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彼は天才である 1

 大きな屋敷を前にして、反比例するかのように小さな溜息をこぼす。


 少々赤みがかった黄金色で流麗を描く、男性にしては長すぎると言えるそれをひと括りに後ろで束ね、端正な目端を際立たせる髪の毛。

 切れ長の目尻に女性と見まごうほどの柳眉を乗せ、髪の毛同様に赤みがかった、しかしながらこちらは深い緑に近い瞳。

 鼻筋は綺麗なエンビケイトの結晶を描き、浅すぎず、深すぎずな面立ちを際立たせている。

 その唇はともすれば吐く言葉全てに魅了の魔が込められているのではと噂になるほど柔らかく、また想像通り、もといそれ以上に耳朶に響く低音ながらもどこか子供らしい甘やかな声音。

 体つきもその年代からすれば極めて引き締まり、鍛えられたそれであるものの、少年特有のどこか温かい雰囲気を残した非常に魅力的な体格。

 端的に言えば、眉目秀麗、容姿端麗。

 そのものの代名詞とも言える少年は、しかしながら今はその万人に好意もしくはそれに近しい感情を抱かせてしまう顔つきを、ひどく呆れたような、悩ましいような────ようは物凄く脱力しながら歪めさせ、もう一度目の前にある建物を眺め、溜息をついた。





 ヘイリシュ・トゥラオド・リリン・アグラットは天才である。


 これはかの英雄譚に語られた伝説の再来だとか、盲目的な観点から見たごく近しい立場の者の戯言だとか、はたまたどこぞの王国に伝わるちょっと特殊な形をした痣にしか見えないような紋章を抱いてるだとか、そういった不明瞭なものではなく。

 単純に、彼自身の力と、技能と、その才を持って証明された、純然たる事実としての評価である(むろん当然のごとく、ヘイリシュの両親はことある事に方方でその親バカぶりを発揮はしたが、その評価に泥を塗ることは無かった)。


 手に剣を振るえば勇猛の如く合わせた者たちは倒れ伏し

 口に魔を唱えれば妖艶の如く並ぶ魔の者を焼き、溶かし

 物に目を向ければ辣腕の如く事を判じ、そして導いた。

 また自身驕らず、鍛錬に身をやつし、勤勉に学び、その振る舞いを持って正しく騎士の姿を体現した。

 ヘイリシュが15の歳になる今日日、彼を侮る者も、恐れぬ者も、憧れぬ者もいないほど、ヘイリシュは完成されていた。


 そんな彼であるが、15を迎え、次の竜齢、つまり来年には騎士の学びを終えてしまう今をもってなお、自身の将来を決めかねていた。


 生来、騎士の学びを終えた者は属する場が限られる。

 優秀な者は優先して各貴族の私用となる、自由騎士(自身の位に関わりなく、その貴族の庇護下に置かれる)。

 勿論これは所謂「取り合い」と言える、貴族間における非常に熾烈かつ不毛なやり取りと、少しばかりの本人の運と縁によるが、上位に位置する者達は、大抵有力な(ここでは第2位までを指す)貴族に雇用される。

 とは言え大元の管轄は国の軍事に組み込まれるため、有事の際は省令に背いてはならない決まりなどはあるものの、平時においておいそれと呼ばれることも無く、お偉い様のお膝元で、(本人達からしてみれば)楽しい鍛錬と警護をすれば安泰という意味で、例に漏れず人気の就職先であった。

 また別の道として、国そのものが保有する集まりという未来もあるが、どこそこと戦争を起こす、という時代でもなく、かつ団体における目と言うものはどうしても細微に渡らない点や、人間関係(主に金銭や思惑のやり取りの生じる)のせいで、鍛錬も(万人からしてみても)そこそこ温く、警護も甘く、だと言うのに表立った規律だけは厳しいため、真面目な者ほど損をするような────はっきりと言葉にするなら、「腐っている」騎士団であると言えた。

 大概は貴族の取り合いに溢れたり、後を継ぐ程の継承権を持ちえなかった貴族の子女であったり、後ろ盾の無いまま疎まれた挙句熱意を恣意的に潰された者たちの行先となる。


 果ては、まぁそれでもいいけど、とヘイリシュはボヤきながら

 騎士の資格を得た後、国を出て仕える先を探す者もいないことはない。

 自身でも最近の、優雅な貴族のお誘い(控えめに言わなければ、物理的だったり暗躍的だったりするヘイリシュの奪い合い)に辟易していて、益体もなくそのようなことを考えてしまう。


