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ヒト違い

作者: 深夜翔

迷子探し


「おーい!ハナー?どこ行ったー?」

深い森の奥に、一人の男が叫んでいる。

「ハナー?逃げないでー」

どうやら、逃げ出した何かを追っているようだ。

男の手には懐中電灯、真夏なのに黒い上着と帽子を被っているのは、初めから森の中に入る事を想定していたのか。

最近では珍しい昆虫を求めて森の探索をする奴らもいる。その途中でペットか何かに逃げられた、それが一番可能性がある話だ。

「ハナ……何処に行ったんだ?」

男は随分長い間探していたのだろう。

足は泥だらけで、表情からは濃い疲労が見受けられる。しかし、歩だけは止めることなく森の奥に入っていった。まるで、何かに引き寄せられるように。

「……なんだ…ここ」

こうして歩き続け、見つけたのは大きな館だった。

森の洋館。

そう呼ぶに相応しい立派な館は、完全に森の一部に溶け込んでいて、近づくまでその存在に気が付かない事にも納得出来る。

何せ、もう何年も人が住んでいないだろうと思われるボロボロの外観に、ドアも無造作に開き放たれていた。

「まさか…この中に?」

さすがの男も恐ろしさを感じる。

一瞬その歩みを止めた。

塀越しに中を覗くと、案外綺麗な庭で、多数の植物が風に揺られて動いていた。中央の噴水は枯れ、どこの明かりも付いていない。

「廃墟……か?」

人がいなさそうな事を確認した男は、捜索のためその庭に侵入し、開いていた扉を潜って建物内に入った。

「大きいな。こんなところに来てないと良いが。怪我でもしてたら大変だ」

広い廊下を歩く。

心配しているのは、少女の身の危険か。

それとも少女の身体の方か。

左右に伸びた廊下。

男は端の部屋からしらみ潰しに探して行くようだ。

しかし、この館は3階建て。

部屋も1階事に数十部屋。

どう考えても時間がかかりすぎる。

「ん?開かない…」

廊下の端までたどり着き、扉を開けようとしたが、何かがつっかえていて開かない。男は不思議そうにそこから離れ、次の扉を押し込む。すると、こちらは簡単に開いた。扉を押すこと自体は間違っていないらしい。

