混ざって、溶ける 3
「呼ばれてる?」
そう返すのは、メメィディカラである。
いつもフラフラと何処にいるのか分からない彼女を探し出し、バージュは告げる。
「おう。俺と、お前」
自然な形でそう言うバージュに、メメィディカラは違和感を覚える。
「……う~ん?」
だが眺め、観察するに。
別段バージュに変化も無く、感じる魔力の質も普段通りである。
「……分かった、行く」
とまれ、ここで悩んでいても変わらないだろうと考えて、メメィディカラは頷きを返す。
「さっさと済ませて鍛錬に行こうぜ」
そう言いながら、先導するように前を歩くバージュ。
また、僅かではあるが確かに感じる違和。
「お前…………んー、まぁ、いいや」
まずバージュは、メメィディカラの事をお前と呼ばない点。
呼んだらどうなるかを身をもって知っている点。
そして鍛錬は確かに本人が望んではいるが、メメィディカラに前向きに促すことなど無かった点。
後は、細かな動作や、表情の動き。
だが、やはり後ろから眺めて見るに、バージュそのものである。
微妙にズレを感じるものの、本人であることは間違いない。
(操られてるか、意思が奪われているか……)
この先で待つという者はきっと、彼女の敵対者なのだろう。
それが当たりなのか、外れなのか。
ともあれ、虎穴に入らずんば虎子を得ずである。
言葉は世界に無いものの、その精神をもってメメィディカラは足を進める。
いずれにせよ、
(どっちにしても、もう無意味)
なのである。
明らかにバージュの様子がおかしく、それがメメィディカラを指名している時点で、事態は既に動いている。
ここで逃げ帰ろうと、バージュを叩いて戻そうと、その動きは最早止まらない。
そしてやはり効率を愛するメメィディカラからするならば、事態は早い方が良い。
そんな酷く利己的な理由から、自然な形にズレているバージュを物の見事に放置し、仮に操っているのであればどうやってそれを成したのか等と考察しながら。
メメィディカラは、敵対者に向かっていく。
結果として、であるが。
(……ハズレ)
果たしてそこにいたのは、やはり来訪者側であろう、教師であった。
「よく来てくれたね、メイリ君」
「……はぁ」
大仰に、手を広げて待ち構えたかのように伝えるその人物に、メメィディカラは溜め息でもって答えを返す。
明らかに派閥が分けられ、どうにも来訪者、というよりは平民側に寄っているだろう教師棟の、奥まった一室。
あからさまに罠か何かと理解出来てしまうそこに、案内されてすぐの事である。
「歩き回って疲れたかい? お茶でも飲むといい」
「そういうのいいからさっさと要件を言えよ」
「……ん?」
そのつっけんどんな言葉にメメィディカラは思わず疑問が口に出る。
なぜなら今の発言は、バージュから出たからだ。
「これは手厳しい。……そうだね、早速だが」
「待って」
だから、止める。
これは放置してはいけない。
「バージュ」
「ん? 何だ?」
だから突き止める。
これは何が起きているのか。
「お前、呼ばれたのはいつ?」
「えーっと、今の講義が始まるほんの少し前だな……」
その言葉を噛み砕く。
今は既に、講義が始まってからそれなりの時間が経っている。
そしてメメィディカラが歩き回るのは、あくまで人の目に着く場所であり、いくら行方が分からないと言っても、都合にしてそこまでの時間を探し回るだけに要するはずがない。
「ここに来たのは、何回目?」
「ん? 何がだ? 今お前と初めて……あれ? おかしいな」
「もういい、分かった」
つまり、これは。
バージュの自由意志はほとんど制限していない。
操っているのではなく。
「催眠、もしくは意識の誤認……」
「ほぉ! 分かるのか!」
黙ってそれを眺めていた教師が声に喜色を混じらせて口を挟む。
「そうなんだ! この技術は過去にある洗脳の魔導とは一線を画すんだよ!」
「はぁ? 洗脳だぁ?」
