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追走02

リュウが撃ち出した見えない力は、カズマの位置情報のチップを足ごと吹き飛ばした。

叩きつけたような赤色が、落ち葉の上に流れて染みていく。


人間が相手だとこうなるのか、とリュウは思う。今まで壊したのは金属やコンクリートブロックのような動かない無機物ばかりで、生身の人間に当てたのは初めてだった。


カズマは地面に手をついて、意味がわからない様子で足先……靴があった辺りに目をやった。

発動の際に身体を斜めにひねって足を動かしたために、チップが入っていない右側の足も失っていた。


リュウは自らの考えの甘さを知った。

カズマの修復能力を実際に目にしたことはなく、ただ「すぐに怪我が治る」という話だけを知っていた。超越者とよばれる者同士が同じ部屋で過ごしていても、その力がどれだけぶっ飛んでるのか、どこに限界があるのか正確には知らない。そんなことは自分自身だって分からないだろう。


見たことがなかったから、魔法みたいに次の瞬間に復活するんだろうと心のどこかで思っていた。

カズマの反応があまりにも普通の人間みたいで、リュウは自分のやったことの結果を認識させられた。


──山を下りよう、と思った。


位置情報の偽装はすでに済んでいて、あとは自分が距離を取って、林の中で服を着替えてこの場を離れればいい。


カズマはいずれ足が治って自分で施設に帰るなり、職員に見つかるなりするだろう。ユイの行方を追うためには、この場に留まっているのは時間の無駄だ。


立ち尽くすリュウの前で、カズマは仰向けになって、ゆっくりと両腕を広げた。

汗に濡れた顔で、この状況に不釣り合いな穏やかな表情を見せる。夢を見ているようなぼんやりした視線がリュウを捉えた。


「海」

「え?」


「……海ってあったかいんだね」

水をかくように腕を伸ばす。

「リュウも入ろうよ」


現実と幻の境界が溶けて、今の状況を正しく認識できなくなっていた。おそらくはテレビか本かで海を知っていて、血の流れる感触と浮遊感から、海にいると錯覚している。


カズマがこちらに指先を伸ばしてきたとき、リュウは腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。一人で逃げるのが一番早いのに、身体がその通りに動いてくれない。


カズマの肩を叩いて、耳元で名前を呼ぶ。


「ここは海じゃねーよ」


スポーツバッグから水のボトルを取り出し、蓋を開けてカズマの口元に当てる。喉が動いて飲み込んだのを確認してから、残りの水を掛けて傷の汚れを落とした。


カズマの背中と地面の間に腕を差し込んで、そのまま背負って立ち上がった。先ほどまで腰が抜けていたのに、連れていくことを決めた途端にまた動けるようになった。2人でこの場を離れて、人目につかない場所で傷が治るのを待って、歩けるようになったら一緒にユイを探しに行く。


カズマの膝の裏に手を回して、べったりと濡れた感触に顔をしかめた。


2人分の体重で小枝や落ち葉の中に足が沈んだ。リュウは足元を確かめながら一歩ずつ進んでいった。


しばらく経った頃、カズマはしだいに周りの様子を認識して、リュウの背中から肩に腕を回した。

海ではなく雑木林の中にいて、波だと思ったものはリュウの足取りだった。足元の揺れにうめき声を漏らす。


「今どうなってる?」

「両足の膝から下が失くなってる」

「……っ!」


その言葉を理解した途端、カズマは激しい痛みを訴えた。リュウの胸元で交差させた腕に、すがりつくような力が入る。


「クソ痛いよな。治りそうか?」

「……たぶん」


カズマはリュウの耳元で「降ろして」と口にした。自分のことをその辺に置いて先に行ってほしい、と。


「なんか眠い。横になって寝るからユイちゃん探しに行って」

「バカ。そんな身体で置いてけないし、寝てるやつ背負うの重いんだよ。起きて悪口でも言っとけ」


数時間前までは施設で平穏に過ごしていたのに、一歩外に出れば日常はあっけなく崩れてしまう。ユイが行方不明で、自分はユイを探すために外に出て、同室のカズマが追いかけてきて、位置情報をごまかすためにカズマの足を壊して、今は歩けないカズマを背負って山の中にいる。


「海行くの邪魔してくるし、リュウ頭おかしいし、痛いし、最悪だ」


全部終わったら本当の海行こうぜ、と返して歩き続ける。


そして、逃避行は不意に終わった。

林の先に舗装された道路が見えて、路肩に一台のバンが止まっている。バンの扉が開いて人が降りてきて、気づけば数人に囲まれていた。緑色のシャツを着た笹倉が正面に立っていて、医療スタッフの歩美が脇にいる。後は面識のない人々。


リュウは右腕でカズマを引き上げて支えながら、左の手のひらをまっすぐ笹倉に向ける。能力を発動させるときの基本のやり方。


笹倉は動きを止めるように正面から拳銃を向けた。カズマが顔を上げて「やめて」と呟き、リュウの肩に手を回して左腕を下ろさせようとする。


長い数秒が経過して、歩美がこちらに歩いてきた。後ろで結んだ髪が揺れる。

穏やかながら毅然とした声で「船坂君を預けて」と口にする。


カズマは微かに頷き、リュウから離れて歩美に寄り掛かった。

銃口から解放されたリュウの視界が白くかすむ。彼の心身もまた限界を迎えていた。


逃走した2名を確保しました、と誰かが無線で連絡するのを聞いた。

施設を脱走した2人の少年は、捜索にあたった施設職員の車に乗せられた。


車の後部座席。マットの上で横たわるカズマを、歩美が観察していた。中ほどの席のリュウには2人の様子は見えず、歩美の声だけが聞こえてくる。リュウは車内で渡されたスポーツドリンクを手にして、虚脱したように目を閉じていた。よく冷えている。


「すごい。もう足の形ができてきてる。写真撮っていい?」


不思議な現象を目の当たりにして、興奮を隠せない様子だった。


「ありがと。おっきい怪我したときはあんまり本人に傷を見せないようにするんだけど、船坂君の場合はちゃんと状況を認識するのがスタートだからね。寝たり気を失ったりしたら回復が止まっちゃう……なかなか大変な能力だね」


歩美の興味はカズマの能力に向けられて、脱走の経緯やリュウの意図を問うことはなかった。リュウを問いただすのは彼女の仕事じゃないんだろう。


「今更だけど、なんでそんな怪我したの?」

「一人で外に出たら熊に足を食われて、リュウが戦って助けてくれました」


出任せを言うカズマを「そりゃ大変だ」と受け流す。

「君の足を食べたらその能力を貰えるのかな。なら私が貰っちゃおうか。瑞々しい感じだし」


笹倉はハンドルを握りながら、後部座席に向けて「静かにしてくれ」と呟いた。

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