いつかはああ死にたい
私の知っている人が死んだ。
銃で撃たれたらしい。
犯人の動機はまだよく分かっていない。
私がその事件を知ったのは、死にたくなるような仕事の昼休憩時間であったと記憶している。
そのニュースは突然スマホに飛び込んできた。
初めはフェイクニュースの類だと思った。
しかし、そのニュースの発信元の知名度の高さがその事件の真実性を物語っていた。
私は普段ゲームの実況とかしか見ないから、普段は政治家の情報みたいなものはAIが勝手に切り捨ててくれているはずである。それにも関わらず、しばらくするとスマホの中はそのニュースで一杯になった。そのことが、事件がいかに衝撃的なものであるかを物語っているように思えた。
18時ごろになるとまた休憩時間がもらえた。珍しいこともあるものだ。私はスマホの中を除く。知っている人の死が報じられた。今度はフェイクニュースである可能性をほとんど疑わなかった。
今度は、知っている人の冥福を祈る言葉や、哀悼の念、犯人への憎悪などでスマホの中は一杯になった。そのせいもあって、私は貴重な休憩時間を政治家の動画で過ごす羽目になった。
政治に関心のない私ですら知っている顔ぶれが、今回の事件についてコメントしていた。
「このような行為は民主主義の根幹を揺るがす蛮行であり、断じて許してはならない。亡くなられた [知っている人の名前] には心より哀悼の意を表する」
ほとんどの人が大体このようにコメントしていた。本音では色々思うところがあるにも関わらず、模範的な受け答えをしようとする彼らを少し気の毒にも思った。
しばらくすると、海外からのコメントが流れてきた。米国の野蛮人や、英国の暴れん坊、中国の独裁者、北国のテロリストまで似たようなコメントをしている。人の心があるか分からない彼らが、まるで心を一つにしたようで、少し面白かった。
日を跨いだところで、また休憩時間がもらえた。スマホの中はまだ事件のことで溢れている。
適当につけた動画では事件に関する様々な議論の最中であった。テーマの中心は徐々に警備の甘さに関するものに移動していた。知らない顔だけど、社会的地位の高そうな人があれやこれやと言っていた。
もっと警備を強化しておくべきだったのでは?
聴衆には事前に手荷物検査をするべきだったのでは?
SPはちゃんと警戒していたのか?
よく分からなかったけど、なんとなく的外れな議論をしている印象だけはひしひしと感じた。
ここら辺の時間になると犯人の動機についてもちょくちょく報道され始めた。
報道された動機は、犯人の証言に基づいたもののはずなのに、なぜかリアリティーを感じなかった。どこか取ってつけたような印象を与えた。ただ単に殺しかっただけで、それらしい理由を後から付け加えただけの印象を受けた。
この日私は珍しく眠ることができた。
そのときにこんな夢を見た。
私が銃に撃たれる夢だ。
撃たれても痛くなかったから、夢であることにはすぐ気づけた。
私の魂は肉体を離れ、すると世界中の様子が見れるようになる。
世界中が私の死を報じていた。
皆が私の死を嘆いていた。
私を肯定的に思う人も、否定的に思う人も等しく私の死に心を痛めていた。
私はこのように死ねたらどれだけ幸せだろうと思った。
そして、いつかはああ死にたい、とそう思った。
「いつまで寝てるんだ!」
上司の怒号が鳴り響く。私の幸せな夢はそこで終わり、今日も死にたくなる仕事が始まる。時刻は午前5時だ。
私は返事をして、床から起き上がる。
ふと、この上司を撃ち殺してみたらどうなるのかを考える。
こんなクソヤローでも世界中が嘆いてしまうのだろうか?
そんなことを考えると、急に殺意も冷め、私はいつもの日常に戻るのであった。