理解の時間
カズマは「見てくる」と席を立って、窓に近づいた。サリーの能力を自分の手で確かめているのか、窓を拭うように指を這わせていた。リュウもカズマの後ろに立って、外の様子を眺めた。
救助用マットのそばで、ランドセルを背負った少女が、軍の関係者に囲まれて保護されていた。確かに生きている。倒れることもなく、しっかり立っている。物音が遮断されていなければ、緑のシャツを着た人々のざわめきが聞こえただろう。
リュウの髪は生まれつき茶色だったが、記憶の中のユイは黒髪で、窓の外にいる少女の髪も黒色だった。もしかしたら血の繋がりが半分なのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
「ユイだよな、あれ」
リュウの念押しに「そう」とサリーが答える。サリーにとっても、ユイが外に出ることは予想外だったらしい。なんで外にいるのかな、と誰にともなく呟くのが聞こえた。
やがて皆が物陰に移って、教室の窓からは姿が見えなくなった。
リュウは脱出の経緯を数秒考えて、どうせ分からないことだと放り出した。
ユイは用具庫に閉じ込められていた。用具庫の扉があるのは教室の前方で、教室を経由しないと出入りできない。唯一の扉はサリーの能力で封鎖されている。どうして外に出ているのか分からないが、無事なのが分かって身が軽くなった。
元から難しいことを考えるのは苦手なほうだ。妹の在り処という課題がひとつ消えて、水で洗ったように思考が綺麗になった。革命に加わればユイを解放すると言われていたけど、ユイはすでに解放された。
「よし!」
「ユイちゃん。良かった」
サリーは少年たちの声を聞き取ったのか「なんでかなあ」とため息をついた。
「まあいいか。ユイちゃん逃げちゃったから、条件を変えるね」
そして教卓の前に立ち、窓を背にした2人の少年に選択を突きつけた。
「革命に加わるか、ここで死ぬか。早く選んで」
どっちも嫌だ、とリュウは拒絶して、続く言葉を自分の中で見つけた。何が嫌なのかを説明する言葉がようやく見つかった。
ユイが無事なら自分はどうなってもいいと思っていたけど、いざユイが助かってみれば、自分はこんなにも生きていたい。この能力を使って壊したいのが事実なら、サリーに利用されて多くの人を殺すのではなく、目の前の壁を壊したいと思う。テロリストに自分の衝動を利用されたくないし、力を向ける先を誤ってはいけない。
「お前の言いなりになるのが一番嫌だ。誰が死ぬかよ。生きてここを出る」
リュウの言葉に、サリーは「無理よ」と手短に返した。
リュウが脱出の道筋を求めて窓に向かったとき、カズマが耳打ちをした。
「窓に裂け目みたいな場所があって、指が少し引っ掛かった。近くで触ったら分かる」
サリーの位置からは、リュウの悪態をカズマがたしなめたように見えたかもしれない。リュウは小さく頷いて、カズマと入れ替わって窓に向かった。
さっきまでカズマが立っていた場所に立ち、窓に指を這わせる。用具庫の扉に触れたときと同様、窓ガラスの数センチ手前で見えない壁に阻まれて、そこから先には進まない。
自分の顔の高さに、少しだけ指が引っ掛かる箇所があった。空間が裂けてるのか壁につなぎ目があるのか詳しい性質は分からないけど、そこを狙って撃てば壊せるんじゃないかと思った。
手のひらを押し当ててカウントダウン。
「ゼロ」で息を止めて撃った。ほんのわずかに亀裂が広がったような気がした、とき。
「……無駄なことはやめなさい!」
焦ったようなサリーの声を聞いた。次の瞬間、静かな教室に銃声が響く。
サリーは教卓の横の小銃を構えて、窓に意識を割かれたリュウを後ろから狙ったのだった。
*
自分の身体に痛みがないことに気づいたリュウは、肩越しに後ろを振り返った。
立っているカズマの肩の辺りから血が滲んでいた。
リュウの背後を狙った銃弾は、カズマの肩を撃ちぬいて止まった。サリーがリュウに銃口を向けたとき、カズマは2人の間に飛び出して盾になっていた。
リュウは思わず「おい」と呼びかけ、サリーは興味と戸惑いが交ざった目を向けていた。
「……なんでまだ立ってるの」
当たっても死なないから、とカズマは答えた。
修復能力があるとはいえ、銃弾を受けた衝撃はかなりのものだろう。声は苦しげに震えていたが、何かに打ち勝ったような強さがあった。自分の能力とそれがもたらす結果を受け入れて、どう使えばいいか悟ったような。
ゆっくり呼吸して地に足をつけて、カズマは撃たれた側の腕をまっすぐ横に伸ばした。治った、と告げるような所作だった。小銃を構えたサリーを正面から見据える。
「まだ弾が残ってるなら、何秒で銃創が治るか実験してください」
「……へえ。実験が嫌だって泣き叫んでたのに、ずいぶん態度が変わったね」
2人の会話を背中で聞いて、リュウは窓に戻った。
今のカズマに構わなくても大丈夫だから、自分のやるべきことをやろうと思った。




