表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/23

10.トライオン



 無数の巨体が、中空よりを飛来する。

 立ち向かうのは、一筋の流星。

 漆黒を纏い大地より発射されるのは。トライオンという、人間にしても小さいサイズの女である。


 徒手空拳。

 しかし。彼女は今この場に置いて、誰よりも破壊力を秘めている。

 まるでその部位だけが違う生物であるかのように肥大化した、魔獣の拳。

 それを軽く握りしめ、無造作に――――まるで幼い子供がヒーローごっこをするかのように、対象へと打ち付けた。


「えいや~!」


 間の抜けた声とその衝撃の、何とミスマッチなことか。

 穏やかな空気とは裏腹に、拳を受けたクリスタルドラゴンは粉々に砕け散っていった。


「す、すげえ……!」


 山でカムワロの無双シーンを見たときと、似て非なる感情が湧いてくる。

 カムワロは、分かりやすく暴力的だ。

 攻撃的で侵略的で好戦的な、どこからでもヤバさがあふれ出ている。そんな存在。


 しかし一方トライオンは、どこか静かだ。

 女神モードの、とても目立つ外見とは裏腹に、必要最低限の力だけで、並みいる敵を倒していっている。


 思い返してみれば、道中でもそうだ。

 食事の説明をしたときに捕獲したモンスターも、話を聞きながら倒していったときも、無駄な動きや派手な動きは無かったように思える。


 そしてそれは、今もそう。

 最低限度の破壊力。効率的な攻撃方法。

 俺の動体視力と思考力でも、ギリギリ捉えられるくらいのアクションなのは、それ以上の馬力を出す必要が無いからなのだろう。


 どういう原理かは分からないが、獣の足で中空の壁を蹴り、方向転換を細かく行っている。それによって、多方向からのドラゴンの噛みつきを回避しているのだ。


「これで終わり……おっとと!」

「なっ……!」


 楽勝ムードが漂っていた、そのときだった。

 俺も、トライオンすらも予想していなかった攻撃が、繰り広げられる。

 ギリギリ彼女の視野に入っていたから大丈夫だったのだろうが、死角からであれば、もしかしたら当たっていた可能性がある。

 まぁ一発当たったところでダメージは通らないのかもしれないが、何があるかは分からないからな……。


「これは……、意外と大変かも~?」


 間の抜けたままの声ではあるが、トーンは少しだけ落ちている。

 それもそのはず。俺も『ステータス』で見てみたのだが、トライオンに攻撃してきたのは、生物(・・)ではないのだ。

 いや、本来ならば生物なのだろうが、その認定が成されていない。ステータス表示画面は、名前や攻撃力などの数値、全てが無表示だった。


「首や、爪が……!」


 トライオンに攻撃を仕掛けたもの。

 それは、彼女が粉砕したはずの、クリスタルドラゴンの欠片(パーツ)だった。

 爪や頭部そのものもあれば、砕け散って岩と変わらないものもある。


「なるほど、だから認知出来ないのか」


 俺のステータスで表示できるのは、あくまでも生物だけだ。無機物の状態を()ることは出来ない。

 そしてそれは、トライオンの戦闘にも影響するようで。


「う~ん……、よっと……!」


 まだ破壊していない、生きているドラゴンからの攻撃は悠々と回避できているのに、岩々となった方は、紙一重で捌いていた。


「もしかしてトライオンは、これまでも気配を先読みして回避していたのか……?」


 だとすると、無機物となったドラゴンの部位を感じ取ることは、難しいだろう。

 あのパーツの一つ一つが意思を持っているのかは分からないが、資格外から自分へ迫る物体を、何のヒントも無く回避し続けなければならないのだから。


「うく……、う~ん……、いて~っ……」


 可愛らしいリアクションだが、少しずつパーツはヒットをし始める。

 一撃一撃は本当に些細なもの。しかし、いつまで続くか分からない乱打を耐えるのは、精神的にもきついだろう。


「ここ、は……」


 俺が。

 俺が、何かやるしかないのか?

