開放系
カズマに庇われて銃弾を避けてから、リュウは一人で窓に向かっていた。
カズマがいなければ、今頃は小銃で撃たれて死んでいた。自分の役割は、窓を覆っている見えない壁を壊して外に出られるようにすること。
──やるのは俺しかいない。
地上の人間からは、リュウが窓ガラスに手をついて立ち止まっているように見えたかもしれない。笹倉がこちらを見上げて腕を振り、スライド式の窓を開けて降りてこいと手で合図をした。
それができないからここにいる、とリュウは内心で呟く。
軍の関係者が数人いたが、リュウが能力を使ったときに物が飛んでくるのを懸念したようで、救助用マットから距離を取った。笹倉が一人でマットのそばに残っていた。
壁に右手を押し付けて3つ数えて、「ゼロ」で息を止めて撃つ。後ろを気にする余裕もなく、それをひたすら繰り返した。サリーはこちらに干渉してこなかった。カズマの挑発に怯んだのか、銃弾が切れていたのか。
リュウは目をつぶって肩で息をした。
ずっと体が熱くて、神経が焼き切れそうだった。
能力の使い方が明らかに無謀だった。モニタリングのときも、浴室の窓を割って脱走したときも、必要な強さで制御して一度だけ使っていた。能力を得てから今まで、適当な強さで扱うことを学んで身につけてきた。力任せに何回も撃つようにはできていない。
そこまでしても、見えない壁は変わらず目の前にあった。壁の亀裂がわずかに広がるだけで、進みはあまりにも遅い。地上までたった数メートルなのに、と焦燥に駆られる。
視界がぼやけて身体が斜めに傾いた。手のひらがずれて照準がうまく合わなくなる。
どこを狙えばいいのかも分からなくなり、カウントも狂っていき、手のひらを押し付けて適当に撃った。
*
「リュウ」
聞き慣れた声で名前を呼ばれて、意識を引き戻された。
「大丈夫。支えるから、一緒にやろう」
カズマは後ろから腕を回して、リュウの身体を抱えるように支えた。カズマの胸に背中を預けて、2人で窓辺に立った。
「反対の手は使えそう?」
問いかけに黙ってうなずくと、カズマはリュウの左手をとって、手のひらのガーゼを外した。肌がひどく熱をもっていたから、カズマの手が触れたところが冷たくて気持ち良かった。カズマに誘導されて姿勢を保ち、左手でもう一度照準を合わせる。
静かに呼吸を合わせて目を見開いた。
3つ数えて撃つ。
さっきよりも亀裂が広がって、壁全体が揺れたのが分かった。自分たちは確かに外の世界に近づいている。一人じゃここまでできなかった。
「次で決める」
「ああ」
どちらからともなく合図をして、最後のカウントを始めた。
「3,2,1」
──ゼロ。
リュウはカズマに支えられて、本当に全てを出し切った。
終わりはひどくあっけないものだった。
音のない教室で、何かが砕け散る音を聞いた気がした。
ガラスが割れるような澄んだ音だった。
────
カズマは手を伸ばして窓の鍵を開けた。窓は拍子抜けするぐらいあっさり開いて、外の空気が流れ込んだ。蝉の声と人の気配が交ざって耳に届く。
銃創は跡も残さず治っていて、服が裂けた跡だけが残っていた。
モニタリングを何度も経験していれば、多少の衝撃には慣れてしまえる。意識を保ったままで受け止められるかどうか、って話。
終わったのかと問うリュウに、あとは飛び降りるだけだと答える。
カズマが「先に倒れるのは許さない」と付け加えると、リュウは口元に薄く笑みを浮かべた。
カズマは窓から飛び降りる前に、ふと後ろを振り返った。
サリーが教卓に寄り掛かって床に座っていた。少し離れたところで、白いタイルの上に小銃が倒れている。視線に気づいたサリーは顔をゆっくり上げて、2人のほうを見やった。かつての教え子に授業をするように、少しずつ言葉を発する。
「……私の能力は内と外の境界をつくることで、境界ってのは自分の身体の延長なの。境界に干渉されると、その影響は遅れて私の身体に届くのね。ふつうに使うぶんには何も感じないぐらいだけど、今みたいに無理やり突破されると」
話の途中で咳き込んで口元を手で覆う。指の間から鮮やかな血がこぼれた。自分たちを閉じ込めるものを壊すべきだと扇動したサリーは、少年たちに致命的に壊されていた。
「喋らなくていい。下に降りましょう」
地上には医療スタッフが待機しているだろう。救助用マットに飛び降りるようにカズマは勧めたが、サリーは静かにそれを拒否した。
「いいの。体の中がズタズタになってて、もう助からない」
血に染まった手をゆっくりと持ち上げて、窓の外を指した。
「行きなさい」
数秒の後。カズマはサリーに背を向けて窓に向かう。腰に付けた発信機のボタンを押して、今から飛び降りることを合図した。
地上で笹倉が手招きするのを見て、リュウとカズマは窓から身を投げ出した。一瞬の浮遊感があって、空気で膨らんだマットに着地した。




