にわか雨の空には虹がかかる
晴翔 (はると)
優雨 (ゆう)
女子は苦手だ。
偉そうで自分勝手で、嫌なことがあるとすぐ泣いて大人を呼ぶ。集団を作り、陰口や嫌がらせで気に入らない者を陥れようとする。
実害に遭ったわけじゃないけど、そんな女子の醜い本性を何度も見てきた。俺という人間は一生、女という生き物を受け入れられない気がする。
そんな考え方のまま俺は高校生になった。
男子校という選択肢もあったけど、様々な事情から男女共学の高校を選択した。それに…女性に対する苦手意識を克服したいという気持ちは、僅かだが俺の中に残っている。
とは言っても、苦手意識は簡単に克服できるものではない。
「おーい晴翔くん」
「晴翔くん、おつかれ~」
「今日一緒に帰らない?」
女子に囲まれると頭が痛くなる。その笑顔が作り笑いにしか見えない。どんな理由で俺を誘ってるのか怪しい。
わかっている…これは全て俺の被害妄想だ。
相手を色眼鏡で見てしまい、仲良くしたがる女子たちには申し訳ない。でも苦手なものは苦手なんだ。
「悪い、今日はちょっと用事があるんだ」
俺は逃げるように教室を後にした。
この学校には回り道をしないとたどり着けない裏門がある。その出入り口を利用する生徒はほとんどいないから、このルートならクラスの女子と鉢合わせることはない。
「…雨か」
外はパラパラと雨が降っている。
天気予報だと曇りだったはずだが…でもこれくらいなら傘はいらないな。本降りになる前にと、俺は裏門から小走りで帰ろうとした。
………
急に雨が激しくなってきた。
「あーあ…」
すぐ学校に引き返した。
ゲリラ豪雨か…すぐ避難できてよかった。
「…!」
その時、一人の女子生徒がこちらへ避難しにきた。急な雨に慌ててたのだろう、俺と軽くぶつかってしまった。
「あ…すみません」
「いえ、大丈夫です」
「ふぅ…」
「…」
そのまま女子と二人で雨宿りすることになったけど、この状況はあまりよろしくない。裏門だから二人きりだし、濡れた女子は下着が透けて見えるから目のやり場に困る…
…なんでこの人、ブラしてないんだ。
「…!」
俺は勢いよく目を逸らした。
「どうかしました?」
女子は俺の様子を見て不審に思っている。
まさか自分の姿に気付いていないのか?
「これ…」
俺は鞄の中からセーターを取り出し、その女子に差し出す。季節は春頃。まだ肌寒い時期だからと持ってきていたが、こんな形で使うことになるとは思わなかった。
「………あ」
セーターを渡され、その女子は自分の姿に気付いたようだ。
「とにかくこれを着てください」
「は、はい…ありがとうございます」
女子はセーターを受け取ってくれた。
これで目を逸らす必要はなくなる。
「…」
雨に濡れたその少女は、結構な美少女だった。
身長と体格は女子の中でも平均以上、ノーブラがあり得ないくらい良いスタイルだ。艶やかで長い黒髪は雨に濡れ、それが妙に色っぽく見える。
これが水もしたたるいい女というやつか。
「…」
「…」
これは…気まずいなんてもんじゃないぞ。
俺は女子と二人きりでいる状況が落ち着かないし、向こうはノーブラを見られて困惑してるだろう。
「これ、にわか雨ですよね」
空気が悪いから適当に話を振ってみる。
「…そうだと思います」
「えーと…学年は?」
「一年です」
「なんだ、同い年か」
「あ、そうなんだ……クラスは?」
「B組」
「そっか…セーターは洗濯して返すよ」
「いつでも構わないから」
「うん…ありがとう」
「…」
「…」
話が続かない。
「…虹だ」
徐に少女は空を指差す。
雨は止んでいないのに太陽が顔を覗かせ、割れた雲に虹の橋がかかっている。こんなに近くで虹を見るのは、生まれて初めてかもしれない。
「雨も小雨になって来たな」
太陽が顔を出せば雨もじきに止む。
「じゃあ俺は先に帰るぞ」
「あ、うん」
にわか雨に見舞われた放課後の一時。
その日が、俺と優雨が最初に出会った日だ。
※
あれからその女子、優雨とは何度も顔を合わせるようになった。
主に放課後の裏門で。
「よう、奇遇だな」
「帰宅時間が同じだし、裏門を使えば奇遇もないでしょ」
優雨はくすくすと笑う。
「じゃあ帰るか」
「うん」
俺たちは自然な流れで帰宅を共にする。
優雨も俺と同じ、裏門を登下校のルートにしていた。その理由については知らないし聞く気もない。何故なら俺が裏門を利用する理由を聞かれたくないからだ。
「今日は寄り道する?」
先に話を振ってきたのは優雨からだ。
「そうだな…今日は両親帰ってくるの遅いから、買い食いで済ませようかな」
「じゃあコンビニで食べ物買って、また晴翔の家でゲームしよう!」
「…それは構わないけど、そっちの親に連絡しとけよ」
「もうメールしたから大丈夫」
まだ知り合ってひと月しか経っていないのに、俺と優雨は家で一緒に遊ぶくらいの関係になっている。ゲームや漫画といった共通の趣味があったからすぐ仲良くなれた。
これは女子を苦手とする俺にとっては快挙である。もう女子に対する苦手意識は克服できたんじゃないか?