 そして改めて目の前の大きな、国に比較しても「大きな」と表現できるほど、広く絢爛な屋敷、いやむしろここまでいくと城と言った方がいいのではないか────に目を向け、3度目の溜息を吐くのであった。


 通算17度目の、「貴族のお誘い」の折である。


 ──────────


 ここで立ち止まっていても仕方がない、とばかりにヘイリシュは顔を上げ

 、(内心都合4度目の溜息を抱きつつ)屋敷に向けて足を踏み出す。


 既に目に見える範囲で屋敷が擁するであろう人、上から貴族その人と、恐らくその妻と娘、それらを仰ぐかのように後ろに控える使用人らしき人々が数十名ほど

 門の前にひしめき合ってこちらを待っている以上、心のままに体を反転させて前向きに足を進める訳にも行かず、内心を微塵も感じさせない爽やかな笑顔を振りまきながら、門の前で足を止める。


「ご招待頂き、誠に恐悦至極にございます。ただのヘイリシュ、聞こえによります竜眼の氏族、かの大戦でその名を馳せたシシハリットの御当主のお膝元に馳せ参じ、竜にこの身を捧げるかのような幸福を感じております」


 得物を持つ手の甲を腰に回し、いつ切られても構わないと宣言するかのように頭を下げ、言わば「貴族の好む」言い回しの挨拶を紡ぐ。


 その完璧とも言える所作を目にし、御当主と呼ばれた、ブララマン・コドゥマフ・シシン・シシハリットは満足気な笑みを浮かべ


「よく来てくれた。竜眼の氏族を代表して君を歓迎しよう。第二位の爵位を捨て、その身を国に捧げんとするヘイリシュ殿。君の武勇はとみに耳にするが、その振る舞いに驕りがない所、君は正しく騎士と言えよう。我が家をもって歓待を受け、その意志を更に固めて欲しいと思う」


 貴族出とは言え、身分として第六位に当たる騎士に対して、慇懃とも言える物言いで、彼はヘイリシュを迎え入れるのであった。


 ────────────


(ここまではいつも通りの貴族様なんだよなぁ)

 そう思いながらも、ヘイリシュは「いつも通り」とは言えない暗雲たる胸中であった。

 何故と問えば、「竜眼の氏族」とはこの国において、下手をすれば王という中心よりも遥かに(誇張でなく)立場があるからだ。

「かの大戦」と呼ばれる、200年も前に起きた人魔共存に至ったきっかけ

「強欲な王」を旗頭とする、魔でもなく、人でもない何か達を相手に

 竜と呼ばれる魔の象徴と共に剣を振るい、その武功を示したのが、竜眼の氏族を含む、「連なる氏族」と呼ばれる9人の人族であった。

 彼らはその功績により、また竜から直々に友好を結び、竜の名を冠する人として君臨することを許された。

 それは現在における武功にとどまらず、人々における象徴として、旗として、そして希望として

 彼らを擁する王、ひいては国よりも遥かに力を持ち、それを振るっている。


 しかしながらそこは人の営みとしての範疇を超えず、また各国が擁する「連なる氏族」は2つまでと(過去様々な衝突や交流を経て)決められている。

 そのため、分かりやすく言うのであれば


(やたら偉そうだし実際に偉いから質が悪い上に今の当主自体は世襲制だから単純にめちゃくちゃ厄介な貴族なんだよなぁ)


 ということらしい。


 そんなお偉い様が何故わざわざ外で出迎えるかと言うと、これは騎士という立場が物を言う。


 力ある者は、力ある者を擁す。


 これは「世界の総意(事実そうであるかに関わらず)」とされ、権力であれ、金力であれ、果ては暴力であれ、力を持つ者は、自身の責任の元それ相応の立場を保証される。

 すなわちヘイリシュに限らず、騎士として認められた者は「防衛力」の体現者であり、その者の階位に留まらず「力ある者」として認められるのである。

 では何故騎士の身分が第6位かと言うと、単純に個人が持つ力として、分かりやすく暴力に加え権力まで持ってしまうと、どうしても御しきれない可能性が出てくるからである。

 そのため騎士自身の身分は平民と同等でありながら、人々から尊敬されるという、なんとも半端な立場になってしまう。故に騎士の大半は貴族家に属し、その階位に名を連ねると共に、防衛力として対価を支払うのである。

 なおヘイリシュは未だ騎士の学びを終えてないとは言え、既にその名声と武功は自他ともに認める物として、後押しされるかのように騎士として扱われているが、これは「力ある強き者」にはよくある話である。


