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──事件が収束して、施設に帰ったときのことだ。相変わらず外では蝉が鳴いていて、施設の中は空調がほどよく効いていた。


第3類に分類されていたリュウは、事件が収束してから個室を出て、第2類のカズマと同じ部屋に戻されていた。真ん中をカーテンで区切った相部屋で、手足を拘束されずに眠ることができる。


どさくさに紛れた結果なのか、サリーの主張が軍や施設側の職員に伝わったのか、リュウにはよく分からなかった。経緯などどうでもいい、と思っていた。


施設の上層部の人間が当時の状況を聞き取りに来た。2人の部屋に入ってきて、カズマの机の引き出しから、佐藤理香の写ったスナップ写真を回収していった。幼いカズマと職員の佐藤理香が、色紙の桜の飾りを背にして写っているものだった。


彼らは無線機に残った音声データを聴いていて、ユイの解放と、佐藤理香の死について詳しく知りたいようだった。面談室でリュウの言葉がうまく伝わらないとき、カズマが代わりに答えをまとめてくれた。


サリーの死にどこまで関わったのか追及されると、カズマは淡々と事実を語って「僕たちはやるべきことをやったと思っています」と答えた。


カズマの頼みに応じて、笹倉が新聞の切り抜きを2枚持ってきてくれた。K市で下校途中に消息を絶った少女が捜査機関に発見され、命に別状はないという話だった。具体的なことがなにも書かれていない数行の記事。もう1枚は、現在使われていない校舎で女性の死体が見つかり、身元が確認された話。


超越者という概念はマスメディアに載らないらしい。サリーが校舎に立て籠っても報道陣は来なかったし、事情を訊きに来るのも軍や施設の関係者ばかりだった。


校庭で別れてから、ヒロの行方も分からなかった。どこかで生きていればいい、と思った。


リュウが一人で廊下をぶらぶら歩いていたら、反対側から医療スタッフの歩美がやってきた。


ちょうど健康観察に向かうところだと述べて、リュウにいくつか質問した後「左手を見せて」と言った。脱走したときの傷跡が残る手のひらを示す。


「痛くない?」

「はい」

「ならよかった。跡はしばらく残るけど、それも徐々に薄くなるよ」


リュウは自分の手のひらを目の高さに持ってきて眺めながら「先生」と口にした。彼女なら話を聞いてくれそうだし、伝わらなければそれはそれで良い。


「どこか痛いとか吐きそうとかじゃないんですけど。なんか、空っぽになってて。体は悪くないしちゃんと歩いたり食べたりできるし、ユイは助かったのに」


サリーと戦ってから志向性を失って空っぽになったと話すリュウに、歩美はやわらかい声で返事をした。


「あの教室で壁を破ったとき、すごく集中する必要があって、ほんとに全部を出し切ったのかもしれないね。長い目で見てどう影響するかは分からないけど、もしかしたら君の中にあるものは変わってしまったかもしれない」


「えーなんかよくわかんないけどヤバくないすかー。それじゃ、また」


続く言葉を聞く前に、ひらひらと片手を振って話を打ち切った。部屋に戻ってから笑顔が消えて、壁にもたれかかって「ヤバい」と呟いた。口元が震えていて、手で口を覆って抑えようとする。


大切なものを決定的に失って、自分はもう取返しがつかない、と悟った。


また別の日。

昼食後にリュウとカズマが揃って部屋にいるとき、笹倉が扉をノックして現れた。急で申し訳ないが話がある、と切り出す笹倉に、リュウは顔を歪めた。


笹倉が現れて話を切り出すときはろくなことがない。いつものシャツと違ってスーツ姿なのが余計に気にかかる。


笹倉はリュウの心を読んだように「俺だってたまには良い知らせを持ってくる」と続けた。上の人間が感謝の気持ちを伝えたいと言って訪ねてきたから、身支度ができたら面談室で会ってほしい、と。


面談室で顔を合わせた上層部の人間は、写真を回収したのとは別の男だった。超人的な能力を生かして人質の救出に貢献し、テロリズムの芽を摘んだ少年たちに感謝を伝えにきた、と話していた。


上層部も一枚岩ではないらしく、人殺しのように扱ったりお礼を言ったりと忙しい。


彼はお茶を出してくれて、少年たちに「何か望みはあるか」と尋ねた。こちらの都合はあるが、できる範囲で聞いて叶えたいと思う、と。


リュウは脳内を探ろうとして、不意にひとつの言葉を思い出した。施設を脱走して、意識が混濁したカズマを背負って林の中を歩いたとき、カズマは「海ってあったかいんだね」とうわごとを言った。


──海、か。

海に行きたくなった。今は海水浴の季節だし、あんな血の海じゃなくて青い海に手足を浸したい。

そう思ったとき、何か透明なものが流れ込んで自分の空白を埋めるのを感じた。


リュウが手を挙げて「海に行きたいです」と答えると、カズマもそれに同意した。



──

8月も折り返しを過ぎて、2人の少年は車を出してもらって海に来ていた。

空はよく晴れていたが、浜にはちらほら人がいる程度だった。入所者がモニタリングや通院以外で外に出るのは珍しいことで、各所の許可を取ったり持ち物を揃えたりするのに時間がかかってしまい、海水浴の時期は終わりかけていた。


海で遊ぶにはいろいろな準備が必要だし、カズマとリュウは水着を1枚も持っていなかったのだ。


リュウは波に誘われるように、海に向かって歩いた。サンダルの中に細かい砂が入り込んで指にくっつく。浜のほうを振り返ると、カズマは砂浜にしゃがんで貝殻の破片を拾っては、物珍しい様子で日に当てて眺めていた。


海の家のパラソルの下で、Tシャツ姿の笹倉が何かの串焼きを食べていた。歩美は海に入る気などない重装備で、笹倉の隣で料理をつまみながらこちらを眺めている。


最後に水着姿を期待しなかったといえば嘘になるけど、カズマと一緒に頼んだら何か料理をおごってくれるかもしれない。カレーかラーメンかフランクフルトか、どれも美味しそうで一つに絞れなかった。


リュウは波打ち際に座って、海に足を浸しながら遠くを眺めていた。遊泳区域を示すテープがあって、その先には水平線がある。空と海の青色が綺麗だった。


海を眺めていたリュウは、頭から肩にかけて急に水を浴びせられた。海水が目に入って視界がぼやける。


頭から水滴を垂らしながら振り返ると、カズマが水鉄砲を構えてリュウを見下ろしていた。肩からストラップを提げて両手で抱えるような大型のものだ。


カズマは心底楽しそうに笑っていて、パラソルのほうを指して「笹倉先生に借りた」などと言う。こんな顔するんだ、と意外に思う。


──施設に帰ったら、能力を失ったことをしっかり話すつもりだ。


超越者じゃなくなった自分がどこに向かうのか分からないし、もしかしたら施設を出ていくかもしれないけど。誰かに訊かれる前に、本人の口から話すのが誠実だろうと思っていた。


リュウは頬を伝う滴を拭うと、カズマの水鉄砲に手を伸ばして「俺にも撃たせろ」と応えた。

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