…と言いたいところだが、そんなことはない。
「からあげください」
優雨の食べる物は甘い物より肉食。
「お邪魔しまーす」
家で二人きりなのに警戒心ゼロ。
「晴翔、お茶は~?」
人の家でも遠慮しないし、スカートなのに胡坐をかく。
初めて会った時のノーブラといい、漫画やゲームの趣味といい…この優雨は女らしさが致命的に欠けている。こいつと仲良くなっても、苦手意識を克服したことにはならないだろう。
「はいはい、お茶な。じゃあ優雨はゲームの準備しててくれ」
「了解!」
「…」
でも変に女子女子していないからこそ、優雨は気の許せる相手だった。ただ…やっぱりこの警戒心のなさが気になる。
「今日は負けないぞ!」
俺がテレビの前に座ると、優雨は隣に座った。
この肩に触れそうで触れない距離感、開いたシャツから覗かせる胸の谷間、ほんのり香る女子の匂い、そしてこの二人きりというシチュエーション。
男として試されている気がする。
「お前…女なんだからもっと気を付けろよ」
今日はこれまで溜めてきた文句を言ってやろうという気分になった。
「胸のボタンにスカート。男と二人きりでそんな無防備だと危ないぞ」
「お、おお…ごめん」
「もっと女子としての危機感を持って、女らしくしろよな」
「…」
優雨は表情を曇らせる。
少し言い過ぎたか…
「…女らしいって」
テレビ画面に目を向けながら、優雨はぽつりと呟く。
「女らしいって、何なんだろう」
「…」
哲学的な話になってきたな…
いや、そもそもなんで俺は優雨に女らしさを強要しようとしてるんだ。女らしくないところに親近感を覚えていたんじゃないのか。
「悪い、今のは忘れてくれ。女らしくする必要なんてない」
「え?」
「優雨は優雨のままでいい…ただ、胸のボタンはしっかり留めてくれ」
「わ、わかった…」
優雨は思い詰めた表情で俯く。
思ったより女らしくない自分を気にしているのだろうか…俺もデリカシーが不足していたな。
※
時は流れて、夏休み。
俺は優雨と一緒に夏祭りへ行く約束をした。
待ち合わせ時間の三十分前、俺は約束の場所で優雨を待っている。女子を待たせるなんて間違っても許されないからな。
「おい」
しばらく待っていると、浴衣姿の優雨が現れた。
その表情はすごく不満げだ。
「お、ちゃんと浴衣を着てきたな」
「…晴翔がゲームに負けた罰で無理矢理着せたんだろ」
「似合ってんじゃん」
「嬉しくない…」
パシャ
「撮るなー!」
優雨は巾着を振り回して攻撃してくる。
どうやら優雨は女っぽい服が苦手らしく、私服はいつもズボンだった。だからこいつに浴衣を着せるのは苦労した。
「あ、綺麗な人がいる」
「ほんとだ可愛いー」
「でも男と一緒にいるぞ…」
周囲の人が優雨の浴衣姿に見惚れている。
やはり俺の目に狂いはなく優雨はそこそこ美人だ。女の子らしい衣服を着れば、その魅力はちゃんと輝く。
「ほら、いくぞ」
俺は優雨の手を取る。
「な、なんだよ」
「迷子と悪い虫対策」
「いらないだろ…そんなの」
不服そうな優雨だが、俺の手は振り払わなかった。
それから二人で夏祭りを回った。
優雨が向かう屋台は射的、イカ焼き、やきそばとやっぱり女子っぽくない。いや…女子でも普通に行く屋台ではあるんだけど、前の出来事からどうにも優雨の様子が気になってしまう。
一通り祭りを堪能した俺たちは、ベンチに座って一息つく。
「はぁー疲れた。足が痛い」
文句を言いつつも満足げに笑う優雨。
「後は花火を見るだけだな」
夏祭りは人が多いから苦手だったけど、優雨と一緒なら人混みなんて気にならないくらい楽しい。
「あれ?」
俺たちがベンチで休んでいると、見覚えのない女子グループがこちらに近付いてきた。
うわ…女子の集団ほど怖いものはないな。
「あ、やっぱり優雨だ」
その中の一人が優雨に声をかけた。
優雨の知り合いか…久しぶりの再会っぽいし、中学の友達かな。
「…!」
ずっと明るかった優雨の表情が、一気に暗くなる。
「あはは!なに女みたいな恰好してんの?ウケるんですけど~」
