0.勇者と女神の物語?
それはよく晴れた日。
快音と共に、山が一峰崩れ落ちる。
火の手が上がり、木々が焼け落ちる。
そんな超常現象めいた――――神による一撃を、俺は遠くから静かに見ていた。
「……」
圧倒される。
普通に生きていたら絶対に見れない光景が、繰り広げられていて。
しかもそれが、一人の存在によって巻き起こされている現象なのだから尚更だ。
「……南無阿弥陀仏。……って、こっちの世界でこの言葉ってあるのかな?」
静かに山の方に手を合わせて、とりあえず「なんまいだー」と頭を下げた。
そして頭を上げると同時。立ち込める煙の向こうに、この天変地異を引き起こした張本人のシルエットを発見。
邪炎と黒煙が立ち込める、ぽっかりと消え去った山の頂上。
そこに。
どっしりと立つ、人影が一つ。
感知された魔力は、何よりもどす黒く光り輝いていた。
「うん……。何度見ても、綺麗で――――邪悪だ」
顔があり、手が二本。足が二本。乳も尻もでかい、スーパーモデル体型の女性体。
それは、異世界というこの地でも、ニンゲン種と同等の姿形をしている存在だった。
しかしそのシルエットの一部は、普通の人間とは少しだけ違っている。
額からは鬼のような二本の角。それとは別に、頭のサイドからは鹿のような二本角。計四本の鋭い角が並び立っていた。
そして次に、縮尺だ。
異形の角を持つスーパー美女は、とにかくバカでかい。
乳がとか尻がとかじゃない。サイズが、である。
たぶん大きさにして、六メートルか七メートル。……もっとあるか? ともかく。
まるでコラージュのように山頂に配置されたスーパー美女の巨女。
それが、旅のお供その一。女神・カムワロである。
「フハハハハハハハハハハッッッ‼」
まるで大魔王のように、口を大きく広げて笑う。
サイズも大きいから声も大きい。山のふもとまで響いてくる、女神の声である。
「規格外だなあホント……」
呆気に取られて見上げていると、ぎょろりとした瞳と視線が合った。
サイズは大きいのに細かな部分も見逃さない。木々の間も見通してくる、女神の瞳である。
「いやいや……。なんで目が合うんだよ……」
カムワロは遮蔽物の無くなった山頂に居る。だからこちらからの発見は容易い。しかし、こちらは遠く離れた木々の奥に居るわけで。前に居た世界である現代日本で言えば、遠く離れたオフィスビルにいる知り合いを見つけるようなものだ。……まぁ、俺オフィスビル行った事無いんだけど。
「あ、手ぇ振ってる。……あぁしてれば、スーパーモデルが大型犬みたいに懐いてくるみたいでカワイイんだけどな――――」
そう、俺がなんとなしに呟いた瞬間だった。
「そうかァ~~~~~! カワイイか~~~~~‼ うれしいのう~~~~ッ‼」
「聞こえてんのかよ!」
「愛しのぬしの声じゃ~~‼ 聞き逃すわけないじゃろ~~ッ‼」
サイズは大きいのに些細な声も聞き逃さない。(たぶん)生物以外の声も聞ける、女神の耳だ。……いやすごすぎでしょ。
「はよう褒美をくれ~~ユウスケ~ッ! 抱きつかせろ~~‼ なんならそのまままぐわっ」
「何口走ってんだお前! しねえよ!」
俺のツッコミに、巨女はやれやれと手を広げる。カッコイイ寄りの女なのに、仕草はカワイイの何なのマジで。「なんじゃつまらんのう~~~」とつぶやく(さけぶ)彼女に、俺は言い聞かせるように声を飛ばした。
「とりあえず、そこにいろよ! 俺もすぐに向かうから!」
言って俺は、麓から一気に山頂を目指す。
ここは、イナーサーの山。
魔王という、それはもう恐ろしい生物に仕える、魔王軍四天王が支配している土地である。……その、先ほどまでは。
「……一人で、余裕で殲滅しちまったからなぁ。俺いらないよなぁホント」
