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侵食

──革命に協力してくれるならユイを解放する、とサリーは告げた。


話が呑み込めていない少年たちの前で、黒板にチョークで「創造」と書く。


「創造の創には“傷”って意味がある。絆創膏とか銃創とかね。新しいものを手にするためには、自分たちを抑えつける何かを致命的に傷つけなきゃいけない。進化するためには痛みを経験しなきゃいけない」


サリーが「じゅうそう」と口にしたとき、隣のカズマが、教卓に立て掛けた小銃に目をやった。話の内容とカズマの視線から、銃ってそれか、とリュウは言葉の意味を察する。


「そこから光が入って、新しい希望が生まれる。破壊は創造の始まりって言葉があるように、この社会のシステムに傷をつけて、新しく作り直すの。あなたたちには未来を切り開く力がある」


語りはどこか高揚していて、声には熱が宿っていた。カズマは曖昧な笑みを浮かべて話を着地させようとする。


「面白い話でした。でも、僕たちには物事を決める権利はありません」


決める権利がない、とサリーは繰り返す。

「そう答えるように職員から吹き込まれたのね。地上にいる笹倉の入れ知恵かな」


サリーは教卓から窓のほうに数歩進んで、地上に目をやった。リュウとカズマもつられて窓の外を見る。緑のシャツを着た人間が、地上からこちらを見上げて拡声器を構えていた。


3階の自分たちに向けて何かを伝えている様子なのに、声は全く聞こえてこない。音を消したテレビを観ているようで、圧倒的な隔たりを感じる。


「これはあなたたちが決めることなの。自分の行く先を他人に委ねちゃいけない」


「ちょっとだけ昔の話をするね」とサリーは前置きして、自らの見たものを語った。


施設の職員としてカズマを担当していた頃。カズマの生活や学習支援の傍ら、見回りのために第3類のフロアに出入りすることがあった。


第3類の居室に収容されていた少女が、眠ったままで死亡した。長いこと体を拘束されて、鎮静剤を投与しすぎたのが原因だろう。


その死を悼むのは数名の職員だけで、やがて「時々ある話」として忘れられ、闇に葬られた。家族にも死因は伝えられず、涙を流すような友達もいなかったという。


私は彼女を忘れない、とサリーは口にした。

この件の後にサリーは施設を去って、後任として笹倉が入ったのだと。


リュウは昨晩のことを思い出す。目が覚めたときには手足をベッドに固定されていて、歩美は「鎮静剤を止めたから目を覚ました」と話していた。もうずっと前のような気がした。


「みんなと違うからって、施設に閉じ込めて人目につかないようにする社会がおかしいんだよ。カズマくんも拘束こそされてないけど、外の世界を知らないままだし。2歳半のときに交通事故に遭ってその力が発覚して、物心つく前から施設にいる。見つかりさえしなければ外で暮らしていけたのに、人生を奪われてる」


その話を聞いて、リュウはカズマの経歴を初めて知った。本を読むのが好きで、コンビニも電車も本やテレビでしか知らないルームメイト。長らく同じ部屋で寝起きしていても、見ている世界が交わることはない。


「少しでも外の世界に触れてほしくて、いろんな本を読むように勧めたの。閉じ込められた生活にいずれ疑問を抱くんじゃないかって。おかしさに気づいたとき、ちゃんと自分の言葉で伝えられるように」

「……それで僕は本を読むようになった」


驚いたように目を見開くカズマに、サリーは「そう」と頷いた。念押しのように言葉を続ける。


「革命に加わってくれるなら、脱出方法はこっちで用意してる。もう施設には帰らないつもりでね。カズマくんは成績が優秀だし理解力もあるから、革命の象徴として広報をやってもらおうかな。外でどんどん行動すれば、あなたはもっと伸びるよ」


カズマは「考えさせてください」と返答した。考える時間はあるからね、とサリーは了承して、リュウに話を振った。


「資料を見せてもらったけど、リュウくんの能力ってすごいね。理論上では地上から飛行機を墜とせるんだって」


あえてサリーと目を合わせず、顔を用具庫の扉に向けた。まともに話を聞いてはいけない、と直感的に思っていた。地上から飛行機を墜とせるというのも、これまでの実験結果に基づいてコンピューターで計算されたものだ。


「……勝手に言ってるだけ。本当に試したわけじゃない」

「そうだよね。実験ではブロック塀を壊したり、グラウンドに立てた旗を倒したりするぐらいだった。あなたはまだ全力じゃない。その力でどこまでやれるか、試したいって思わない?」


リュウの心が揺らいだ。自分でも気付かなかった思いを、自覚するより先に引き出して突き付けられた。能力を手にした頃は「なにもかも滅茶苦茶にしたい」と衝動に駆られることがあったけど、施設での日々が穏やかだったから、そのような欲は忘れていた。歯車が狂ったのはユイの報道を目にしてからだ。


意識の奥底に沈んで出てこなかっただけで、消えたわけじゃなかった。外の物音が届かない閉鎖空間と、自分たちを扇動する言葉に、リュウは精神をしだいに侵されていた。


「そう悪い話じゃないでしょう。ユイちゃんは解放される。あなたは自分の力を試すことができるし、私は革命に協力してもらえてみんなが助かる」


「……それで、人は殺せる?」

革命に加われば人を殺すことになるのか、と尋ねようとした。数秒遅れで言い間違いに気づいて、修正する言葉を探そうとしたリュウに、サリーはにこやかに答えてみせた。


「数百人、数千人かな。自然災害だって思えばいいよ」


リュウは唇を噛んで顔を伏せる。手のひらにガーゼの貼ってある左手で、右手を握って机に押さえつけた。頭がおかしくなりそうだった。


「カズマくん。そろそろ決めた?」

はい、とカズマは答えた。


「革命には加わりません。第3類の女の子の件は痛ましいことですが、大勢の人を巻き込んで暴れるのは反対です。僕が自分から外に出たのは一度だけですが、それでも外の社会と繋がって生きています。施設の食事も、オンラインで高校の授業を受けるのも、先生が勧めてくれた本だって、外の社会との接点でした」


「で?」とサリーが先を促す。


「“自分の行く先を他人に委ねてはいけない”とさっき話してましたよね。だから、これは僕自身の気持ちを話しています。たとえ外に出られないとしても、僕はこの世界が好きで壊したくない。自分を閉じ込めた社会への憎しみを大勢に示すってのは、僕にはできない仕事です」


誘いを断られて、サリーの顔がわずかに曇る。声のトーンが少し下がっていた。


「そうなの。リュウくんは?」


「……嫌だ、絶対嫌だ」

「それじゃ分かんないよ。自由を奪われるのが嫌なのか、妹を救えないのが嫌なのか、人を殺すのが嫌なのか。なにが嫌なのかちゃんと教えて」


──俺は。


答えようとしたとき。

カズマが何かを指示するようにリュウの肩を小突いた。リュウは肩をすくめてその手を拒む。


カズマは手を離すと、窓の外を指さして「あれ見て」と呟いた。リュウは目で追いかけて、息を呑んだ。


赤いランドセルを背負った少女が校庭を走って、軍の関係者に抱き止められていた。

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