そいつが優雨を指差して下品に笑うと、それに合わせて取り巻きもアホみたいに騒ぎ出す。
…この女、俺の大嫌いな奴にそっくりだ。
「いくぞ」
優雨の手を取ってこの場から立ち去ろうとすると、その女は俺に目を付けた。
「もしかして優雨の彼氏?だったら騙されてるよ、何せそいつは…」
「黙ってろ」
俺は久しぶりに全力で相手を睨んだ。
これは小中学生の頃の話だけど、俺に睨まれた女子は100%泣く。俺の目つきが睨む時だけかなり悪くなるようで、そのせいで何度も先生に怒られたものだ。
「…!」
高校に上がっても俺の睨みは健在らしく、女子共は口を閉じた。
「ほら、いくぞ」
「あ…」
優雨の手を引っ張って足早にこの場を後にした。どこか人の少ない、落ち着ける場所はないだろうか。
「いたっ…!」
人混みを抜けたその時、手を引いていた優雨が辛そうに呻く。しまった、慣れない履物で足を痛めてたんだった。
「ごめん、大丈夫か?」
「だ、大丈夫…」
女子に配慮できない自分が情けない。
考えろ、この状況で俺が優雨にしてやれることを…!
「おぶるよ」
「え?いや…いいよ」
「いいから」
「…」
少し強く言うと、優雨は大人しく俺の背中に体を預けてくれる。
ドォォン!
優雨を背負ったタイミングで、空に花火が打ち上がった。
しかもかなりの絶景。人のいない道を選んでいたら、隠れた穴場スポットに辿り着いていたようだ。
「お、花火はちゃんと見られたな」
「………」
花火に見惚れているのか、さっきの出来事を気にしているのか、今の状況が気まずいのか、優雨は喋らない。
「あのさ…」
花火の終盤になって、優雨はようやく口を開く。
「聞かないの?さっきの連中のこと」
「別にどうでもいいよ」
「…」
花火は最後のフィナーレを迎える。
「―――――」
優雨が何か言ってた気がするけど、花火の音に紛れて聞こえなかった。
※
また時は流れ、季節は秋に変わる。
夏祭りの一件から俺と優雨の関係は少し変わった。今でも放課後に買い食いしたり、家でゲームをする関係は続いているけど…
「今日も家に来るか?」
「んー…どうしようかな」
前まで家に誘えば迷わずついてきたのに、最近は取りあえず悩んでいる。
「じゃあ今日はやめておくか」
「あ、いや…やっぱり行く」
悩んでも結局は誘いに乗ってくれるんだけど、妙によそよそしくなった気がする。やっぱり夏祭りの時、いろいろやらかしすぎたか…嫌われてなければいいけど。
そんな帰り道の途中、ポツポツと雨が降ってきた。
「またにわか雨か…」
予報では晴れなのに、どうも最近の天気は不安定だ。
そしてにわか雨は一気に激しくなる。
「いきなりこれかよ!」
「よく降るな~」
「呑気にしてないで急ぐぞ!」
どしゃぶりの中、俺と優雨は走って家を目指す。
「よし、着いた」
俺の家が近くてよかったが、制服はもうぐしょぐしょだ。まず優雨を洗面所に案内してタオルを手渡す。
…ちゃんとブラはしているな。
「はいよ」
「ありが……クシュンッ」
小さなくしゃみをする優雨。
今日は肌寒いから、このままだと風邪を引かせてしまう。
「昨日の湯が残ってるから、少し温まっていけよ」
「あ…うん」
「ほら、着替えは俺ので我慢しろ……ハクシュンッ!」
あー寒い。
優雨が出る前に着替えとかないと俺まで風邪を引きそうだ。
「……ねぇ、晴翔」
洗面所から出ようとすると、優雨に手を引かれる。
「一緒に入ろう」
…何言ってんだ、こいつ。
「ほら、晴翔もずぶ濡れだし…」
優雨は冗談を言っている雰囲気ではない。
いや…でもダメだろ、優雨と二人きりで混浴なんて。ノーブラを見るのとは訳が違うぞ。
「…」
俺が言葉を失っていると、優雨はいきなり服を脱ぎ出す。
「…!」
俺はすぐ目を瞑った。
「目、開けないと危ないぞ」
「いや、お前…!」
「先に入って…待ってるから」
「…」
目を開けると、優雨の制服だけが残されていた。
…逃げられない。
ここで逃げたら、俺たちの関係が終わってしまう気がしたからだ。