 つまり力ある者には相応の敬意が払われるため、如何に権力として偉かろうと、建前上は同等の立場かそれに近しい物になるため、当主が直接出迎えなければ逆に見限られても仕方ないと言われるほどの恥になる。


 とまれ、そういった経緯をもってヘイリシュは(娘の興奮が高まりすぎて若干気持ち悪い様相を呈している様を見せられつつも)、シシハリットと呼ばれる家へと足を踏み入れた。


 ────────────


「ヘイリシュ様におかれましては、お好きなお茶はございますか?」


 まずは腰を落ち着けよう、と、屋敷に入ってすぐに、広く、ゆったりとした貴賓室らしき場に通され

 席についたヘイリシュへかけられた言葉はしかし、まるで使用人の問いに聞こえた。


「騎士として、頂くものの好悪は努めて無くすよう志してはおりますが、強いて挙げるとすればゼゼペの葉を煮詰め、燻した物の茶でしょうか」


 その答えに問うた本人、まさかの使用人ではなく、お茶の準備を(それはもう大好物を前にしたポポリの如く)興奮醒めやらぬ態度で率先していた、ブララマンの娘であろう人物は目を丸くしながら、貴族にとって当たり前の言葉を口にした。


「まあ、あのような庶民向けのお茶ですか……? 香りも薄く、味わいもそれほどではなかったと思いますが……」


 ヘイリシュの対面に座るブララマンは、その言葉にほんのわずか愁眉を開きながら、


「騎士の行軍や訓練で良く使われると聞く。やはり無駄に気位の高い、鼻に着くものよりも日々の生活に根付いた物の方が良いのかな?」


 と、さりげなく娘に対し迂遠なフォローを入れながら問うた。

 その言葉にヘイリシュは微笑みを少し深め、悪戯が上手くいったような可愛らしい声色で


「市井に並ぶ物ですと僕にも厳しいものがありますが、なのでどうしても何とかしようと色々と試した結果、ゼゼペの葉はぬるま湯に近い温度で浸し、1日おきに湯を捨て、繰り返し3日置きますと香りは抜けず、渋味だけが取れます。これにオーギルの木くずを燻し、乾燥させますと、他に類を見ないほどの味わい深さと香りを持った葉になるんです」

 まるで内緒話を打ち明けるように心元ひっそりと告げた。


 誰あろう、騎士の学びの時分に飲むゼゼペの茶に、育ちの良いヘイリシュは我慢がならず、苦労に苦労を重ねて改良に勤しんだ。

 実に竜の鱗が生え変わる時間にも渡る研究と挫折と散財のおかげで、ヘイリシュと共に学ぶ騎士達は

「これを口にしてしまったら、他のどれも泥水のようなものだ」

 と評する程の出来栄えになったのは、彼にとって武功に並ぶ(もしかするとそれ以上の)ささやかな誇りとなっている。

(余談ではあるがヘイリシュは都合16度に渡る貴族のお誘いの際にも、ゼゼペの葉を広めんと画策をしたため、別段秘密の話でもなかったのだが)


 ゼゼペの葉とは、繁殖力の強い雑草に近い物で、どこにあっても土と水と少しの日があれば一面に広がるほどであり、また悪魔の草と言われるほどに渋味が強いため、芳醇な香りをさせるものの食用にも向かず、その繁殖力を無駄にしないために苦心して作られたのが、毒にも薬にもならない、しかし多少の精神を落ち着かせる作用を持つ庶民向けの茶葉としてのそれであった。


 とまれ、そのような認識の物を好んで飲むのかと、すわ所詮は野蛮な暴力を司る存在かと危惧したブララマンは、数瞬前の考えを打ち消し


「なるほど、そのような知見があるとは……まだまだ我らも勉強が足りないな。寡聞にして知らぬ物であるとはいえ、それは言い訳にしかならんな。すぐに準備を、と言いたい所だが、ここには逆巻の魔導を修めた者がいない。どうであろう、ここは私に免じて、リーンベルの蜜葉は如何だろうか」


 そう言って内心を隠すかのように、国内でも最高峰と言える茶を提供するのであった。

読んでくださりありがとうございます。


エンビケイト=ちょっとお高い形の良い鉱石

ポポリ=犬みたいなやつ

ゼゼペ=俗に言うハーブのようなもの

オーギル=なんか良さげな木

リーンベル=なんか高そうな花


竜の鱗=大体半年程度に一度、鱗の一枚が生え変わるとされる

つまり半年ほどの時を言う

逆巻の魔導=時を司る系列の魔技


基本的になんとなくで書いてます。あまり深い意味などは無いので、ニュアンスで捉えて頂けると幸いです。

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