そんなあけすけな言葉にバージュが歪めた口で返す。
「はぁ……これは、当たりに近い。かな」
呆れたようにメメィディカラが呟くも、興奮した教師はそんな様子を気にすることも無く。
「本人が認識することもなく、『そうなって当然』の状態。つまり潜在的な魂の選択への介入が出来る! これがどれだけのことか分かるかい!?」
強制的な魔導のように、制限がかからない。
仮に操るのであれば、魂が。つまり自身が内包する自分だけの魔力はどうしても弄れないため、例えば自殺であったり、操った状態で魔導を使わせたり。もしくは愛する人を傷つけるといった行為。
そういう、人を形作る本質に介入は出来ないものであったのに対し。
「在り方を変えて! 本人が気づくこともなく認識をすげ替える! 昨日まで愛していた人物を憎むべき者に変えて! 敵対すべき人物を猛烈に愛することさえ出来る!」
その技術は、それが出来る。
まるで魂を変質させるかのようなそれは、最早魔導というより。
「彼はこれを、魔法と称した! 魔導から昇華した! 我々が求めていた神より賜りし神秘の技術なのだよ!」
「……どういう、ことだ」
その言葉に、バージュは何が起きているのか分からないのか。
分からないまでも、実に宜しくないことが起きているのを感じているのか。
声は硬く、鋭い。
「ふむ……つまり、こういうことだ」
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、
「……っ! メイリ! 避けろ!」
叫び、翳し。
そう言った口と、溢れる魔力が。
避けろと叫んだバージュから飛び出し、メメィディカラに襲いかかる。
轟、と音を立て、明らかに人1人など刹那の時で焼き尽くしてしまう程の業火が、迸る。
狭い室内に溢れ、走り。
走って、メメィディカラに。
「……やっぱり、ハズレかも」
たったそれだけの言葉で。
つまらなそうに、溜め息と混じって出た言葉と。
そこに込められた、彼女からしたらほんの少しの魔力でもって。
「……やはり、君は素晴らしい」
まるで先の炎など存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと霧散する。
結果として何かとても恥ずかしい格好になってしまった、未だメメィディカラに向けて手を翳し、必死の顔をしていたバージュは声を失う。
それを見遣り、むしろ感嘆するかのような声を上げるのは、敵対せんとした教師。
「魔法だろうと、何だろうと……」
つまらない、とばかりにメメィディカラは続ける。
「私より弱い。意味が無い。理解してない」
以前にも、弱さを指摘したはずの。
主任とも言える、魔導の筆頭教師にそう告げる。
「あぁ、認めよう」
しかしそんな言葉に、以前のようにムキにはならず。
まるで穏やかに、そう彼は答える。
「確かに君は強い。私が見てきた誰よりも強い」
何がおかしいのか、その顔に笑みすら浮かべて言葉を紡ぐ。
「そして私は弱い。君が一言魔導を唱えただけで消し炭になるだろう」
また、手を広げる。
大仰に、舞台の主役のように。
そして、告げる。
「……それすら変えられるとしたら、どうする?」
その先の、未来の選択肢を。
「……?」
何を、と首を傾げたメメィディカラだが。
傾げた次の瞬間、変化は訪れた。
「……っ! 何を、した……っ」
常に巡らせていた魔力が、途切れる。
まるで重い荷物を急に手渡されたかのような、体の圧迫感。
肩から押さえつけられるかのような、体の鈍さ。
強制的に出そうとした魔力は、やはり途切れる。
どころか、発露すらしない。
「この場の認識を、変えたんだよ」
膝をつきそうな程に重そうな体を支えるメメィディカラの様子を眺め、満足そうに教師は言う。
「人への介入は触れるか、同意を得なければいけないが」
まるで楽しい講義のように、軽やかな口調で告げる。
「限定的な空間であれば、世界の魔力すらも掌握できるんだよ」