開けた扉の先は、大きな食堂になっていた。

横に長い部屋の中央には、これまた横に長いテーブル。椅子は等間隔に並べられ、全部で15。

一つだけ縦側に置かれているのは、この館の主が座る為のものか。

テーブルクロスのかかったテーブルの下を覗く男。

「暗いな。懐中電灯付けてても見えにくい」

手元の明かりで奥まで続くテーブル下を、満遍なく確認した。

「ちっ、蜘蛛の巣がすごい。この部屋には来てないか」

鬱陶しそうに下から這い出ると、もう一度辺りを見渡して部屋から出た。

その先三つの部屋は先程の食堂に繋がる扉。

更にその先の扉に手をかける。

「……鍵?」

何かが引っかかる感じではない。

ドアノブを確認した男は、そこにあった鍵穴を見て納得。さすがに鍵のかかった部屋には入らないだろうと、そのままその前を素通りした。

その後、男は1階の部屋を全て見て回ったが、半分は鍵がかかっており、それ以外は特になんの変哲もないただの一室にでしかなかった。

誰かが入ったと言う形跡も無い。

一通り見た男は、入口の目の前にあった階段を上がり二階へ移動した。

「ハナー?いるのかー?…って、酷いなこの階は」

二階は一階よりも埃まみれで、窓ガラスが割れていたり、ところどころに腐って抜け駆けている足場がある。

「ここは危険だ……ん?」

そこで男は、割れて落ちている窓ガラスの1箇所を見て違和感を覚えた。

「…この割れ方……」

それは、単に割れて落ちた以上の砕け方をしていた。

まるで、落ちた後、何かが上を通り砕けたかのような不自然な割れ方。

「ここに来たのか……」

ようやく見つけたそれらしい痕跡。

階段を登ったすぐの窓ガラス。

どちらに行ったのかまでは分からなかったが、誰かが来たという証拠にはなる。

男にはそれだけで捜索を続ける理由になった。

どこも一階と比べて酷い有様で、男は不安を募らせる。彼女がもしも怪我でもしていたら…と。

奥に行くのには時間がかかると考えた男は、一番手前の扉が半分壊れている部屋に入った。

中は一階同様客室のような、ただの一室といった様相。あちこちがボロボロである以外の変化は無いように見えた。

「ここにもいないか…」

そう呟いて戻ろうとした時。

ガタッ

奥の方で物音がした気がした。

慌てて振り返った男は、大きな声で叫んだ。

「ハナっ?!そこか?そこにいるのか!!」

足元のガラスや腐った足場を気にかけてゆっくりと近づく。

そうしてクローゼットの取っ手に手をかけた時。

ガシャンッッ

先程よりも大きな音が一つ上の階から聞こえてきた。

皿の入ったタンスが倒れたような轟音。

「上かっ」

焦りを含んだ声を発し、男は急ぎ上の階へと向かった。

男が出て行った後の事。

ギギギギ………

男が開けなかったクローゼットが、重い音をたてて開いていた。


もう一人


「はぁ……はぁ…はぁ」

私は広く薄暗い森の中を走っていた。

なんでこんな事になったのか。

どうしてここにいるのか。

深く考える時間も無く、ただ無我夢中で走っていた。

私の中にある、恐怖に従って。

あれに捕まったら死ぬ。

本能がそう告げていた。

薄暗い森の中を一人、知らない誰かに追いかけられて、私はほとんど意識のないまま走り続けた。

怖い。

逃げなきゃ。

嫌だ。

死にたく…ない………


あれからどれだけの時間走り続けて居たのだろう。

気がつくとかなり奥の方まで来ていたみたい。

「あ…れ?」

突然森が開けた場所に出て、踏み込んだ足の違和感に顔を上げた。

今までの柔らかく歩きにくい森の地面では無い、固く舗装された人が通るための道。

そして、目の前に凛と構えた大きな門。

「大きな館…」

整備され、見るからにお金持ちが住んでいそうな館が森の奥に建っている。不思議に思いその門に近づくと、ギギギギ……とひとりでに門が開いた。

私を招いている…?

その時、ハッと思い出し、慌てて後ろを振り返る。

私は追われている。こんな所で止まっていてはいけない。

思い切ってその門を通り中へと入る。

綺麗な花が咲いたお庭。噴水には澄んだ水が流れている。とても丁寧に育てられたんだろう。風に揺られる花たちは、どれも綺麗に咲き誇っている。

まっすぐ歩いていくと、館の入口があり、無造作に……というかわざとなのか、その扉が開いていた。

辺りには誰もいない。

さすがに黙って入るのは躊躇われる。

「ご、ごめんくださーい……」

扉まで近づいて呼びかけてみる。

反応はない。

ゆっくり顔を出して中を覗く。

誰かがいる様子はない。

けれど、門を開けたと言うことは、私が入って来る所は見ていたはず。入ってもいい……ってこと?

恐る恐る警戒して進む。

立派な館にはたくさんの部屋があり、廊下も見たことの無い高そうな装飾が施されていた。

「すみませーん……誰か」

呼びかけても返事は無い。

このままだと不法侵入になりかねない。

私は左側の一番近くにあった扉をノックしてみた。

「………」

反応はない。ノブを回してみる。

……開かない。鍵が掛かっている見たい。

他の部屋もいくつか調べてみる。

…やっぱり開かない。

全部調べてみてもいいけど、ここまで物音を立てても反応が無いのであれば、こちらの部屋には誰もいないのかもしれない。

多分、反対側の通路も同じなんだろう。

一応数箇所ノブを捻る。

「わっ、回った……」

今までは鍵か何かで開かなかった扉。

ほんの数ミリ動く様子を見せた。

しかし、何かが突っ変えているようで扉はそこから先には進まない。

「鍵が無い部屋もあるんだ…」

その事実を知り、その隣も確かめる。

すると、ここは何事も無く普通に開いてしまった。

不安になりながらゆっくりと入ると、そこは大きく長いテーブルと、等間隔に置かれた椅子がある、広く横長の部屋。

「食堂かな」

白いテーブルクロスは漫画でしか見た事がない。

やっぱりお金持ちの家?

