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三月一日

作者: 緋色ざき

「次のニュースです。来年春に卒業する大学生などの就職活動が一日から本格的にスタートし……」

 何気なくつけていたテレビからそんな情報が流れてくる。

 それを聞いて、ああ、そうかと気づく。

 今日は三月一日。就職活動の解禁日である。去年、僕も就活生としてこの日を迎えた。

 解禁とはいっても、それまでもインターンや説明会、面接は行われていて、就活がこの日から始まったわけではない。しかし、この日から選考が始まる会社も多く、とくに印象に残っている日だった。

 あれから一年。僕は一ヶ月後には社会に出ることになる。入社することになる会社はそこそこ名の知れた会社ではあるが、僕が最も志望していたところではない。第一志望の会社には最終選考で落ちてしまったのだ。

 いまでもあの瞬間を思い出す。悔しくないと言ったら嘘になる。それまでの人生はなんだかんだストレートで志望校に合格してきた。だから、今回もいつもみたいに受かるのだろうと高をくくっていた。しかし、そんな希望は打ち砕かれた。最終面接が終わった段階で落ちただろうと確信した。そして、予想通り一週間後に落選の旨が書かれたメールが届いた。

 そこで負った傷は想像以上に僕を苦しめることになる。

 友達や先輩、後輩らと就活の話になることはその後多々あった。その都度僕の心は痛んだ。行く会社を告げるのが辛かった。いちいち「第一志望の会社には落ちてしまって」と付け加えていた。相手からしてみれば、別にどこに行くかはさして重要ではないことは分かっていた。けれども、僕はそう自己弁護せざるを得なかったのである。そうでもしないと自分を保てなかったのだ。

 両親からは働いてみないと分からないと言われた。それは慰めであり、また事実であろう。まさにその通りだ。そんなことはとうの昔から分かっている。ただ、きっとそういう問題ではないのだ。

 そのとき心の底から自分が行きたかった会社があった。そこに行くことは叶わなかった。その事実が僕を苦しめるのだ。

 友人と就活の話になったとき、その友人の内定先と自分の内定先を何度も比べてしまった。年収や休暇、働き方。それはひどく無意味であったが、そうすることを止められなかった。ときに傷つき、ときに一瞬の慰み、そして自分に対する大きな嫌悪感を覚える。

 でもきっと、第一志望の会社から内定をもらえれば、そうはならなかったのだろう。自分が行きたいと思った道であれば、他人と比較することはない。自分が思ったようなものでなくとも納得できる。そう思うのだ。

 これは推測でしかない。けれども大きな確信があった。

 後輩と話しているとき、行きたい会社を語る姿にひどく嫉妬するのだってきっと同じ理屈だ。自分の掴みたいものを語れることがひどく妬ましいのだ。なぜなら僕はもう、その権利を持っていない。

 僕の心のずっと根元のところには就活が上手くいかなかったという鬱々とした気持ちがある。それは時間とともに薄まっているが、ふとしたときに顔を出して僕を苦しめる。

 この気持ちは今後の自分自身に一体どう作用するのか。それは分からない。

 分からないからこそ、切に願うのである。

 十年、いや数十年先の人生で僕はふと当時の就活に思いを馳せ、あの苦しかった経験があったからこそいまがある。そう、いまの自分を肯定できる未来が来ることを。


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