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9.迷い子

二つの月。

地球とは違う天体。

現れた迷い子はーーー

【バルムンク帝国陸戦部隊・中継基地】


痛いほどの静寂の中、まだ月明かりが仄かに輝く時間。

水辺が近いアルバ族の集落に近い位置に設置し直された帝国陸戦部隊の仮設駐屯地。

葦に似た大人の背丈ほどに伸びた草、ライア草が茂る水辺のほとり。

二人の男が密かに会話をしていた。


「それは確かなんだな?」


「ああ、間違いなく伝承級(レジェンダリー)の魔装…或いは神葬だ。」


元々冒険者時代に面識があったアーガードとキルサス。

ダークエルフ、それもハーフと言う珍しい出生の彼は冒険者間でも敬遠されがちだったがアーガードは気さくに声をかける…よく言えば分け隔てない、悪く言えば空気を読まない男だった。


しかしそれゆえに彼はアーガードに恩義のようなものを感じていて、本来興味も無かった軍属に志願した。

それも、彼の下につきたいと言う希望を添えて。


「…厄介な…今の戦力で向かったとしても返り討ちに遭う可能性の方が高いじゃねえかよ…クソッタレ!」


蹴り上げた石がポチャリ、と湿地に溜まる水に沈んでいく。


「…そうか?俺はお前がその気になればわからんと思うが…」


「馬鹿かよ、なんで俺が命張らにゃならんの?そんなんしたら死ぬよっ!?嫌だよ!!」


身振り手振り、両手をブンブン回しながら叫ぶアーガード、子供かよ。


「まあ、とは言えこのまま放置もできないよなあ、あー、なんであんな無能の下でこんな命がけの戦場に送られてんの?」


「…ソムリエ子爵の前で言うなよ、ソレ?」


「言わねえよ、命は惜しいからな。」


どこまでも自分に正直なところは嫌いじゃないけどな、などと考えながらキルサスはやれやれとため息を吐く。


「なんにせよ報告はあげておくさ、転送陣(ポータル)を使えば少数精鋭を送ること自体は可能な筈だしな、一応伝書鳩は首都に飛ばしてある、後はいつ本国が動くかだけだ。」


「……ハイネケン侯爵閣下なら打てる手は打ってくれると思うけどよ…すぐに伝承級(レジェンダリー)に対処できるような奴が来るかね??」


「…記録水晶は送ってある、あとは解析班があの武器を危険と認定すれば直ぐに…」


「だといいけどなあ…たのむぜ閣下!」


「とりあえず現場の指揮官にも報告しに行こうかね…あーやだやだやだ!」


またもや、バタバタと駄々っ子みたいな真似をするアーガード。


「だから、それ子爵の前で言うなよ?」


「いやだから言わねえよ。」


そんなやりとりをしながら二人がソムリエ子爵の天幕へと向かって歩き出した時。

不意に周りに生えたライア草が揺れる。


「…なんだ、こんな水辺…それも月夜に…子供?」


現れたのは酷く顔色の悪い一人の少女。

武器こそ持たぬものの赤い、見慣れない軽装の鎧装束に身を包んだその姿、足運びは戦場に立つもののソレではあるが、その年齢や戦場に不釣り合いな儚く美しい顔立ちはあまりにもアンバランスだ。


「…誰が子供だ、中年。」


「はぁ!?何だおま、失礼な奴だな…これでも俺はまだ33ですー!」


「…それは若者からしたら既に中年と言われても仕方な…」


「あ"?」


「…何でもない、私が悪かった、うむ、おまえは若い。」


視線で人が射殺せそうな睨みに晒されて。

キルサスがあっさり引いたあと、アーガードは少女に向き直る。


「…おまえは誰だ、なぜこんな場所に一人で居る?」


「…知らん。」


「知らんだぁ…ふざけてるのか?ここは帝国陸戦部隊の仮設駐屯地だ…答え次第では手荒な真似をしなきゃならんぞ?」


「…至極大真面目だ、知らぬものは答えようがあるまい…実を言うなら私にはーー」


「あん?」


「ここ半日以前の記憶が、無い。」


 朧げに覚えているのは地獄の如き光景。

雲霞の如く湧き出る額に角を持つ人ならざる屍人の如き肌をした魔物の群れ。


確かに私はその魔物と戦っていたのだと思う、手には未だに肉を断つ刃の感触が残っている気がした。


「…私は、この世界の人間では無い、と、思う。」


「と、思う?」


少女は語る。

自分の記憶が不確かな事、それでもこの世界は自分がいた世界とは違う事。


「記憶が不確かなら何故そう言える?」


「空。」


「空?」


少女がアーガードの問いに返したのは、天を指差す行為だった。


「私の世界に、お月様は一つしかない。」


「…まあいいさ、とりあえず困ってるわけだな、お前は。」


首を傾げる少女は何を言われているかわからない顔。


「よし、お前今日から俺の副官って事で働け。」


唐突に放たれた言葉に目を丸くしたのは少女、ではなくキルサスだった。


「は??ま、まて、俺の立場は!?」


「いいじゃねえか、お前斥候なんだし。」


「ご飯くれるなら考える。」


「よし、決まりだな。」


「…どうなっても知らないからな。」


キルサスの呆れたような声。

天に輝く二つの月は、少女と二人の男達を仄かな月明かりで照らすのだった。



2020/7/11 後半に文章を追加しました。

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