テーブルの下になら隠れられそうではある。

けど、もしもあれがこの館に来てしまったら、こんな場所、簡単に見つかってしまう。

急いで一階には隠れる場所も人もいなかったので、少し急ぐように二階に駆け上がった。

二階もほとんど変わらず、同じような部屋の配置。

またほとんど開かない部屋ばかりなんだろうか。

違う点があるとすれば、廊下の一番奥。

一階には部屋があった筈なのに、謎の空間になっている。ここからだとよく分からないけれど、もしかしたら奥に続く通路なのかもしれない。

確認のために私は廊下の端まで歩く。

窓の外は不気味なほど暗く、森の木々が呪いのようにザワザワと揺れている。

あれは、まだ来ていないんだろうか。

それとも逃げ切ったんだろうか。

不安になりながら端の空間に辿り着いた。

「ひ、広い…」

それは隣の館へと続く連絡通路。

窓が無いからか外よりも真っ暗で、反対側のあかり以外は何も見えない。

ここに連絡通路があるということは、別館があるのだ。

相当な広さの館。

「あっちは後で……」

この館の人を探すため、来た道を戻る。

少し足早になって廊下を歩く。

ずっと独りだ。不安が恐怖に変わっていく。

その時。

私の視界の隅に映ったものを見て、私は発狂しそうになって慌てて自分の口を塞ぐ。

(やっぱり、やっぱり追ってきてたっ)

それは私が逃げてきた者。

恐怖がぶり返す。

足が震える。

(隠れなきゃ)

逃げるにしても、一階に居られてはここから降りる事は出来ない。慌てて一番近くの部屋に入ろうと動いた。

「…?」

その時、足で何か固いものを踏んだ感触があった。

しかし、足元を見ても何も無い。

しっかり確認している時間は無かった私は、気の所為だと思い扉のノブを捻った。

(開いた…)

少し安心して中に進むと、そこは客室のような家具の揃った一室だった。扉を閉め、扉の外の音に聞き耳を立てる。無闇に動いて音は出せない。

しばらく緊張状態のまま、扉に耳を当てて止まっていた。すると、

「〇〇ー?いるのかー?…って、酷いなこの階は」

嫌な声が聞こえた。

背中が震えるのを感じる。

か、隠れなきゃ…でも何処に?もうこの部屋からは出られない。隠れられそうな場所は…。

部屋中を見渡して、唯一隠れられそうなクローゼットを見つけた。

私は急いでそこに入り扉を閉める。

口元を手で塞いで、息を殺す。

心臓の音がやけにうるさく動いている。

ギギィ……。

私が入ってきた時よりも重く汚い音で扉が開いた。

扉は壊れていなかったはず。

別の場所に入口があったのか。

そんなことまで考えている余裕は、今の私には無かった。

鼓動が早くなり、嫌な汗が垂れる。

「ここにもいないか…」

そう呟くのが聞こえた。

私は少し安心し、ほっと肩をなでおろす。

しかし、それはまだ早計だった。下手に気を抜いた所為で、クローゼットの中でバランスを崩し、支えていた手がクローゼットの壁を叩いてしまう。

ガタッ

「ハナっ?!そこか?そこにいるのか!!」

その音は、しっかりと男の耳に入ってしまう。

(ど、どうしよう…死にたくない……嫌だ)

足音が近づく。

心臓は破裂しそうなほどの鼓動を繰り返す。

男の手がクローゼットの取っ手に触れる。

もうダメだ。また…私は捕まる…。今度こそ…し

その時。

ガシャンッッ

ものすごく大きな音が、真上の天井で響く。

何かが倒れた音みたい。

「上かっ」

男は握った手を離すと、少し動揺した声を発して部屋を出ていった。

「はぁ……はぁ…」

私はしばらくその場を動けなかった。

恐怖で震えた足と、息が詰まった喉を落ち着かせるため。けれど同時に、早くここから出なければと焦る気持ちが募る。

呼吸を整えて、無理やりに足を動かして、何とかそこから這いでると一目散に館の出口を目指した。

音だけは立てないよう、慎重に。

階段を駆け下りて、目の前の扉を強く握る。

「っ…!あ、あかない?!なんで?どうして?」

入ってきたはずの扉は、何故か鍵がかかっていて開かない。まるでここから逃がさないと塞いでいるかのよう。

「そんなっ……」

しかし、ここに留まることは出来ない。

(か、鍵!鍵を見つければっ)

