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横切り屋

作者: 雪の日

思い付いたので書いてみました。暇潰しにでもなれば幸いです。

 目の前には、たった今失業した、崩れ落ちた男がいる。

 この男は、なにか致命的な失敗を犯したわけではない。

 なんなら、優秀で、有能で、将来は安泰だったであろう男だった。しかし、ふとしたときから運が無い日が続いていた。靴紐が切れていたり、鳥のフンを浴びたりと、とにかくツイていない日々が続いた。そして大事な商談中、偶々いつもお茶を出す茶汲み係が休み、その代わりに茶を出そうとし、不可抗力の事故でその茶を相手方の頭の上にぶちまけた。


 相手方はもちろん怒髪天をつかれ、商談は流れた。

 その責任をとれと、男は首を切られたのである。


 どれも、不幸が積み重なって起きた事故だ。

 しかし、それは自分が起こしたといってもよく、つまりは男が首を切られたのは自分のせいでもあると言うことだ。


 その男が帰ったのち、ある男が自分の、我輩の前に現れ、そしてこう言った。


「最高の結果だった。」と。

 その男は依頼者であり、復讐者でもあった。

 つまるところ、首を切られた男は真面目に仕事をしていたわけではなかった。という、ただそれだけの話で、

 依頼してきた男はいいように使われたことに気づき、復讐したという、ただそれだけのことなのである。その事自体はどうということではなく、我輩は頼まれ、そしてそれを遂行した。


 ただ、それだけのことである。

 しかし、一点不思議なことがあるだろう。

 すなわち、なぜ復讐に我輩を頼り、どうやって我輩が不幸を以て復讐の手伝いをしたか、ということである。


 しかし、それには一つ聞かねばならないことがある。

 とても有名な言い伝えだが果たして君は知っているだろうか。


『黒猫が横切ると不幸になる。』という言い伝えを。


 ―――――――――――――


 我輩は黒猫である。

 名前はない。


 しかし、俗称と言うものならば確かにある。

「横切り屋」というものだ。

 黒猫が横切ると不幸になる、というのは多くの地域で有名な迷信だろう。しかし、我輩にとってそれは迷信ではない。

 何代も何代も受け継ぐ、不幸を与える呪い。


 その名前を知るものは少ないが、

 確かにひっそりと存在しているのだ。

 我輩は魔女の黒猫の末裔。不幸の象徴であり、依頼を受けて不幸を贈る。『横切り屋』なのである。


 依頼というものには報酬が付き物だ。しかし我輩は、やはり猫であるからして、金銭などはまさに猫に小判であるわけで、それならばなにを求めるかと言えば、まぁ、猫宜しく餌さを求める程度であり、特になにを欲すると言うわけではない。


 ただ、黒猫であり、魔女の使い魔の末裔と言うこともあってよくある迷信の力を実際に持っており、少々知恵があるからこそ悪意溢れる人の世界で依頼を受け、餌を得ていると言うそれだけの話である。今はもう見ることはない魔女、その使い魔の末裔として、不幸を振り撒いていると言う訳なのだ。


 今、そんな我輩の目の前には一人の少女がいる。

彼女は純粋で、純真であり、悪意を持って人を害そうとしない。

つまり、依頼人と言うわけではないと言うことだ。

彼女の名前はひな陽愛(ヒナ)

 

 彼女がなぜここにいるのか。それについて語るには五月の下旬、あの雨の日まで遡る。


 ___________

 __________________



 その日はただの雨ではなかった。

 ただひたすらに強い雨であった。

 我輩は縄張りである高架橋の下にまで吹き込んでくる雨によって濡れ、冷えた体を震わせながらじっと雨を耐えていた。


 そんな時である。

 ふと、体に吹き付ける雨がやんだのだ。

 しかし、ザアザアと耳障りな音は消えていない。

 不審に思って顔をあげればそこには少女がいた。


 その少女はレインコートを纏い、

 我輩に折り畳み傘を差しながら何やらゴソゴソと作業をしていた。石や紐を持っていることから傘が逸れないようにしているのだろう。その忙しなく動く指は細く、華奢であった。


 その少女は、不器用ながらも折り畳み傘が飛ばないように固定し、軽く我輩に手を振りつつ、乗ってきたのであろう自転車に股がり去っていった。その少女こそが陽愛だったのだ。


 __________________

 ___________


 この少女には、陽愛には、今まで関わってきた人を害することを厭わない人間とは違う雰囲気が、柔らかく、あの雨の日でも輝き、暖めるような、太陽のような雰囲気があった。


 そんな少女はよくこの高架橋の下へとやって来る。

我輩がこの高架橋にいたのはたまたまだったが、陽愛が来ると知ってからはよくここ(高架橋)にくるようになった。


彼女の太陽のような匂いが我輩を包み込むようだったのである。もちろん、いつも高架橋にいたわけではなく、ちょっとした仕事をしながら、だ。我輩のもとへ訪ねる輩は決して多くはない。だが、どこからか噂を聞いてここへとやって来るのである。


