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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

PEACE BOY!

作者: 嶌江タツキ




 道路標識があくびをするくらいの、のどかな朝だった。


 七分咲きの桜が穏やかな風と踊って、新入生を歓迎するような春の日。


 ポケットに両手を突っ込んで、桜の花びらを頭の上に乗っけて、ブレザー姿の青年は川沿いの道を歩く。


 昨晩夜更かしでもしていたのだろう、彼は目の下にくっきりと(くま)を作っていた。

 見れば明らかに気怠そうである。黒い長髪を寝癖でボサボサにして、制服姿より寝巻きの方が似合いそうな風貌。春の陽気が差し引きゼロになるくらいの陰気なオーラに、横を通り過ぎる二人組女子生徒が訝しげな視線を投げかける。


 青年はそれをまるで意に介さない。頭の中にあるのは途中で寝落ちしてエンディングを迎えられてないゲームのことだけ。

 女子生徒から聞こえてきた「入学式」というイベントなんて、朝のニュースに引っ付いていた星座占いの内訳くらいどうでもよかった。


「はぁああ〜〜……」


 大きなため息を吐く。少し早く生まれただけの癖にやたら偉そうな態度をとってくる輩が減って喜んでたはずなのに、今度は扱いに困る生意気な奴らが現れたという事実に気分が重くなる。差し引きマイナスである。


 青年は極端な猫背になって緩やかなカーブの道をとぼとぼと歩く。少しすると、カーブの先で先程追い抜いていった女子生徒が突っ立っているのが見えた。


 こんな所で油売ってたら遅刻するぞ、などと心の中で自らの事を棚に上げながら、しかし、まるで雛鳥のように手足を活発に動かして歩く少女が急にぴたりと動くのをやめてしまった原因が少し気になって、彼女らの視線の先に目をやる。


 そこには、マッチョがいた。


 その表現には語弊があったかもしれない。確かにシルエットはマッチョとしか言いようが無かった。異様な程隆起した全身の筋肉と二メートルを超える長身という条件は、海外のトップボディビルダーくらいじゃないと当てはまらないだろう。


 しかし、”彼”は全身が赤色だった。

 ここまでなら全身タイツの変態でギリギリ通るかもしれない。

 だが、違う。

 十数メートル先に佇む”彼”には、いや”化け物”には角があった。もっと言えばこちらに向けた顔は、一つ目で、耳まで裂けた口を持っていた。


「目標ヲ確認」


 成る程、これには雛鳥も立ち止まるかもしれない。


 圧倒的な瞬発力と膂力で十数メートルの距離を瞬時に埋めた化け物を見上げて、青年はそう思った。


 後頭部への強い衝撃と破裂音。青年の意識は途絶えた。



 ——鬼。


 太古より恐れられてきた伝説上の存在。様々な文献においてその名は語られており、時には「恐ろしさ」「力強さ」を象徴する怪物として、時には山を領域とする信仰の対象として描かれる。

 その力はまさに天災そのもの。選ばれた勇者が毒や奇策を以って辛うじて対処してきた、人智の及ばぬ天敵。


 それが、鬼。平和な通学路に大きな影を落とす化け物の名。


 鬼は己の拳を握りしめて、目の前にできた即興のクレーターを見下ろす。青年の首から上はアスファルトにめり込み、身体はピクリとも動かない。その命が絶たれたことを疑う者はいなかった。


 緩慢な動作で振り返る。もはや目的は果たした。後は震えて声も出せない哀れな目撃者を二匹ほど潰すだけ。


 聞けば若い女の肉は美味という。悲願を達成したのだから多少の自由は許されるだろう。鬼は裂けた口を愉悦に歪め、その電信柱のような脚で一歩を踏み出す。


「まあ、待てよ」


 肩に置かれた手。人のものだ。


 忌々しげに振り向いて、鬼の動きが止まる。一つしかない巨大な目が見開かれる。


 肩がひしゃげる程の万力のような力と、その手の持ち主に。


「人サマを殴っといて知らんフリは、通らねえよなあ?」


 青年は、低く笑う。



 ——鬼を、僅かな従者と共に絶滅させた男がいた。


 あろうことか鬼の総本山に乗り込み、その軍勢に対して無双に次ぐ無双、ちぎっては投げの大立ち回りを演じた挙句、五体満足、従者を一人も欠かすことなく生還した真の化け物。

 その名は、桃太郎。現代に至るまで語り継がれる、前人未到の英雄譚。


 鬼は渾身の力で青年の手を振り解く。地面を蹴って距離を取る。驚愕と焦燥、そして怒りに顔のパーツをぐしゃぐしゃにして青年を睨みつけた。


「痛えな。口ん中切れちゃったじゃねえか」


 舐めていた。何事もなかったように首を鳴らす青年を前に、鬼は自らの認識の甘さに気付く。使い物にならなくなった左肩が「奴は危険だ」と五月蝿いアラートを鳴らす。


 撤退  or  戦闘


 突き付けられた二択。歴戦の鬼はコンマ数秒の間に結論を弾き出す。


 咆哮と共に鬼が再び地面を蹴った。先程よりも深く、強く。足元のアスファルトが砕け散り、鬼は推定重量三百キログラムと弾丸となる。


 襲いくる亜音速の脅威に、しかし、青年はただ立っていた。朝の目覚ましを後頭部に受けたお陰で、先程より少し晴れやかな顔で、その目を爛々と輝かせて。


 ノックをするようだった。


 突き出された拳。それが鬼の胸の辺りと接すると同時に、衝撃の波が彼の身体を包み、次の瞬間には巨大な風穴が空いていた。


「ァ"……?」


 暴風を受け、川が波打ち、桜が舞い上がる。支えを失った鬼の首が、音も無く地面に落ちた。


 訪れた静寂。肩に乗った花びらを払って、青年は小さく笑う。


「鬼は外、ってな」


 彼の名は桃井(もものい)千太郎せんたろう。高校二年生。帰宅部彼女無し、友達少なめ。


 かの伝説、桃太郎の末裔にて、鬼を殺す者。




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