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彼は天才である 2

「さすがヘイリシュ様ですわ。武威に限らずその視野と思慮深さには騎士の誰にも及ばない所にありますのね」


 いざ、とばかりに娘が入れた茶を置きつつ、その瞳を星でも舞っているかのように輝かせながら、半身を乗り出すようにヘイリシュに言葉をかける。


「そんなことはありませんよ。たまたま僕ができたことで、全て世にあるものはいずれ誰かが成すものであり、唯一ではありません」


 と、ヘイリシュは笑顔のまま謙遜しながらも、「持つ者」としての無自覚な傲慢さすら滲ませる言葉を返す。


「まあ! それに謙虚でいらっしゃるなんて……」


 まるで火の着いた萌木のように頬を染め、その場で俯く娘に対して、


「お話もいいがな、ティア。まずはお前の紹介をさせてくれないか」


 一呼吸置くかのように、ブララマンは告げる。


「さて、遅ればせながら我がシシハリット家にようこそ、ヘイリシュ殿。先に言った通り、私はシシハリットが当主、ブララマン。ブララマン・コドゥマフ・シシン・シシハリットである。コドゥマフでも、ブララマンでも、好きな方で呼んでくれたまえ」


 そのまま顔を横へ向け、


「私の隣に座るのは、シシハリットの氏族、シシンの家の最古の出、ラザザメ・シシンの当主が娘に当たる、ロロゥアシニ。私の妻だ」

 つまり、シシハリットの一族、直系と傍系に渡る家の中でもシシンという直系第2位に当たる家柄の、ラザザメさんの所のやんごとないお嬢様(年齢問わず)ということである。


 そして、と続けながらちらと立ったままの娘に顔を向け、


「そこで君を困らせているのが私の娘、ラダトキィシヤだ。今年で11の歳になる。半期は家庭教師だったが、来年には中途から魔導の学びに通う予定だ。君には是非娘に付き、その身を守ってもらいたい。そして同時に、娘との交流を深めて欲しいと思っている。もちろん娘もそれを望んでいる」


 娘となんやかんやを含んだやり取りを望み、ヘイリシュを取り込もうという魂胆を、隠すことなくそのまま伝えた。


「紹介に預かりました、ロロゥアシニと申します。アンネと呼んでくれたら嬉しいわ。もちろん、母と呼んで頂いても構いません」


 嫋やかともとれる微笑みを浮かべながら、こちらも明け透けに空恐ろしいことを口にする。


 少しの間、何とも言い難い空気が流れ、どう答えた物かとヘイリシュが考えあぐねていたところ、


「はい!」


 元気よく、次は自分の番ですねと言わんばかりに(ともすればその臀部からポポリの尾が勢いよく左右に揺れている姿すら幻視される)、ラダトキィシヤと呼ばれた娘が手を上げる。

 待ちかねたようにそのままの勢い(無論のこと立ったまま)で


「コドゥマフが長女、ラダトキィシヤと言います。非才の身でありながら、シシハリットに名を連ねる者として、その名に恥じぬよう努力させて頂いております。そのような日々の中、折に触れて幼き頃よりヘイリシュ様の武勇を耳にし、いつかお話できたらと思っていました。本日お会い出来たこと、感激でございます。これを機に、是非色々とお話をお聞かせ願えたらと考えております」


 なんであれば言葉尻の全てに感嘆符をつけてそうな、元気で若干前のめりな言葉を紡ぐ。

 ヘイリシュに憧れる貴族の子女そのものな姿に(いつもの出来事ではあるが)、目の前に座る性急な親に警戒とも取れる反応をしかけた心が絆されていくのを彼は感じた。

 そうして少しばかり微笑みを深め(ここに来て彼はずっと顔のパーツを固定して微笑みを維持していたのもある意味すごいのかもしれない)


「よろしくお願いします、ラダト────」

「ティアとお呼びください!」

「……」


 いよいよ誤魔化せなくなったのか、完全に感嘆符が乗っていた声を響かせて、ラダトキィシヤは畳み掛けた。


 はてこれは更に困ったぞ、とヘイリシュが言葉を失っていると、


「あらあら、娘もせっかちなものでごめんなさいね」


 全く悪びれた感情が乗っていない声色で、彼女の母親は続けた。

「でも、私たちは貴方と真に友好を結びたいと思っているの。もちろん貴族としての打算もあるけれど、それだけの思いから来る行動に嘘はないのよ? だからどうか娘の我儘くらいは許してあげてね?」