何とかここから脱出しなければ。

鍵を探すことに決めた私は、三階を探すために男をどうやってやり過ごすかを考えるのだった。


追う者


「………」

男はその部屋を眺めている。

無造作に倒れたままの家具類。

音の原因である巨大な収納棚。

そこはたくさんの物がしまわれていた、物置のような場所だった。割れた皿の破片は、無惨にも一つの人形の額に突き刺さっている。

男の心境は如何なものか。

探すものがもしも同じようになっていたら。

そんな恐怖が男の中をぐるぐるとしている。

無事である事を祈りつつ、その部屋の物色を始めた。倒れた棚の下、放置された机やクローゼット。

使われていない小物入れまで、手がかりになりそうな物を端から確認していく。

男はその部屋に数十分いただろう。

さすがに居ないと、部屋を出て行こうと考えていた時にそれを見つけた。

「鍵…だ」

101と表記された新品の鍵。

明らかにこの館のものとは思えない。

しかし、確かに先程、一階の101は開かない部屋だった。

(鍵のかかった部屋にいるはずは無い…よな)

何かの間違いで入っていたら。

男は念の為にその鍵を拝借すると、その部屋から出た。そのまま三階の探索を続けるようだ。

三階には今の物置と残り二部屋にトイレ。

他の階と比べると随分扉が少ない。

こちら側にはトイレだけであるため、男は反対側の二部屋に向かう。同じくボロボロで歩きにくい廊下は、しかし、2階と違い窓ガラスが割れていないため、多少まともに歩く事ができる。

腐った床を踏み抜かないようにして、二部屋のうちの手前側の扉まで来た。

ドアノブに手をかけて、そっと回す。

………

開かない。鍵穴がついている以上、探すならまずは鍵を見つけなければいけないようだ。

もう一つの部屋も確認するも、こちらも同様に開きはしなかった。

「この階は来てない……いや、内側から鍵をかけているかも知れないか」

男はそう予想して鍵を探す事に。

最も怪しいのは物置だが、あの部屋ばかり探しても見つかりそうにない。

そう考えた男は、持っている鍵を使うために一階に降りることにした。階段を使い下まで移動する。

腐ってギシギシと音を立てる階段を、なんの躊躇いもなく。

「101……こっちだったか」

先程食堂があったのは左。

持っている鍵がこちらで使えるのか。

若干の怪しさが残るもその鍵を鍵穴に差し込む。

穴の中まで錆び付いているようで、奥まで上手く入らない。しばらくガチャガチャしていると、何とか鍵が入り、扉は開いた。ここの鍵で間違いは無かった。

錆び付いた扉を強く押し中に入ると、他の部屋とは違い真っ暗な部屋。この部屋だけ窓がない。

男は懐中電灯でよく照らして中を調べる。

置いある家具自体は他の部屋と大差ない。

違うのは、入口に置かれた明るい色の…壺。

しかし、その明るさも、描かれた模様の気味悪さで雰囲気は最悪だ。まるでこの部屋の使用者を見張っているように感じる。

せめて鍵が無いかだけでも確認したいと、男はその部屋を物色し始める。探し始めてすぐ、男は気になるものを一つ発見した。

それは、用意された机の引き出しに、布でくるめられた一冊の手帳だった。

男はそれを手に取ると、躊躇いもなくそれを開く。

中は誰かの日記のようだ。


『○月×日

今日は例の取引の為にこの館を訪れた。

町の住民からは薄気味悪いと噂されていたが、中は随分綺麗なものだ。庭も手入れが行き届いていて、部屋の掃除もしっかりと成されている。

一つ不思議なのは、部屋に置かれた明るい色の壺。

異様な不気味さを感じる。まるで見られているような…。

いや、そんな事はどうでもいいか。

今は取引を成功させる事だけ考えていよう』

『○月×日

予想以上に取引に手間取っている。

館の主は取引をなかなか認めてくれない。

それどころか、数十分に一度席を空けるために話し合いがスムーズに進まない。

わざとやっているのか…?

