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モニタリング

リュウが施設に入所してから1週間。

初回のモニタリングのため、面談室に呼び出された。入所した初日に訪れた部屋だ。前に来たときは背広を着た面々と話をして、生活のしおりを手渡されたが、今回は笹倉と2人きりだった。いつも通りにオリーブグリーンのシャツを着ている。


そういや「生活のしおり」はどこにやったっけ、とリュウは考えた。部屋に私物はそう多くないから居室のどこかにあるだろう。元から長文を読む気はないし、無くしたとしても困らないか、と数秒で思考を終える。


斜め向かいに座る笹倉に質問した。

「カズマは来ないんですか」

「能力の試験は1人ずつだ。船坂のことはまた別の日に調べることになる。どうかしたか?」

「……カズマに“きついから覚悟して”って言われたから。行ったら殴られんのかなって」


笹倉は不意に蜂に刺されたような渋い顔をして、すぐに「そんなことはない」と答えた。


どんな能力があって、どういった条件や環境で発動して、何ができるのかをこれから知っていく。もし上手くできないことがあっても、それを理由に不利益な扱いはしない。何ができないのかを知ることも含めて意義がある、と笹倉は説明した。


笹倉は机に鉛筆を1本置いた。

「これを触らずに動かせるか?」


机にあごを近づけるリュウに、笹倉は「息を吹きかけるのは禁止」と付け加えた。ばれたか、と軽く息を吐いて顔を上げる。

「時間は……とりあえず3分」


リュウは机の上の鉛筆を眺めた後、席を立って机周りを歩いた。手を伸ばして指先をかざしてみたが、鉛筆が動くことはなかった。手持ちぶさたになった頃、笹倉のセットしたタイマーが鳴った。


「さわらずに動かすなんて無理です」

まあそう決めつけるな、と笹倉は諭した。確かに俺にはできないが君は例外だろう、と。


紙切れや輪ゴムで試した後、笹倉は鞄から500mLのペットボトルを出して、机の上に置いた。ラベルの向こうで透き通った水が微かに揺れる。


「蓋を開けられるか。開けるのが難しければボトルを倒すのでもいい」


リュウは椅子に座ったまま背中側で腕を組み、とあるイメージで身体を満たした。

ふっと部屋が静かになる。


次の瞬間、ペットボトルは四散し、中の水がこぼれて机を濡らした。床まで水が滴る。

笹倉は驚いたように目を見開いていた。

拭くものを取ってこようと立ち上がりかけたリュウを制止して、笹倉は机周りの写真を撮ってから片付けを済ませた。


発動したときに何を考えていたか、と笹倉は尋ねた。

「手が使えなくて、水を飲めないとのどがかわいて死ぬとしたら、って。入れものを壊してから床に口をつけて水をなめればいい」

「なかなか破天荒だな」と笹倉は答えた。


笹倉は、モニタリングの難しさは「前例がないこと」だと話した。


「例えば、スポーツだったら同じことをする人が他にもいて、ある程度のやり方は他の人から学ぶことができる。早く走ったりボールを正確に投げたりするにはどうすればいいか、経験して慣れていれば教えられるからな。

でも君みたいな超越者は、似たことをできる人がすごく少ない。使いこなすための環境はこちらで整えたうえで、どうやって使っていくかは君自身が見つけていくしかない」

「はい」


「もし自分の腕で何かするとして。鉛筆を転がしたりペットボトルを開けたりするのは簡単でも、壁を叩いて壊したりするのは大変だと思う。手を触れずに動かすときも一緒だと思ったんだが、案外そうでもないのかな」

「小さいものは狙いにくいし、手でさわれるならそのほうが早いです」


「そうか。他にできそうなことはある?」

笹倉の問いに、リュウは部屋を見渡した。


「この机はたぶん壊せるし、部屋の壁もそう」

「場所を用意するのにしばらく時間がかかるな。この次は外でやろう」

協力ありがとう、と笹倉は席を立った。


建物の1階に自販機があった。モニタリングを終えて面談室を出た後、笹倉はリュウに何を飲みたいかと尋ね、リュウが選んだものを購入した。

日頃の生活態度に応じて時々ジュースを買うことになっていて、今日はそのタイミングだったという。おとなしくしてるだけでジュースが飲めるなんて最高じゃん、とリュウは機嫌を良くした。


笹倉は「とろ甘」と書かれた白色の缶のカフェオレを購入し、仕事があるからと職員の部屋に引っ込んだ。

──先生も甘いものを飲むのか。


リュウが居室に戻ると、同室のカズマは机に向かって、数枚の写真や便箋を並べて眺めているところだった。

「終わったんだ。どうだった?」

よゆー、と親指を立てて笑ってみせると、カズマは困ったような笑みを返した。


カズマが手に持っている写真の1枚に目が留まり、ちょっと見ていいかと尋ねた。

いいよと答えがあったので、写真を横から覗く。ジャージ姿の若い女性とカズマが、施設の廊下を背景にして写っている。後ろの壁には桃色の画用紙の桜が散っていた。


隣の女性のことを訊くと、カズマは「笹倉先生の前にいた先生」と話した。リュウが来る前に他所に行ってしまったが、カズマとは数年の関わりがあったらしい。


「本をたくさん読むように教えてくれて、図書コーナーの本を増やしてくれた。本を読んだら広い世界を知ることができるんだ、って」

写真を大切そうに引き出しに戻すのを見ながら、リュウは妹のユイのことを考えていた。こんなふうに食事と清潔な布団がある場所で、ユイに絵本を読み聞かせることができたらいい。絵がたくさんあってハッピーエンドな本ならいい、と。


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