つまり、と置いて。
「今この部屋において、君だけはただの無力な人間だ」
その技術の真骨頂を、心から楽しそうに、メメィディカラへ伝える。
「何か、言いたいことは?」
「……」
ひけらかし、そして反応が見たいのか。
そんな巫山戯た言葉にしかし、メメィディカラは答えない。
答えずに、その鋭い目付きをまるで射殺さんばかりに更に尖らせ、目の前の敵対者を睨みつける。
「……ふむ」
白けたような声色で、手を振る。
「……ぐっ、ぅう」
途端、更に覆い被さるようにして、圧力が増す。
メメィディカラは膝をつき、声を漏らす。
それでも、未だ瞳は爛々と輝き、睨んだままなのは流石というべきか。
「気持ちだけは真に強者だね、君は」
構わず、睨む。
「さて、これで君も、私達の手足だ」
伸ばす手を見る。
伸びて、近づいて。
「……これ以上は?」
静かに、メメィディカラが問う。
ひたり、と止まる。
まるで苦しさの感じない、平坦としたその問いに、教師は首を傾げる。
「これ以上、とは?」
まるで意味が分からないと告げる。
「だから、これ以上、出来ること」
辛そうに、しかし声だけははっきりと、明確な意志を込めて、メメィディカラはやはり問う。
「おかしなことを言うね……これ以上、何があると言うんだい?」
そして最早身動きの取れないメメィディカラのそれが、ただの時間稼ぎにしか感じられない教師は。
聞く耳も持たず、1度止めた手を進めようとする。
「ん、もう分かった」
だからメメィディカラは、止まるのを止めた。
これ以上が無いと判断して、無理やり反発していた魔力すら止めた。
「何が……っ! が、あぁぁぁ!!!」
ただの人だけの動きで、服に隠し持った小振りの剣、まるでナイフに近いそれを握り、軽く翻し。
そのたったの一振りで、教師の伸びきった腕を根元から落とす。
メメィディカラは魔導師の形を好んで取るが、間違っても魔導師ではない。
鍛錬にしても、その才能から魔導に花開きはしたが、どちらかと言うと前衛の動きを主としている。
ヘイリシュやプリンに及ばずとも、本来であれば。
効率的だからと、動かず。
面倒だからと、サボらず。
傷つきたくないからと、下がらず。
本当にその気になれば、一流の戦士すらただの腕の一振りでなぎ倒せるほどには、戦士である。
それを、彼らは知らない。
「だから、理解してない」
知らないから、ではない。
力の全てを把握もせずに、自分の知る範疇に収めようとする、その視野の狭さに。
その目に止まる、世界の狭さに。
「お前じゃ一生、私に勝てない」
まるで重さを感じさせない動きで体を持ち上げ、振りかざした剣を、目の前に突きつけて言う。
「……き、貴様っ!」
「お前じゃない」
激昂し、突きつけられた剣にも構わず声を荒らげる教師にしかし。
やはり醒めた様子で、メメィディカラは端的に言葉を紡ぐ。
「お前ごときにこの力は持てない。得られない。見つけられない」
本当の、当たりを引きずり出すために、告げる。
「誰から得た。誰に渡された。彼とは、誰だ」
「……っ!」
その睨みつける瞳に触れるかどうかまで剣を近づけ、冷淡に問う。
しかし、答えない。
「バージュ」
「…………」
埒が明かないと、そう声を掛けるも。
未だその制御権は目の前の教師が握っているのか、不自由そうに体を強ばらせながらも、バージュは首を振る。
どうせ答えなど決まっているのに。
誰もがそれが誰かを理解しているのに。
明確に、敵として顕現してこないそれに、メメィディカラは苛立ちを募らせる。
「……もういい、殺す」
その殺気を当ててすら答えようとしない教師に、メメィディカラは決断を下す。
改めて振りかざし、その首を落とそうとした剣は。
「さすが彼の弟子と言うべきか……物騒な発想だ」
ピタリと、止まる。
メメィディカラにとって。
そして彼にとって。
大当たりで、大外れの。
彼らの未来の分岐点が、邂逅する。
お読み頂きありがとうございます