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13.入眠バトル



 街に入って日が暮れて。

 宿に入って風呂に入って、そのまま寝ていると朝になっていた。


「大変だったね~」

「大変、だった……」


 俺の枕元で他人事のように語るのは、昨日まで一緒に居たカムワロでは無くトライオンである。

 はてさて。昨日。

 こんなことがあったのだ。




「おぉ~……。ま、街だ……」

「今更なんじゃ。ぬし、今日の朝イチでも見とるじゃろ」

「アレは見てるというか、通過したって言うんだよ……」


 そう言えば、驚くことにまだ転移(?)初日なのである。

 白い空間からの地続きだと、体感三日くらい経ってそうな気がするのだが、驚くことに、最初の街を出てからまだ十五時間だ。密度がヤバイ。


「天界での出会いや説明を入れても、二十時間未満じゃな」

「この二十時間の間に、色んな事起こりすぎだろ……」


 何せ四天王を十人前後倒しているからな。大陸もめっちゃスピーディーに渡ったし。


「そういえば。移動のあたりのことは知らんのじゃが、どうやったんじゃ?」

「トライオンが、『導きの権限』を使って、近くの大陸にワープ……的なことをしたんだよ。ただ、それ以降は歩きで移動だった」

「なるほどのう。このイッサヤ地方には、勇者が通らねばならん試練(イベント)があるのでな。そこへ案内すると言う建前の元、ショートカットを行ったか」

「よくわからないけど、そういうことなのか」


 つくづく女神は恐れ入る。あと、気軽にワープとかしないで欲しいよね。心臓に悪いから。


「しかしさて、イッサヤ地方の中央、イッサヤの街じゃが」

「おう。ほど良くにぎわってて、いい感じだな」


 最初に通ったイナーサーの街と比べて格段に人も多い。大きな都市がこの辺りは多いというのも、納得の街並みだった。


「商業都市みたいなものもあるが、そっちは何も目的は無いのでスルーじゃな」

「まぁ、分かってはいたけどな……」


 俺はこの世界に観光しに来たわけでは無いし。


「しかしそうすると、俺は何を楽しみに生きればいいんだ……?」


 なんか、本来ならば物語序盤に固めなければならない目標だった気がする。いや、そりゃもちろん魔王の討伐はマストなんだけど……。


「ん? なんじゃ、ぬしの生きる意味か」

「まぁ……、そうだな。

 そう言えば聞きそびれてたんだけど、魔王討伐したら、俺はどうなるんだ? 勇者は必要なくなるわけじゃん?」

「そうじゃの。富と名声が手に入るから、それを使って遊び放題といったところか」

「遊び放題かぁ……。嬉しいは嬉しいんだけど、あんまりピンとこないな……」


 いやでも、大金持ちになったらやりたいこととかは結構あるよな。そもそも働かなくて済むわけだから、めっちゃ楽に暮らせるし。


「そうじゃぞー。ぬしは、そろそろ(・・・・)報われてもいいわい」

「……」


 メイド服を揺らしながら歩くカムワロの足は、どこか軽やかだ。なんか、俺が幸せになることを、めちゃくちゃ嬉しく思ってくれているような。そんな気がしてならない。でも、そんなことってあるのか? どうやら前から俺のことを見ていたみたいだけど、どうしてこんなにも気に掛けるんだ?


「なぁカムワロ……。何でそんなにも、『俺』なの?」

「ん? ……ん~、何でじゃろうなあ~……」

「はぐらかすなよ……」


 カムワロはそっぽを向きつつ、それでも愉快そうに歩く。

 ちなみに先ほどから、カムワロは道行く人たちにめっちゃ見られている。そりゃそうだ。百九十センチ越えの長身褐色美人メイドが、やたら笑顔で歩いているのだ。そりゃ見てしまう。


「わしは謎多き女神じゃからのう~」

「何だよソレ……。そもそも、俺のこといつから知ってたんだ?」

「さあのう。恥ずかしくて教えられんわい」

「それもどうしてなんだ……」

「そうじゃ! ぬしが忘れておる、幼馴染なのかもしれんぞ?」

「こんな強烈な幼馴染いたら忘れないだろ!」


 そもそも幼馴染だったとして、連絡取り合う仲の奴なんていないよ。……あれ、悲しくなってきたぞ?


「もしかすると、担任教師だったのかもしれんし、担当医だったのかもしれんじゃろ」

「お前のようなヤツが、何かの免許を取れるものかよ……」

「フハハハハハ! それもそうじゃのう!」

「はぁ……。まあいいか」


 一旦諦めて、俺は手ごろな宿を探すことにした。そしてそう言えばと、改めて思ったことがある。


「……金って、どうなってるんだ?」


 ここまで激闘続きだったから、全然気にする余裕が無かった。

 最初の買い食いの食料はカムワロが手渡してくれたものだし、俺自身の所持品に金品は無い。というかそもそも手荷物を持っていない。

 ……本来ならこの辺りも、最初の街で確認しておくべき項目なんだがな。


「あぁ、わしが出してやるから安心せい」

「おぉそうなのか。ちなみにいくらくらいあるんだ?」


 おそらくめちゃくちゃな額持っているのだろう。もういくらと言われても驚かない自信がある。


「ざっと二万ナガーじゃな。一ナガー一円換算じゃ」

「全然持ってねえじゃねえか!」


 学生なら十分かもしれないが、旅をする者としては心もとなさすぎるだろう。


「え、マジか⁉ そ、それって、宿に泊まれるのか?」

「一部屋なら借りれるじゃろ。ヨユーヨユー」

「今日だけはな⁉ 明日以降どうすんだよ!」

「そんなもの、明日中に魔王を倒せば問題ないじゃろ~」

「やっぱタイムアタックじゃねえか!」


 頭を抱えてうずくまる。道行く人が「なんだ?」と奇異の視線を向けてくるも、気にしている余裕はない。


「うぉぉぉ……、まさかこんなところで苦しめられることになるとは……!」


 魔王がどれだけ強いかは分からんが、そもそも明日中に魔王の場所までたどり着けるのかも分からない。そんな状況で、二万も払うのは恐ろしすぎる!