※
水の滴る音だけがお風呂場の密室に響き渡る。
「…」
「…」
俺と優雨は二人で向かい合いながら湯船に浸かっている。うちの風呂は一人で入るには十分な広さだが、二人で入るとかなり狭い。
「………」
目の前に裸の女の子がいる。
裸で見ると、やっぱり優雨はスタイルがいい。こんなものを見せられて理性を保てる男なんているのだろうか。
「それで、どういうつもりだ」
俺の言葉がお風呂場に反響する。
「さ、さあ…なんだろうね」
優雨は普段通りの調子を出そうとしているが、この状況はもう冗談では済まされない。
「男の前で裸を晒してるんだ、覚悟は出来てるんだろうな」
俺は優雨の胸に向けて手を伸ばした。
「!」
今更怖くなったのか優雨は体を震わせる。
もちろん触れるつもりはない、寸前で手を止めた。これで少しは男の怖さを思い知っただろう。
「…っ!」
手を引っ込めようとしたら、優雨は俺の手を掴み自分の胸に押し付けてきた。柔らかい感触が手のひらを満たし、優雨の鼓動を強く感じる。
…いったい何が優雨をそうさせるのか。
こんな状況なのに、優雨が心配で自分でも驚くほど冷静でいられる。
「本当にどうしたんだ?最近、様子が変だぞ」
「…」
「前の夏祭りで会った奴らが関係しているのか?」
「…」
質問しても優雨は俯いたまま返事がない。
「……実は」
しばらく沈黙が続くと、優雨は口を開く。
「実は……俺、男なんだ」
優雨の言っている意味が分からなかった。
「はい?」
「男なんだ」
「…」
俺は湯船の中に目を落とす。
優雨の下半身には男を象徴するものが付いていない。
ならこの豊満な胸はどうだ。
今も胸に押し付けられている手で、優雨の胸を優しく撫でてみた。
「あ…」
繊細な部分を刺激すると優雨が反応を見せる。やっぱり偽物ではない、本物だ。
「む、胸はもういいだろ!」
声を漏らしたのが恥ずかしかったのか、手を弾かれてしまった。
名残惜しい……じゃなくて。
「どういうことだ…?」
俺は改めて優雨に説明を求めた。
「詳しく話す前に…もう風呂から出よう。頭がくらくらしてきた」
気付けば優雨の顔は真っ赤になっている。
俺もいろいろあって、のぼせてきた。
※
性転換症候群。
それは性別が変わってしまう病気…らしい。
俺はそれなりの教養を得ているが、そんな病気は聞いたことがない。ネットで検索しても性別が変わってしまう病気なんて一つも見つからなかった。だが目の前にいる優雨は、その性転換症候群にかかった元男だという。
「これ、証拠の障害者手帳」
優雨がテーブルの上に青い手帳を置く。
「性転換症候群は世界でも数人しか発病が確認されていない、謎が多い病気なんだ。分かっていることは一つ…俺はもう男に戻れないってことだけ」
優雨は静かに自分の身の上を語り始める。
「女になったのは中学の頃だった。一週間高熱で苦しんで、目が覚めたら女になってた。いきなり女になってかなり動転したけど、両親のおかげで何とか落ち着いていられた」
俺は温かいお茶を入れながら優雨の話を黙って聞いた。
「親は女になった俺を受け入れてくれたけど、学校は違った。友達からは距離を置かれ、クラスの女子からは軽蔑され、面識のない男子からは元男ならいいだろって…俺の体を触りにくる」
嫌な思い出だったのだろう、優雨は辛そうに続ける。
「夏祭りで声をかけてきた女子がいただろ…あいつ、俺のことが異性として好きだったんだ。でも俺が女に変わったら手のひらを返して、イジメの対象にしたんだ」
「…」
あの女の言っていたことはそういうことか…じゃあ全てを知った上で、障害を持った優雨を指差さして笑ってたのか。女子と一括りにしたくないレベルの怪物だな。
「医者からこんな前例を聞かされた…体が女性になれば、精神が引っ張られて女性の心に変わっていくって。だからこれからは女として生きていけって言われた。でも当時の俺は女になることを認めたくなかった」
自分の膨らんだ胸を憎らしげに睨む優雨。