いずれにせよ取引を終えるまでは戻れない。

そういえば、少し気になることがあった。この館に来た時から、主以外と全く出会わない。まさか、この巨大な館に一人で住んでいると言うのか…』

『○月×日

まずいことになった。

やはりこの館は来てはいけなかった。

"廃洋館の魔物"

そう書かれた本を見つけた。それはこの館の真理に基づくものだ。"館は人を欲している"、"主に人を集めさせている"。

通りでこの館には人がいないわけだ。

早くここから逃げなければ…

今日の夜には出ていこう』

『…しくじった。

まさか見つかるとは思わなかった。

俺は今、部屋に捕らえられている。もう時期館の化け物に喰われてしまうのだろう。

最後に俺に出来ることは、次に来た奴に逃げるよう伝えることだけ……

この日記を見つからないよう机の中に入れておく

これを読んでいる奴がいたら…今すぐ逃げてくれ』


日記はそこで途切れている。

相当古い物のようで、全て読めたのが奇跡。

「…人を喰う?」

男はその内容の有り得ない内容に頭を悩ませる。到底事実とは思えない。

が、ここまで隠しておいて嘘とも思えない。

「この館、綺麗でも無いしな」

そもそもいつの話なのかも分からない。

日記には綺麗な部屋と書かれている。

今のこの館には、そんな様子は微塵も感じない。

館の主もさすがに死んでいるに違いない。

そもそも、男の目的は探しもの

どの道、見つけるまでは出られない。

日記を元の場所に戻そうとして、男はさらに奥に光る何かを見つけた。手を突っ込んで取り出す。

それは目的の鍵だった。

表記は主の部屋。

「主の部屋……?そんな場所あったか…」

この館のほとんどはボロボロのため、扉の前に書かれていた表記や看板は読めなくなっているものが多い。

しらみ潰しに調べるしか無い。

(待てよ…主の部屋が客室と同じ大きさって事は考えにくい。って事は三階か?)

三階は、他の階層と同じ長さの割に、部屋は左右合わせても3部屋+トイレ。

一部屋が大きいという予想は当たっている。

男はもう一度三階に行くため、鍵を拝借してその部屋を出た。

その暗い部屋は何事も無かったかのように静まり返り、壺は扉を見つめて笑っていた。


逃げる者


私は二階をさまよっていた。

男の気配が未だ三階からする。

先程と同じ部屋に待機して、男が移動するのを待つ。

よく見るとこの部屋は薄気味悪い。

感じたことの無い違和感。

まるで、本来の形とは違うような…そんな感覚。

(使われていた一室だよね……クローゼットの中は何も入っていなかったけど)

私やあいつがこれだけ移動しているのに、誰一人として出会わない。もしかして…この館には誰もいないのかも。

で、でも…館に入る時に扉は勝手に開いた。

(まさか、幽霊屋敷…)

そう気づいても遅い。

今更ここに入ってしまったことに、少し後悔する。

私は床に座って考えるのを辞めた。

今はあいつに捕まらない事だけを考える。

耳は階段の方に意識しながら、何気なく辺りを見渡してみる。薄暗い事も相まって、分からない違和感が不気味さへと変わっていく。早くここから出たい。

その時、タンスの下に何かが落ちている事に気がついた。

ゆっくりと近づいて手に取った。

「鍵だ…!」

出られるかと思ったものの、鍵には小さく208と表記されていた。出口の鍵では無かった。

私はがっくりと肩を落とす。

けど、目的が出来た。

このままここで待っていても埒が明かない。

私はなけなしの勇気をだして、208を探すことに。

ゆっくりと扉を開けて、男がいないことを確認する。一番端の208までは、こうしてみると距離があるように見える。廊下の途中には隠れられる場所はない。

私は少し早足になって廊下を進んだ。

何度か振り返ったものの、あいつが二階に来ることも無く208に辿り着いた。持っていた鍵を鍵穴に差し込み、慎重に扉を押し込む。

開いた部屋の中を覗く。

普通の部屋……とは違った。

「……扉?」

その部屋には、床に取り付けられた金属の扉。

それ以外には部屋の角に一つの小さな机だけ。

案の定、そこには鍵が置かれていた。

「…こっちも開かない……よね」

床の扉にも鍵穴のような場所がある。

目立つ明るい金色。

試しに机の上の鍵を鍵穴に差し込んでみる。

しかし、鍵が違えば当然開くはずが無い。

扉に付いていた取っ手を掴み持ち上げてみてもびくともしない。

私は仕方なく鍵を手に取る。

『主の部屋』

そう書かれた鍵。

(主の部屋……?そんな部屋、見てない)