この呟きにも、返事がきそうだなと思いながら、俺は巨女の元へと急ぐ。しかし、俺の身体はだいぶ疲弊しているようで。
「……ひぃ、はぁ。ま、魔力で後押しされてるとはいえ、オッサンには、堪える……、ぜ。ぶふぅ……」
喘鳴音にも似た呼吸が、身体から聞こえる。登山をするのも一苦労だ。三十歳にもなるブヨブヨの(自分の言うことを聞かないという意味での)我儘ボディである。体力がヤバヤバのヤバなのだ。
「って、ん? ……あの光は」
カムワロが居たエリアを見ると、青白く点滅する光を発見した。
あの光は……、『もう一人の女神』にチェンジするときの、変身光だ。
「ってことはトライオンの方に変わるのか……おわッ⁉」
山の頂上付近が光り輝いく。それと同時、超高速でこちらに飛来して、地面へ大激突。その衝撃で宙に浮いた俺を、か細い両腕でがしりとキャッチした、もう一人の旅のお供。身長百四十センチほどの少女が現れた。
「けほっ! けほっ……!」
立ち込めた土煙が晴れ、俺は目を開ける。
のんびりした大きな垂れ目に、長いまつ毛。白い肌。
一見すると、小柄で可愛らしい少女だ。が、しかし。そのシルエットはやはりカムワロと同じように、頭から生える四本の鋭い角によって、人とは違うカタチを成していた。
小さな口をゆるく微笑ませ、お姫様抱っこをされている俺へと言葉を落とす。
「大丈夫だった~? ユ~スケ~」
「お、おう……」
俺よりもかなり小さい、百四十センチほどの背丈である。しかしそんなちんまい身体で、俺の太った身体を抱えて立っているのだ。さようなら物理法則。
「というか、俺はただ隠れてただけだしな……」
「それも立派な仕事だよ~」
えらいえらいと、背中から魔法の腕を生やし、頭を撫でてくるトライオン。……お姫様抱っこ中で両腕が塞がってるからって、そこまでして頭を撫でなくても良いのではと思わなくもない。
「さ~てそれじゃあ、行こうか~」
「そうだな……」
「せっかくだからね~。下山するまではこのまま抱えていこうかな~」
「それはそれで楽だから良いんだけど、トライオンさん? あのですね、非常に申し上げにくいんですが」
「あぁおっぱいだよね~。当たってるね~」
「気づいてるんなら離せよ⁉」
「えぇ~? 別に気にしないけどね~」
ちんまい身体だと言ったが、それはあくまでも身長の話。今は俺を抱えているから分かりづらいが、身長に対してあまりにもアンバランスすぎる胸が、これでもかと主張してくるのだ。
「ネトゲとかのキャラメイクで、身長のシークバーは最低に、胸のバーは最大にしてる……みたいなカンジがあるよな」
「よくわかんないけど誉め言葉かな~? えへへ~♪」
お気楽に笑って、トンッと軽く地面を蹴り、高く飛ぶトライオン。
ステップとかスキップとかではなく、これはもう浮遊の域だ。滞空時間があまりにも長すぎる。
「……」
「ひゅ~。き~もちいい~」
この身体能力を目の当たりにして、改めて思う。
本当に気になるのは、脇腹に当たるおっぱいでも、美人な顔がゼロ距離にあるとかでもない。
ヒト成らざるモノに抱えられている緊張感。
彼女が少しでも力加減を誤れば、抱えられた俺の身体はたちどころに輪切りになってしまうだろう。
「ふふ~。ドキドキしてるみたいだね~。ユ~スケかわいいね~」
「違う意味のドキドキだけどな!」
お姫様抱っこされた状態で言い放つ、一応、勇者である俺。
そんな俺へゆるやかに笑いかける、――――勇者よりも超常的な存在。
「大丈夫大丈夫~。アタシら女神がついてるから~」
「頼もしくもあり、不安でもあるなぁ……」
これは。
ひょんなことから異世界に呼び出されてしまった俺、勇者・ユウスケと。
本来なら、俺に道案内をするだけの、導きの女神・カムワロと、導きの女神・トライオンとが送る。
魔王討伐までの、物語である。