「女らしい下着や服もやだ、女みたいな喋り方もやだ、俺はとにかく女であることを否定していた」
それで最初に会った時、ノーブラだったのか。
「地元に居場所がなくなった俺は、遠くの高校に入学した。知り合いのいないクラスは気楽でいいけど、誰も事情を知らないからみんな俺を女として扱う」
「そりゃそうだろ、しかもお前は美人だし」
「んん…!」
急に優雨は咳き込む。
やはり風邪を引かせてしまったか。
「でも俺は女扱いされるのが嫌なんだ!だから…クラスとの関わりも避けるようになった」
「それで裏門を利用してたのか」
「うん…そこで、晴翔と出会った」
辛そうだった優雨の表情が和らぐ。
「晴翔と遊んでいる間、俺は男でいられた。女らしくしなくていいって言ってくれたし、やっぱり男と一緒の方が落ち着いてさ」
「わかるよ、男同士は気楽だもんな」
「でも…ずっと変だった」
「変?」
「晴翔も俺を女として気にかけてくるけど、不思議と嫌な気持ちにならなかった……その変な気持ちは日に日に強くなっていった」
そう言って優雨は胸を強く握りしめる。
「夏祭りの後にはもう、晴翔のことで頭がいっぱいになってた。晴翔の隣にいたい、ずっと話していたい、特別に思われたい。教室で女子に囲まれる晴翔を見て………すっごくモヤモヤした」
「それって…」
「認めたくなかったけど…自分の中に女があることを痛感したよ」
優雨の顔がまた仄かに赤くなる。
風邪のせい…ではないよな。
「それで晴翔に本当の性別を騙している関係が嫌になって、全部話さないとって思った。でも男だと知られて嫌われたくなかったから…まず裸を見せた」
「…」
つまり優雨は、自分のことを女として見てほしいから裸を晒したのか?
「そんなことしても男だった過去は消えないのに…馬鹿だよね」
優雨の声が震えていた。
これが優雨の抱えている苦悩。
予想外の真実に脳の整理が追い付かないけど、考えるのは後にしよう。今すべきことは優雨を安心させてやることだ。
俺は温かいお茶を優雨の前に置く。
「裸なんて見せなくても、俺の知ってる優雨はずっと女の子だ。急に知らない過去の話をされても俺の中の認識は変わらないよ」
前は男だったとしても俺の中の優雨に対する想いは変わらない、それだけはハッキリしていた。
「え…俺は元男なんだぞ?ガッカリしたり、気持ち悪いって思わないのか?」
優雨は不安げに俺を見つめる。
「まったく思わない」
「……晴翔は優しいな」
そう言って寂しそうに微笑んだ。
性別が変わってから心を開ける人に出会えなかったからだろう、俺の言葉を信じることが出来ないようだ。
だったら全力で想いを伝えてやる。
「嘘じゃないぞ。むしろお前の本心を知れて、もっと優雨のことが好きになった」
「え…は、はぁ!?」
「信じられないなら証明してやるよ」
俺は優雨の隣に腰かけ、その震える体を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
優雨は腕の中で顔を真っ赤にしながら抵抗する。
「なんだよ」
「だってダメだろ…」
「ダメ?おかしいな…両思いだと思ってたのに」
「いや…そりゃ晴翔のことは大好きだけど、俺は元男だぞ!」
「それはもういいって」
「それに好きになったからって、俺の中にはまだ男としての考え方がっ」
俺は優雨の口を自分の口で塞いだ。
「なら今ここで、心から女になれ」
「…」
まだ葛藤しているのか、優雨は体を強張らせている。
俺は黙って答えを待った。
「………わかったよ」
そして優雨は諦めたように肩の力を抜いた。
「なるよ、晴翔の女に」
今度は優雨から俺を求めてくる。
※
それから俺たちは、何度もお互いの想いを伝え合った。
「…雨、止んだな」
いつの間にか窓から日が差している。
優雨は立ち上がり窓の外を覗く。
「また虹が出てるぞ!」
虹を背後に笑顔を浮かべる優雨は、誰が何と言おうとも可愛い女の子だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!