ボーイミーツガール
体が動かない。
「…………か!」
何か聞こえる。
「だ………か!」
人の声だ。女の人だろうか。
「だ……すか!」
上手く聞き取れない。もっと耳を澄まさないと。
「だいじょうぶですか!」
「がっ……はっ!」
今度はハッキリと聞き取れた。俺は勢いよく起き上がる。先程まで体が動かなかったのは多分金縛りのせいだ。だって俺はさっき鯨に飲み込まれて死ん…だ?よな?なんで……生きてるんだ?俺は聞かずにはいられなかった。
「ここは天国ですか!?」
「ふぇぇ……?」
目の前の女性に声をかける。我ながら訳の分からない質問だ。彼女は見るからに困惑している。
明るいブラウンの綺麗なロングヘア。波のように巻かれたウェーブと、両サイドには可愛いお団子が付いている。モデルさんみたいだ。
「す、すみません、混乱してて。」
「びっくりしましたよ!こんなところで何をしてたんですか!?」
アクアマリンの輝きを持った水色の瞳が、まっすぐ俺を見つめる。色白の肌がほのかにピンクに染まっている。俺は少しドキドキした。
「いや、その、えっと、海で溺れてしまって……」
「どういうことですか?ここは……森ですよ?」
「は?」
ようやく冷静になった俺は、辺りを見回した。
衝撃だった。俺は海の上で死んだ(?)はず。なのに今俺は生い茂る緑色の木々に囲まれている。ふと下を見る。森のはずなのに地面は海岸の砂と同じだった。
「…?どうしたんですか?」
彼女はキョトンとした顔で俺に問う。
おかしいと思ったんだ。さっきから喋ってるこの子、明らかに日本人ではない。服装も、鯨の模様が入った綺麗な青いドレスだが、こんな服見たことない。
「1つ……聞いてもいいかい?」
「はい!私、困ってる人は見過ごせませんので!!」
砂浜にある森、よく見れば周りの木も青緑になっている。俺は口を開き、核心に迫る質問をする。
「ここは、日本ですか?」
「ニホン?なんですそれは?ニシンの仲間ですか?」
最初はドッキリだと思った。だが、彼女は本当に日本を知らないようだった。俺は確信した、ここは『異世界』だ。
「あ……私の故郷なんですよね。ニホンは。」
咄嗟に嘘をついた。本当にここが異世界なのかも分からない。そして何故俺がここまで冷静になれているかも分からない。何も分からないこの状況だからこそ、情報を集めたい。
「わぁぁ!もしかして、外国の方ですか?凄い、初めてお会いしました〜。」
「ハハ、そうなんですよ。この国に住みたいなって思って来たんですけど、船が沈んでしまって。」
なんとか騙せそうだ。この子はちょっと天然なのだろうな。可愛い……
「あれ、でもここは森ですよね?どうやってここまで?」
勘のいいガキは嫌いだ
「それはその……頑張って助けを呼ぼうとここまで歩いたんですが、力尽きてしまったようで。」
「それは大変です!でも安心してください。私が来ましたから!」
彼女は自信に満ち溢れ、「エッヘン!」と言いたそうな顔をした。バレそうになったがなんとかやり過ごせた。
「あらら。怪我してるじゃないですか。」
「あ、ホントだ。」
右腕から血が出ている。鯨に噛まれたことな原因なのかもしれない。
「ちょっと失礼しますねぇ〜」
彼女が俺の体に触れそうな位置までやってくる。肩から掛けたカバンからハンカチと包帯を取りだし、手当を始めた。
「ありがとう……ございます。」
「いえいえ〜リラックスしててくださいね。」
胸が鼓動する。俺は中学が男子校だったから、女性という生き物とまともに話した覚えは無い。なのに今、異世界の美少女が俺の体に触れている。この状況を嬉しむ気持ちと、恥ずかしい気持ちで死んでしまいそうだ。
「はい、終わりましたよ。」
「すみませんね。大事なハンカチじゃなかったですか?」
俺は極限まで冷静を装って言葉を紡ぐ。こんな状況でも相手の心配をできる俺、昨夜マンデーでラブコメを読んでおいて良かった。
「人の役に立てたなら、私のハンカチも本望ですよ!いやぁー、人助けは気持ちいいですね。」
いい人なのか、天然故の突発的行動なのか、彼女の本意は分からないが、俺はこの子なら信頼できると思った。
「あの……」
「そうだ!良かったら家来ません?私の両親食堂やってて、ご飯食べてって下さいよ。」
俺が言葉を発する前に、彼女からの提案が来た。
「ほんと?助かるよ!」
「もちろんですよ。では早速行きましょう!!」
こうして異世界転移(?)というものをした俺は、幸先の悪くないスタートを切ったのだった。