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描写力アップ企画投稿作品

さよなら相棒 ――歯車の階段――

作者: 深海


 59


 ぷにっと頬に弾力あるものが当たる。男はその柔らかな衝撃で目覚めた。

 黒一色のタイトスーツに身を包んだ上半身を起こせば、片足に激痛が走る。身をすごめてあたりを伺うと、そばには黒猫が一匹。どうやらこいつが肉球をひっ付けて起こしてきたらしい。

 なんだおまえは――

 とまどい、問おうとしたとたん。眼前の岩壁にぱあっとまばゆい幻が映った。

 きらめく緑の電子記号と、円と四角。不思議な文様が男の青い目を焼く。


「え? なにこれ? っていうか、ここどこだ?」


 49


 見渡せば、ここは塔の一室のようだ。狭い円型の部屋で真っ暗。背後には太い円柱がある。

 城に侵入してさる人物を殺せ。

 主人あるじより密命を受けた男は、いつものように機械の翼を駆使し、あっという間に城のてっぺんへ至った。しかし任務完了直前、手痛い反撃を受けた。寝台に押し付けた獲物の首飾りから、神々しい聖霊が飛び出してきたのだ。

 顕現の神気によって機械の翼はへし折られ。男は部屋から吹き飛ばされ。下へ下へと落とされた。地に激突した瞬間、一巻の終わりかと思ったが、なんとか生き延びられたらしい。おそらく気絶している間に、牢獄のごときこの塔に放り込まれたのだろう。

 男は息を呑み、光る文様を食い入るように眺めた。


 39


「これは……ここの地図みたいだけど?」  


 黒猫は、うっすら白く浮かび上がる文様の上にちょこんと座っている。その場所こそは、光る地図を出すスイッチとなっているようだ。


「おまえ何だ? なんで俺を助けてくれるんだ?」


 男はぴちりとスーツが密着する首もとに指をかけ、頭をぶるぶる振った。驚きのあまり半ば開けられた口は無防備で、どこか滑稽に見えたのだろう。黒猫が、にんまり黄金色の目を細める。

 地図によると出口は柱の中にあるらしい。半信半疑ながらも、男は闇に半ば沈んだ柱に這っていき、びっしり彫られた奇怪な雲のような文様に触れた。


「な……さわったところが消えた? な、なんだこりゃ。歯車の階段?」


 29


 黒猫はするりと、開かれた柱の中へ入っていった。まるで男を先導するように、速すぎず遅すぎず。

いわゆるネコ距離というものを保って、歯車が連なり重なる階段を昇っていく。しなやかに、軽やかに。あたかも踊りのステップを踏むように。時折のびのびと跳躍しながら走っていく。

 ちくたくぎいぎい――軋む歯車に猫の影が落ちる。柱の頂は、なぜかすっぽり天井が抜けている。そこからまん丸い月が煌々と、冷たい光を放っているのだ。


 19 


 男は動かぬ片足をひきずりながら、黒猫についていった。先行く猫をまじまじ見つめ。ぎいぎい回る歯車の異様さに眉をひそめ。上へ上へと昇っていった。

 あの、半分ちぎれたような猫のしっぽ。どこかで見た覚えがある。

 いつ? どこで? 

 胸の内に湧くこの安堵感はなんだろう? まるでなつかしい友に会ったときのような。会いたかった人に会えたときのような。黒猫を見るとそんな感覚に包まれるので、男は首をかしげた。


 9

 8

 7


 ちくたくぎいぎい

 歯車が回る。

 かちこちぎいぎい


 6

 5

 4


 にゃー!


 黒猫が最後の歯車から飛びあがった。頭上にぽっかり開いた天。そこに浮かぶ月に向かって。

 男は思わずまぶたをこすった。一瞬、猫の背に翼が見えたのだ。

 黒い影のごとき体に生えしその翼は、目が潰れそうな輝きを放ち、優雅にはばたいた。

 ふわっとあたりに、無数の羽毛が散る――


 3


「待て! もしかしておまえ!」  


 2


 男は腕を伸ばしながら跳んだ。手をいっぱいに広げる。

 ましろの翼を追いかけながら。共に月の光の中に吸い込まれながら。

 男は、とある名を叫んだ。光の中に消えてゆく、黒い猫の名前を。


 1


「クロノ……!!」




 ごおん、ごおん……




 月光のまばゆさに閉じていた目を、おそるおそる開けると――

 そこは城の中庭だった。そばでさわさわ、噴水の中心に建つ天使の像が、白い大理石の手から水を落としている。

 黒い塔も猫も夢まぼろし? 

 訝しむ男の耳に、荘厳な音が入ってきた。城の隣にそびえる時計塔が真夜中を告げている。

 転瞬、男はハッとして左の手首を見た。冷たい月明かりのもと、きらりと銀の腕時計が光る。


「俺、こいつのおかげで、戻ってこれた(・・・・・・)……のか?」


 表面の硝子に、ひどいヒビが入っている。文字盤に描かれているのは、白い翼を広げた黒い猫。


「クロノ……」



『ちくしょう! こんなもんにクロノの魂なんて、宿ってるもんか!』

『本当じゃよ。あたしが魔法で、おまえを悪霊からかばった猫の魂を時計に封じた。だからもう泣くんじゃない。かわいいあたしの、かわいそうな孫……』

『だまれクソババァ! そんなの絶対、嘘だぁっ!』



「ただの気休めだって思ってたのに……嘘じゃ、なかったんだ」


 時計はぴったり十二時ちょうどを指して止まっていた。

 手首から外して耳に当ててみても、時を刻む鼓動はもう聞こえてこない。

 男は目をうるませ、震える手で壊れた腕時計をぎゅっと握りしめた。


「クロノ……ありがとな……」

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