私が行ってないのは三階だけ。

あいつがいるから。

降りてくるのを待つしかない。

私は部屋を出て、男が移動するのを確認するため、元の部屋に戻る。

足音を立てないよう、ゆっくりと。

あまりに静かで、心臓がドクドクと音を立てているのがよく聞こえる。

階段近くまで戻ってきた時。

ギシ……ギシ…ギシ。

心臓とは明らかに違う、地面を踏みしめる音。

あ、あいつが降りてきたっ。

隠れないと…。

あの部屋に戻るしかない。

足音が近づく中、私は何とか部屋の前まで移動した。音はすぐ横まで来ている。

恐らく同じ階にいる。

「……………」

……ギシ…ギシ。

「………」

あいつは二階には来ず、そのまま一階へと降りていった。何か見つけたのだろうか。

いや。そんな事よりも今がチャンス。

かなり長い間三階にいたあいつがすぐに戻ってくるとは考えにくい。

今しかない。

私はあいつと入れ替わるように三階へと移動する。

決して足音を立てないように。

階段を上り切ると、ほかの階とは明らかに少ない扉の数を目にした。この中のどれかが『主の部屋』。

まずは私が隠れていた時に音がした部屋を開けてみる。扉を押し込むとすんなり開く。

「……倉…庫?」

物置とも思える部屋は、どうやらあいつがしっかりしらべたよう。開けた形跡のある綺麗なクローゼットに、音の原因でありそうな倒れている棚。

…ここには何も無いはず。

扉を閉め、次の部屋に移る。

「ここ…かも」

隣の部屋の表示には、子供のような字で『ある…の…や』

薄く汚れていて全部は読めないけれど、多分平仮名で主の部屋と書かれている。

持ってきた鍵を鍵穴に差し込むと、予想通りピッタリと合った。そのまま左に捻ると、ガチャと言う音がして扉が開けられるようになった。

ゆっくりと押して恐る恐る中へと入る。

「す、すみません……」

無意識にそう口にした。

もちろん中には誰もいない。

その部屋は名前にふさわしい内装で、左右にびっしりと並べられた本棚に、中央にはテーブルとソファ。

その奥には横長で偉い人が座っていそうな大きな机と椅子が設置されていた。

私はその机に、淡く光る何かが置いてあるのを見つけた。近づいて行くと、それが金色の鍵である事が分かった。

どこの鍵だかは分からない。

しかし、私は何の表示もない鍵の使い所を知っていた。

(多分あそこ…の鍵)

