが、その……、俺と、セ、……交わっちゃだめなんだ?」
やっぱ童貞だから? 童貞だと女神とまぐわれないの?
疑問を浮かべる俺に柔らかく微笑んで、トライオンはぴっと指を立てて言った。
「アタシたち神々と、地上で生きる生物は、外見が似ているけれど中身がかけ離れている~……。そこは分かるよね~?」
「そうだな。それはもう、身をもって」
ステータスだけ切り取っても規格外である。中身が違うのは、当然と言えるだろう。
外見が人間の姿をしているというだけで。
あくまでも彼女らは、女神と言う種族(?)なのだ。
「神と人が交わることが……、そもそも禁じられているってことか?」
だからこその、『セーフティー機能』なのかと俺は思った。
人と……というより、神以外の他種族と交わらないようにするために、それ以上近づけないようにロックがかかる。
けれど俺の質問に、「いや」とトライオンは首を横に振った。
「そうじゃないんだ~。例えば、アタシは今ここで、ユ~スケとえっちなことをすることができる~。それはもう、くんずほぐれつ、深く深~~~く交わることができるよ~?」
「そ……、そう、なの……?」
艶めかしいボディラインを意識してしまう。
ごくりと生唾を飲み込んだタイミングで、トライオンは「試してみる?」なんて呟きやがった。……試しません。
「と……、とにかく。トライオンは禁止されてないの、か……。じゃあ、どうしてカムワロだけが?」
「前にちょろっと話したじゃん~? アタシが元・人間なのに対して、カムワロは純正の女神だ~って。そこの違いかな~」
「なるほど……? 格の違い的な?」
「そんなとこ~」
「ふむ……」
ちょっとだけ、今出た情報を頭の中で整理しておこう。
女神・カムワロは、人間(俺)に、発情してはならない。
そのため劣情を抱いたりした場合は、セーフティー機能として、女神・トライオンと身体が入れ替わるようになっている。
女神が一所に二人は存在できないことを利用した、――――おそらくトライオン側が施した術だ。
トライオンはカムワロに対して、何かしらの感情を持っている。そして、トライオンは同じ女神だが、カムワロと違い、人間との交わりを禁止されていない。
……えっと?
……頭の中で情報を整理してみると。
だんだん、話がきな臭くなってきた。
流れる雲を目で追いながらも、俺はトライオンの後をついていく。
昨日と違ってモンスターは居ない。その気配も無い。
もしかしたら魔王軍だけではなく、野生のモンスターたちも、俺たちと言う危険生物には近づかなくなったのかもしれないなぁ。
なんて、
そう思ったと同時だった。
先を行くトライオンが、ぴたりと足を止めて、口を開く。
「整いました」
「整いましたか……」
別に大喜利をしているわけではないのだが。
嫌に落ち着いた、なかなか見ないテンションで。トライオンはくるりとこちらを見返して、おごそかに口を開いた。
「アタシはね~」
その口調に、一切の偽りも、曇りも無かった。
だから、耳を疑ったのだ。
「カムワロを~……、女神の座から引きずり下ろしたいんだ~」
昨日と変わらず穏やかな瞳がうつる。
雲はゆっくりと、俺たちを包んでいた。