「しかしぬしよ。野宿でもしてみ? 一日移動しっぱなしのその体で、硬い地面に眠るのは酷じゃぞ~」

「そ、そりゃあそうかもしれないけど……!」

「それに、トラのやつなら別途で持っておる。ヤツは倹約家じゃから、割とため込んでおるじゃろ」

「……ホントかなあ」

『宵越しの銭はもたないよ~。手に入れたその日に使うのが礼儀~』


 そんな、トライオンの幻聴が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。彼女に期待して、今日一日を乗り切るか。


「しかし、トライオンの魔法でオート食事をしたとき。食事は普通がイイとは言ったけど、これはそうも言ってられなくなったな……」

「前途多難じゃな」

「急にね!」


 まぁこんな感じで、俺の異世界生活一日目は幕を閉じる――――はずだった。

 しかしここからが、回想シーンの本番なのである。


「さてそれでは……、入眠じゃな」


 枕元の。激戦が始まる。







「ニンゲンのベッドは狭いのう~。ほれ、もっとこっちに寄れ」

「うぐぉ……」


 狭い宿部屋の狭いベッドに。

 男と女が二人、横になっている。


「冷たかろう? 冷たかろうわし? んん? キモチイイじゃろ~」

「おひぃ……!」


 なるほど本当だと思った。けれど、嘘を吐けとも同時に思う。

 カムワロの身体は確かに芯から冷えていて、抱きつかれたこちらの身体も冷たくなっていく。しかしその反面、どくんと熱を持ってしまうのも事実で。

 別に、互いに全裸というわけではない。むしろ露出度の低い、寝間着に身を包んでいるのだ。


「フフ♪」

「……くっ、」


 だからこんな風に、しゅるりと手を回され抱きつかれても、肌と肌が触れ合う部分はかなり少ないはずで。ゼロ距離にカムワロのイケメン美女顔がある以外には、胸の柔らかさとか、太腿のハリとか、腕や腹筋の逞しさとか、豪快な戦闘からは想像できない華奢な鎖骨や肩口が見えるくらいしか問題は無い――――


「いやめっちゃ問題多いな!」

「何も問題はないぞい。神とニンゲンでも、これくらいはフツーじゃ」


 話が嚙み合っていない。神だけに。なんて、オヤジギャグめいたことをひたすら考えていなければ、この淫靡な空間に引きずり込まれてしまう。

 理性のバーがあるとすると、それを削るのではなく、根元を折りにきている。

 カムワロの色香とは、そんな、ある種の暴力性を秘めていた。


「はぁ……、はぁ……」

「――――ふぅ……、ふぅ……、」

「ん? カ、カムワロ……?」


 ふと。

 熱い吐息が、俺の耳元や首筋にかかる。

 とろんとした、湿度を帯びた視線が、俺の目を見て離さない。

 背中に回った彼女の手が、すりすりと柔らかく、どこか優しく背面を駆け巡っていた。


「お、おい、カムワ――――」

「はっ……、はっ……、は、ぁ……」


 普段は涼しげで切れ長な目はどこへやら。明らかに大きく瞳孔が開き、こちらを覗き込んでいた。

 唇が近い。近づいてくる。少しだけ開き、自身の唇を一度湿らせるように、舌で上唇を舐めた。そしてそのまま俺の顔へと近くなっていく。


 五センチ。

 三センチ。

 一センチ。

 もう、触れる。


「カム――――」


 俺も覚悟を決めて目を閉じようとした瞬間だった。

 ぽんっと可愛らしい音がして。

 そこには、トライオンが現れていた。


「……おお~?」

「トッ、トライオン……⁉」

「……お~。あーあー、なるほどね~……」


 体勢は先ほどのカムワロと同じ。俺に抱きついたままである。けれど腕の長さと胸の大きさが違うからか、彼女の掌は俺の背中ではなく、脇腹辺りを触るかたちになっていた。


「目覚めたらいきなり近くにユ~スケの貌が近くにあったんだけど~」

「…………っ」

「…………う~ん」


 一瞬だけトライオンは思案する。その間時は止まる。

 そして口を開いた。


「せっかくだし、このままシちゃう~?」

「……っ! し、シません(?)……‼」


 あはは~と笑って、トライオンは俺の身体から離れ、ベッドから立ち上がって言った。


「まぁ疲れたでしょ~。とりあえず今日は、そのまま寝ちゃいなよ~」

「そう、するわ……。なんか、しんどい……」

「おやすみ~」


 言ってトライオンは、おもむろに椅子に座って伸びをした。

 俺も深くは考えられない。今日だけで色々ありすぎた。

 こうして俺の異世界生活一日目は、色欲に支配されそうになるという夜で、締められたのだった。





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