手に取ったそれは金属でできていて、それなりの重さを感じられる。ひんやりと冷たい感触。

ポケットにしまってすぐに移動しようと引き返…

「ここが主の部屋なのか?開いてる…?まさか?!」

そうとして、聞こえた声に心臓が跳ね上がった。

走る足音。

ここは行き止まり。

どうしよう…。

ど、どこか隠れられる場所はっ。

『扉の後ろ……逃げたら例の部屋まで』

「ひゃっ」

突然耳元…いや、頭の中に響くように聞こえた声。

今まで聞いたことの無いはずの声。

けれど聞いたことがある感覚。

私はその声に従うように、開いた扉の後ろに隠れる。

ガタッ。

「そこにいるのかっ!」

扉を壊さん勢いで入ってきたあいつ。

「いない…?隠れたのか」

男は躊躇いなく部屋に入り、真っ先に奥の机に近づいていく。

『まだだ、もう少し』

継続的に頭に響く何者かの声。

男がしゃがみこみ机を覗く。その瞬間。

『今だよ。あの部屋まで走って』

「っ!!」

「なっ?!そんなとこにっ」

素早く移動したものの、やはりあいつには見つかった。

頭の声の部屋が何処なのか分からない。

けれど、何故か身体は分かっているように、一直線に例の部屋へ向かっていく。

二階の、端の部屋。

あの、下への扉がある部屋へ……。

館の魔物

「待てっ!!」

男が少女に気がついて追いかける。

少女は振り返らずに真っ直ぐ僕の元に走って来る。

そうだ。

そのまま連れて来るんだ。

少女が例の部屋の前に到着した。

「待てよっ」

男も走ってやって来る。

「っ?!……お前…何故笑っている」

少女が不気味な笑みを浮かべる。

…笑っているのはこちら側の少女か。

少女は慌てた様子で部屋の中に入り、鍵を閉めた。

「おいっ!開けろっ!」

ガンガンと扉を叩く。

だが、寂れたように見える扉はびくともしない。

その硬さは新品の扉のよう。

『鍵でその下へ』

僕は少女に指示を出す。

もう少しだ。

ガチャ。

開いた。

僕には久しぶりの薄い光が上から注ぐ。

「だ、誰……?」

少女は呟く。

知らないだろうね。

「こんにちは。助けてあげる」

「たす…ける?あいつから?」

「そうだね」

少女は自身の背後の扉をチラリと確認し、僕のいる部屋へと降りてくる。

「ここは…?」

「なんにも無い部屋だよ。僕は随分長い間ここに閉じ込められてたんだ」

「そうなんだ………。それで、この後は?」

「ふふっ、そこの扉を開けてくれれば良いよ」

少女は頷いて鍵を開けた。

それは僕の解放を…意味する。

明るい光が差し込む。ついに、開いた。

「は、早くっ…逃げないと」

少女が急いで廊下に出た。

「見つけたぞ……よくも時間をかけさせたな」

「ひっ」

その瞬間、先回りしていた男に通路を塞がれてしまった。もう少女には逃げる場所が無い。

「い、いや」

「はぁ…良いよ」

僕は微笑んで言った。

「あの男は僕の獲……いや、僕が相手するから。君はこの鍵を持って館から離れて」

鍵だけ渡して、先に行くようにと。

「でも…」

「良いって。僕は用もあるし」

「うん…」

少女は男の横を走って通り抜ける。

「待てよっっ」

「あっ、ダメだよ」

「なっ?!」

男は少女の方に振り向こうとして、驚いた表情を見せた。当たり前か。何せ身体が動かせないのだから。

僕は少女が走り去るのを眺め、男に近づいていく。

「く、来るなっ!」

男の叫びは虚しく、もはや聞こえてすらいない。

「もう行ったかな」

居なくなった事を確認して、僕は男に目線を移す。

「っっ!」

声も出せないか。

「それじゃ、僕も」

不敵に笑って、舌なめずりをして。

「いただきます」


エピローグ


ある街には、こんな噂がある。

その森には軽々しく足を踏み入れてはならない。もしも入ってしまっても、決して誰にも着いていってはいけない、と。

確実に出会うであろう泣き顔で走っていく少女に、着いていけばその館にたどり着く。

入れば決して出られない人喰いの館に。

少女におびき寄せられた大人は、その館に喰われる。館の存続のために……。


「裕太〜、大丈夫なの?こんな道」

「大丈夫だって!近道なんだよ」

「……ねぇ、あそこ。子供がいない?」

「本当だ。迷子?……あっ、奥に走っていく」

「追いかけた方が良くない?!迷子だったら」

「そうだね」

今宵もまた……。

何も知らない人間が迷い込む。

少女に連れられて。

「……なんだここ」

「大きな館…」

少女が館に入っていく。

それに釣られて人間も。

少女は微笑む。

館は不気味に揺れ……それらを呑み込んだ。

どうも、初めましての方はこんにちは、深夜翔です。

普段から色々な小説を趣味程度で書いていますが、ホラーは中々難しかったです。

正直、上手くまとめられたかと問われれば、自信を持ってはいとは言えませんが、読んで頂けたのなら幸いです。

たまにはこういった普段書かないお題に触れてみるのも面白かったです。もしもやる気があれば、今後別のジャンルの話にも挑戦してみたい所です。


長くなりましたがもう一度、ここまで読みに来てくださってありがとうございました。

ではまたどこかで……さらば!


森に入る際は……他人にお気を付けて…

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