 これではどうにもかわせないではないか、とお手上げの、所謂詰みの一言を告げる。


 ────────────


 これからどれだけプレッシャー(立場や深い親交的な意味での)をかけられるお話になるのかと思いきや、事の外(ことのほか)ラダトキィシヤとの会話が緩衝材になったようで、その後は和気あいあいと、(途中に差し込まれる娘アピールを無視したら)滞りなく会話は弾んだ。

 それから屋敷の案内を、ということでここでもラダトキィシヤが諸手を上げるが、そこはそれ、当主の案内で廻ることとなった。




「ティアはアレでも魔導に適正が強くてな。既に第5位の詠唱に手を掛けておるのだよ」


 あそこの庭では季節ごとでそれに伴った物凄く高価で美麗な花が一面に咲くのだ、とか

 あそこの噴水ではシシハリットが誇る御山の流水、竜の血が清められたとされる云々な水を通して使っているのだ、とか


 その規模や価値はともかくとして、いずれの貴族でも行われるお家自慢の雑音の中、屋敷を2人で巡りながらブララマンはそれを唐突に口にする。


「それはすごい。かの御年齢における魔導とは、未だ基礎の詠唱を書写する段階がほとんどだと言いますのに」


 もちろんヘイリシュも、そこで慌てることもなく、流れるように会話に乗る。


「魔導の才はあれど、ヘイリシュ殿には及ばないがな。何分そのおかげで鼻柱も高くならずには済んでいる。娘の口からはよくヘイリシュ殿を比較した言葉が紡がれるのだよ。もちろん、自身の努力の先、という前向きな意味だがな。おかげで厳しくせずとも律した志を持てているよ」


 と、うそぶいた所で、恐らくやはり誰しも気になるであろうことを


「ところで、ヘイリシュ殿は普段どのような鍛錬をされているのだ?」


 歩みを止めず、穏やかな空気の中でブララマンは隣を歩くヘイリシュに問う。


「特別なことは何もしていませんが、剣であれば素振りと型、仮想敵に対する動きの想定、その動きの切り詰めです」


 と、無難な答えを用するヘイリシュではあったが、


「魔導に関しては、そうですね。想像の固定化と、勉強でしょうか」


 ここであまり一般的でないことを口にする。


「ほう?」


 チラリ、と一瞬だけヘイリシュを目で捉え、ブララマンはその言葉を噛み砕く。


「それはつまり、一般的な魔力の鍛錬にある瞑想や詠唱の調和とは違うのかね?」


 さもあらん、違うであろうとブララマン自身が思いながらも、疑問を呈す。

 何故であれば、鍛錬の方法は、現代までおよそ100年に渡る魔導の研鑽において研ぎ澄まされ、既にそれは確立しているからである。

 またその方法が、明確に「瞑想(魔力の放出を長く細く繰り返すことで器の底上げをする方法)」と「詠唱の調和(所謂呪文の意味を理解し、その身で現象を起すことを魂に馴染ませる方法)」の、単語として伝わるものであるからだ。


「そうですね。勿論瞑想と調和も並べて行いますが、それが主になることはありませんね。全く別の考えになるかと思います」


 そのままヘイリシュは自身の目の前に手をかざし、


「例えば火を起こそう、という詠唱の際、必要なのはアドロ《火よ》・メトーロ《灯せ》となります」


 その指を揺らしながら中空に詠唱文を描く。


「詠唱の調和とはこのアドロという単語が、火であるアドと、呼びかける《~よ》であるロの句を、正しく《火よ》と認識し、それが自分にとって『当たり前』であると魂に刻むことです。これはつまり、未開拓の民族が使う言葉を、そのまま理解するようなものだと僕は思います」


 そこで一つ言葉を区切るヘイリシュは、反応を窺うかのようにブララマンの顔を覗き見る。

 そこまでは理解しているのか、ブララマンの表情に変化が無いのを確認すると、そのまま指を動かしながらヘイリシュは続けた。


「はっきりと申しますと、これで得られるのは発動までの早さのみであり、伝えられております魔力伝導率にはほとんどの差異がありません」


 真っ向から前代の技術を否定するかのような物言いに、


「……なんと、それは……」


 期待通りと言うべきか、ブララマンはその顔に驚愕を張り付かせる。

 しかしその立場としてか、すぐさまその表情を戻し(内心は知らずとも)、


「しかし私はそこまで適正もなく、初めは訓練用の小さな的すら破壊できない程ではあったが、実際に調和が馴染むほど、後にはレシカの土壁を破壊するまでに至ったが」


 と、ここで終わる話ではないと理解しながらも、自身に纏わる事実として反論をかざす。


 ここまでが、実際にこの話を聞いた誰もがする反応に


(まぁ僕もそう思ってたけど)

