白
初めまして。幸村透夜です!
ずっと前から構想していた小説を文字に起こしてみます
結構超大作(ただ長いだけ)なので、ぜひ読んでください
白い世界が広がる。地平線まで延びる、無限を感じさせるこの世界。ここがどこかは分からない。
俺はそんな世界にただ一人、音もない世界をただ歩き続ける。
ふと後ろを振り返る。無限のその先から影が迫ってくる。それを認識した瞬間、俺の体は鉛のように動かなくなった。影がどんどん迫って来る。白い世界を、まるで鯨が大きく口を開けるように飲み込んでいく。
影はすべてを飲み込み、遂に俺の目の前までやってきた。なぜか怖さはない。俺はそれを受け入れるように、唯一動いた瞼をそっと閉じた。
ジリリリリリリリリリリリ
四畳半の和室に響く目覚まし時計の音。俺はこの音で目を覚ました。ここ最近毎日同じ夢を見る。夢を見た朝、起きた時決まって俺は冷静になる。まるで誰かの視点で自分を見つめているような不思議な感覚。
そして俺は目覚ましを止め、時刻を確認する。その感覚は、これも決まってこの瞬間に消えていく。
「遅刻だぁぁーーー!!!」
午前8時30分、学校の始業時間である。家から高校までは歩いて30分、走っても20分はかかるというのに、現在は8時15分。自転車通学も認められているが、あいにく手元にないのだ。俺の両親は早くに亡くなり、今は親戚から譲り受けたボロ屋で一人暮らしをしている。だから貧乏なのだ。
「海斗、おはよ〜 今日も元気に朝ランか?(笑)」
友人の三島が自転車に乗りながら、無様に走る俺を見て嘲笑する。
「うるせぇ!!チャリ勢は黙ってはよ行けや!!」
俺は息を切らしながら捨て台詞を吐く。昨日も遅刻したし、今日も遅刻となれば生徒指導室行きは免れない。なんとしてでも間に合ってみせる!
「次は……三島、いるか?」
「はーい」
「次は水無月……だがあいつ、まさか今日も…」
すると突然教室の扉が勢いよく開かれる。そう、俺の凱旋である。
「はぁぁい!俺です!俺が出席番号24番!水無月海斗!ギリセーフの男ですぅ!!」
「アウトだ、後で生徒指導室に来い」
教室が笑いの渦に包まれる。しかし、俺と先生は台風の目の中だ。先生は俺を静かに睨み、俺は静かに顔を引きつらせる。今日も俺の、清々しい一日が始まる。
午前の授業が終わり、昼休みになった。俺は普段三島と食堂で昼ご飯を食べる。学校が海の近くにあり、メニューには獲れたての海鮮物が並ぶ。だが俺には金が無いため、今日は素うどんにしようと思う。
「いやぁ、朝から生徒指導室とは不憫だな。でも今日の海斗は実に面白かったぞ。笑わせてもらったお礼にこの刺身を一切れくれてやろう。」
「不本意だけど……まぁありがたくいただくよ。」
「そういじけるなよ。そうだ、昨日のマンデー読んだか?まさかあの人が敵だったなんてな。上手いよなぁ、描き方が違うんだよ。」
三島はよく喋るやつだ。そして評論家ぶる。こいつといて暇になることはない。疲れるけど……
こうして昼飯を食べた後、俺は午後の授業を受け、帰りの準備をしていた。三島は今日は部活があるらしく、俺はぼっち帰宅が確定していた。
(今日は散々な一日だった。華の金曜日だと言うのに、なんだかなぁ。)
こういう日は帰ってすぐ風呂に入って寝ることに決めている。風呂に入る時が一日で一番好きだ。熱めの湯に浸かりながら、ちょっと人生について考えたりする。俺はこれを『1人会議』と呼んでおり、この時間が大好きなのだ。
(『なぜ人は生きるのか』なんてな笑)
こんなことを考えながら小一時間熟考し、四畳半の寝室で眠りにつく。
また、白い世界が広がる。俺はこの空間が嫌いだ。果てしなさというのは人を不安にさせる。俺はまた音のない世界を、また1人で歩く。
ふと思う。俺はなんのために生きるんだろう。小さい頃に両親を亡くし、親戚の力を借りて一人暮らしをし、毎日友人と他愛もない話をし、一日を終える。どこまでも普通だ、俺はこの世界のモブで、主人公は他にいるのかもしれない。そう考えると胸が苦しい。自分は本当に必要とされているのか、親からも、本当は捨てられたんじゃないか。まさにこの白い空間は、俺の途方もない悩みを表しているのかもしれない。
後ろから影が来る。振り返らなくても気配で分かる。俺はそれに身を委ねるように、また闇に堕ちていく。
ジリリリリリリリリリリリ
目覚ましだ。また俺の『普通』の日常が始まる。
今日は漁に出る。俺に良くしてくれる親戚の友人が小さい船を譲ってくれたので、たまにそれに乗って漁に出る。危ないとか免許はないのかとか、そういうのは気にしないで欲しい。何故なら俺は、「まだ」失敗していないからだ。
船が頭の悪そうなエンジン音を吹かし、海を走る。漁と言っても、沖合近くで釣りをするだけなんだけどな。
3時間が経過した。ここまで釣果は0、だがそれでいい。俺はこのボケーとしてる時間が人生で一番好きなのだから。
昨今の夢について考える。
(あれはなんなんだろう?ネットでは、何かに追いかけられるのはトラブルや不幸の前触れって書いてたな。でもあれは違う気がする。影に追われる時、俺は何故か温かみを感じる。)
刹那、釣竿が物凄い力で引っ張られた。
「うぉぉぉ!!これは……大物!!」
俺の全体重をかけても体が海に引き込まれそうな程の力。獲物は余程大きいようだ。
「フンヌ!負けねぇぞこんちくしょう!!!」
海面が激しく揺れる。獲物は水面下上がって来ている!
「この感じ……勝てる!」
この感触、この手応え、釣れる、俺はそう確信した。
「行くぜぇ!ドッセェーーーーイ!!!」
獲物が姿を現した。それと同時に、俺は深く絶望した。獲物はあまりにも大きすぎた。今日は快晴のはずなのに、空は闇に包まれる。夜のような漆黒が、まるで夢に出た白い世界のように、俺の心を不安と恐怖で埋め尽くす。
「嘘……だろ?」
空を覆い尽くすほどの怪物。その正体は
巨大な『鯨』だったのだ。
「なんで、、こんな沖合にこんなバケモンが出るんだよ!」
海がけたたましい悲鳴をあげる。水しぶきは天に昇る高さだ。幸運にも、鯨は船の真横に着水した。しかしその衝撃は凄まじく、俺の乗る船は転倒しそうになった。
「クソッ、なんなんだよこれは……」
鯨がまたどこから襲ってくるかは分からない。俺は周囲に最大限の警戒をしつつ、船の軌道を陸に戻そうとした。しかし、、、
「おいおい嘘だろ?エンジンが逝っちまった!」
陸から近いとはいえ、泳ぐには無理がある。俺は限界を悟った。
その瞬間、耳を貫くような甲高い音が響く。俺は思わず耳を塞いだ。これは鯨の鳴き声だ、またどこからか襲ってくるのだろう。あの大きさから見るに、目視でも100メートルはある。当たればひとたまりもない。しかし、どうやってこの状況を変えればいいのか……
「あっ、」
全て遅かった。もう終わりだ。そもそもあの巨体だ、この世界の生物ではなかったのかもしれない。誰もが思うだろう。あの怪物が、あの体躯で、「音を立てずに近づける」なんて……
敵は、船の真下にいた。