そんなことを考えていると、ふと頭に違和感を感じる。上を見やると陽愛が頭を撫でていた。細く、華奢な指、そんな手で撫でられていると、陽愛が独り言か話しかけているのかといった様子で我輩に言ってきた。


「わたしね、一週間後にピアノのコンクールがあるんだ。」と。

彼女がピアノをしていることは以前にも聞いたことがあった。また、よくほめられることがあり、以前のコンクールでも賞をとったことがあるらしい。いつも彼女はピアノのことを楽しそうに語っていた。その時の彼女の笑顔はいつもの太陽のような笑みがよりいっそう際立つようだった。陽愛は続けて、

「これから一週間はあなたに会えないかもね。」といった。別に毎日あっていたわけではないのでなんとも思わなかったが、多少の寂しさが浮かんだことに少し驚いた。我輩は陽愛の手に頬を擦り付けつつ、気にするなと陽愛に示して見せた。


そのあと、陽愛は何をするでもなく帰っていった。彼女はおやつを持ってきたり、今日のように撫でたりする日々をこれまで続けてきた。悪意にまみれた依頼人らを見続けてきた我輩には陽愛の太陽のような雰囲気は、本物の日向と同じほどに心地よく、魔法であるかのようだった。



____その翌日、依頼人が来た。

   標的は、____陽愛だった。


なんでも、陽愛はピアノのコンクールでは上位の常連らしい。自分の子供になんとかして賞を獲らせたい親が噂を聞き付けて来たそうだ。公私の混合はするべきではない。仕事の依頼は依頼として我輩は引き受けた、そう、引き受けてしまったのである。


もし、彼女がコンクールに出られないようになって、それが我輩の仕業だと知ったら、どんな表情をするのだろうか、あの太陽のような、まるで魔法のような日だまりの少女の雰囲気はどうなってしまうのだろうか。依頼を受けてから我輩はそればかりを考えるようになった。やることは簡単である。彼女の前にいって、すいっと何も知らないような顔をして横切る。たったそれだけのことだ。しかし、どこまでも胸のうちで葛藤が続いていた。


そんな風に悩んでいるうちに、コンクールが明日にまで迫った。陽愛は一度も来てはいない。もし、彼女に会えていたら、何かが変わっていたかもしれない。しかし、我輩は横切ってしまったのだ。彼女の、前を。


言い表せない感情が渦巻き、その日は駆け出してしまった。見つからないようにと脇目も振らずに逃げだしたのである。万が一にも陽愛に会わないようにいつも眠る高架橋の下ではない、他の場所に帰ってきた、帰ってきてしまった。終わってから、自分の成したことにたいして、大きな後悔を持ってしまった。自分のせいで、あのピアノ好きな少女は不幸な目に遭ってしまうのだろう。今までの依頼に対しても後悔ばかりが積み重なっていく。一度横切ってしまえば、もう後戻りはできない。使い魔の末裔だから等と言う理由で行った所業が我輩のことを苦しめ続けた。


そうしながらに、夜を越してしまった。

我輩は陽愛のもとへと走っていった。もしかしたら、彼女の不幸を止められるかもしれない。自分でやっておいてなにを傲慢なと感じながらも、一縷の望みをかけて我輩は会場へと駆けていった。


息を切らして会場へと向かう道で陽愛を見つけた。どこか上機嫌な様子で歩く彼女が信号をわたろうとしたとき、向こうから自動車が来ているのを見つけた。車も、陽愛も気づいている様子はなく、このままにしていれば、事故が起こるだろうことは用意に想像できた。


その瞬間、我輩は駆け出し、彼女に体当たりをかました。猫の力と侮るなかれ、決死の我輩の行動でなんとか陽愛と我輩を車の進行方向から押し出すことに成功したのである。陽愛は自分が助けられたことに気づき、そのあと我輩を見てお礼をして来たが、時間が迫っていることに気づくと駆け出していった。


その後、彼女は無事にコンクールを終わらせ、立派な盾を胸に抱いていた。そして、自分を助けてくれた我輩のことを両親に紹介し、飼い猫として彼女の家に住むこととなったのである。


我輩は「横切り屋」を廃業した。また彼女を不幸が襲うかもしれないと考え、そばで守ることを選んだのだ。陽愛の太陽のような笑顔を守るために、我輩は自分のしてきたことを後悔し、彼女のことを、今日も見ている。






_________


これは、黒猫の彼が知らないことだが、黒猫とは幸運の象徴でもある。魔女の使い魔たる彼はこれから空回りしつつ、幸福になっていく彼女を見守っていくことを彼も、彼女もまだ知らない。


読了感謝します

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