 とヘイリシュは苦笑しながら、


「ここで想像の固定化、という話になるのですが」


 舞っていた指先をつと止め


「『そういうものだ』として不明瞭な認識のまま行う詠唱自体が、魔力伝導率の浸透を引き下げているんです」


 言葉を紡いだ直後、その指先に炎が灯る。


「無詠唱……」


 今度こそその驚きを隠せないのか、ブララマンは貴族の振る舞いすら忘れ、その炎に顔を向け呟く。


 既に足が一歩も進まず、完全に立ち止まっている二人ではあったが


「実際のところ、想像の固定、つまり炎自体の温度、形、原理。これらを定義できていない場合の詠唱ですと、実に魔力の2割ほどしか体現できません」


 気にせずヘイリシュは続ける。


「そして調和ですが、そうですね、2割をいくら馴染ませても、50の歳月をかけて、しかもよくて4割です。少なく感じますが、単純に倍になるのではなく、底の部分の引き上げになるので、先程仰られたほどの差異に感じられるのだと思います」


 土壁を破壊するほどの、の部分に注釈を添えつつ、


「伝導率は自身の定義に基づくため、内にある魔力路が開くほどの理解があれば、このように言葉にせずとも魔導は発現します」


 まぁ、詠唱という補助回路が無いと6割ほどの伝導率に止まりますが、と微笑み混じりに嘯く。


 その姿に生唾を飲み込み、


「すごい……これはすごいぞ……っ。ヘイリシュ殿! これはすごい発見だぞ!」


 立ち直るかと思いきや、むしろ先程の貴族然とした態度をかなぐり捨ててブララマンは興奮を露わにする。

 その姿に過去の自分を重ねて、どうしてもヘイリシュは苦笑を隠せないのだが、


「実はこれ、5年ほど前にとある冒険者の方に指導を頂きました折の話でして」


 かざした炎を、腕を振り払う動作でかき消しながら事実を打ち明ける。


「その方は普段『中央』で活動してらっしゃるのですが、たまたまこの国に立ち寄った際、話をする縁に恵まれまして」


 ブララマンはその言葉に、どこか顔を顰めながら


「中央か……」


 そのまま考え込んでしまうかのように頭を斜めに下げた。


「はい。ですのでこれは、来訪者によって齎された認識であり、世界の法則として間違いないものだと思います」


 と、ここでヘイリシュは話を打ち切るかのように、自然な形でブララマンに歩みを進ませようと体の力を抜く。


「なるほど……中央……いやしかし……」


 その思惑は、思いのほか脳への衝撃が強すぎたのかブララマンには上手く伝わっていなかったが。


「まぁこの話を聞けたのもたまたまですし、その知識はいずれ世界に広まる事だとは思いますよ。もちろん僕がそれで誰かに劣ることにならないように努力はするつもりですが」


 最後とばかりにヘイリシュは一言付け加え、ブララマンの危機感を少しでも拭おうとする。


 そう、たまたま、である。

 真に偶然、日々行う、たまたま行軍中の朝、たまたま人を避けた先の開けた荒れ地、たまたま魔導の鍛錬につまづきかけて悩んでたその時、その様子を旅の途中にたまたま見かけた冒険者が、たまたまヘイリシュに声をかけなければ、今をもってなおヘイリシュの評価は、「百鬼魔人の剣士」で止まっていたはずであった。

 魔導にも秀で、という評価こそ齎された結果のそれであるものの、だとしてもヘイリシュが国において有数の武勇を誇っていたことも、末恐ろしいものではあるが。


 とまれそこでようやっと気を落ち着けたブララマンは、未だどこか冷静ではない頭のままヘイリシュの案内に努めるのであった。

呼んでくださりありがとうございます。


レシカの土壁=行軍の際、公式に使われる6人隊対応の防護壁(魔導制)


この国ではシシハリットとトリンイェットの2家が連なる氏族として貴族の立場を有しています。

シシハリット(という血筋)の

シシン(という貴族として領地を持った時の名)の

ラザザメ、ないしコドゥマフ(という苗字の)

ロロゥアシニやブララマン(という名前)

になります。

つまりヘイリシュくんは、


アグラットの氏族

リリン領の系譜

トゥラオドさんの家の

ヘイリシュくん

になります。

なお、氏族を名乗れるのは第二位までの貴族とされており、さらに平民は領地など無いので領名もなく、大概が一字か二字の名前となります。

逆に多ければ多いほど偉い、くらいの感覚で全く問題はありません。


ですのでシシハリット一つとってもかなりの家に別れますが、一番偉い貴族、つまり第一位貴族とされるのは直系二位まで、とされており(ここではシシンを指します)それ以降は第二位以下の貴族位とされるため、シシハリットの中でもその権力にはかなりのバラツキがあります。

(本編にそれらが出てくることはほぼありません)

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