 無意識に握りしめた木の枝が、ぱきりと音を立てて砕け散る。


「俺は……。俺だって……っ」


 じり、と、僅かに足を前に踏み出す。

 今あのドラゴンたちはトライオンに集中しているが、それが少しでもこちらへ向けばアウトだ。俺は成すすべなく破壊し尽くされるだろう。


『それ、一歩も動かなければ、気配自体を消せる魔法だから~。安心して見てていいよ~』

「……っ!」


 前に、出る。それ自体は容易なことだ。

 けれど、防御魔法の先は嵐である。

 目に飛び込んでくる以上の衝撃と恐怖が、俺を苛むことだろう。


「でも、ここには俺しかいないから――――」


 足を踏み出そうとした。けれど、そんなとき。

 嵐の先から声が聞こえる。


「そこに居て~!」

「えっ……」

「いいからそこで見てて~。大丈夫だから~」

「け、けど……!」


 トライオンの声に、俺は戸惑いつつも反論しようとした。けれど、彼女はにこりと笑い、こちらを見る。

 回避よりも、俺の方を見て。

 意思を伝える方を、優先する。


「『楽』してて、いいから~」

「……!」


 それは、カムワロとの会話内容を伝えたときに、出た話題だ。


『いや別に。構わんじゃろ。ぬしだけが楽に生きても』

『人生って、楽でいいのか?』

『うむ。人生は、楽でいい』


「ユ~スケ~。楽に。もっと気楽に考えて~」

「――――、」


 一瞬その言葉が、嫌味なのではないかと頭をよぎる。けれど、頭を振って思い返す。そんな嫌味な思考とは、全然別の次元にいるのが、こいつら女神だったじゃないかと。

 だからきっと、「楽をしていろ」というのは本音だ。

 本音だし、本心から、俺に楽をしていていいと伝えているのだ。


「トライオン」

「大丈夫だよ~。負けないから~」


 ちょっと不格好だけどねと彼女は笑い、再び嵐と対面する。

 そんな彼女を見て俺は、堂々と情けないことを口にした。


「……あぁ、楽させてもらう!」


 カムワロから伝えられた言葉。

 トライオンからもらえた言葉。

 その二つを持ってして、俺は堂々とこの場で構えておく。それが、戦ってくれているアイツらに対する、恩義だ。


「俺の分も頑張ってくれ、トライオン!」

「おっけ~。……信仰じゃない声援って、意外と心に染みるものがあるね~」


 エモいエモいと彼女は呟き、大きくその身を輝かせる。


「撒いた種を、そろそろ回収するときだね~」


 パチンと指を鳴らす。それを合図に、空間そのものに電流のようなものが走った。


「な、なんだ⁉」

「――――『返る(コ~ル)』」


 ぼそりと、切り裂くような声がきこえた。

 彼女の魔力が宙を伝う。

 バリバリと稲妻のような衝撃が彼女の身体から溢れ、宙を舞うドラゴン一体一体へ。そして無機物認定だった細々したパーツにまで、走っていく。


「『厄災は(ナイトメア・)、――――その身(ディザスタ)へ返る(~・ミラ~)』」

「ゴァァァァァァッ!」


 彼女の詠唱完了と共に、無数の叫びがこだまする。

 雷撃を受け、ドラゴンは次々と墜落していく。本体も、パーツも、その雷撃に包まれたモノは、満遍なく黒い霧へと変わっていった。

 トライオンという女神へ攻撃した者は、例外なく、その攻撃が自分へと返ってくる。

 カムワロとは異なる。違うベクトルの、絶対的な力。


「……勝った?」


 雷と、残骸が、粉雪のように散り舞う中。

 彼女は変わらず、のんびりと笑いながら、まるでカムワロのような口ぶりで言った。


「へへ~。強いでしょ、アタシ~」


 にへらと屈託なく笑う顔に、俺は苦笑しながら応えた。


「はは……。知ってたよ」


 いやはやしかしながら。一面焼け野原だ。

 女神って、戦闘するたび地形を変えなきゃいけないルールでもあるのかよ?






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