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7.ココ族の少女

セクハラ鬼。

…大丈夫、撫でただけだよ??(


「集落を放棄する?」


「はい、帝国の進軍はもはや我々では止めようもありません。」


族長が仕方ないのだと首を横に振る。


「…この場にいるのは集落の住人全てではありません、子供や高齢の者をのぞいても、今この場に来られない物が大半です。」


「…動けぬほどに傷を負った者達か。」


「…はい、察しておられましたか。」


「…離れた住居から微かに化膿した傷の匂いがした。」


朱天の五感は常人の比では無く、強い臭気であれば一里先のものでも、風向き次第では嗅ぎ取れる。


「…朱天、様…!」


額を地に擦り付ける様にして声を絞り出す面々。


「どうか…どうか、女子供を逃がすのを手伝ってはいただけませんでしょうか。」


聞けば族長やザンバ、その他の戦える者は戦って死ぬつもりであるらしかった。

出陣するたび戦えるものは減り、今では20人にも満たない数しか残っていなかった。

朱天が居合わせなければ今回で全滅していたかもしれなかったそうだ。


「…少しずつ、つてを頼って周辺諸国や他部族の集落へ落ち延びました…しかし、道中魔物や哨戒する帝国の兵に捕まったり殺されたものも少なくありません。何より今残っているわずかな女子供は…もはや行くあても無い者達です、ほんの10名に満たない数ですが連れ歩いてあてもなく逃げ続ける事は我々には不可能なのです、一度は諦めた、諦めるしか無く…皆死を覚悟しておりました、しかし、貴方様なら、貴方様ならば…!」


「……なるほど、集落の規模の割にはあまり若いものがいないのはそう言う理由か…まあいいだろう、あの蛇から出てきた魔石とやらはいい滋養になった事だ。そのくらいの頼みは聞いてやる。」


ありがとうございます、と一斉に頭を下げる住人達。

そして案内された集落の中心にある負傷者を収容した元は集会所にされていた広い建物に入れば、そこは酷い臭気と血の、鉄錆に似た臭いが充満していた。

幾人もの負傷者と、僅かに残っていた若い女性ーー雌の獣人達が必死になって傷の手当てや快方を行なっていた。


「ああ、目が見えない…怖いよ、助けて、母さん…。」


一人の、両目に包帯を巻き片足を無くした山猫の青年獣人が呻き声と、悲痛な言葉をあげる。


「大丈夫、大丈夫です…きっと助かる、助かるから…」


両手を包み込む様にして、快方をしていた長い黒髪に、ふさふさとした同じく黒い尾を持つ狐人の少女は、その胸に山猫の青年の手を抱く。


「ああ、母さん…そこにいたのか、母さん…」


人の温もりに安堵したのか、その呟く様な言葉を最後に青年はこときれた。


「ああ…そんな、まだ、まだ早いですよ…お母さまも妹さんも逃げ延びたか確認するまでは死ねないって、そうおっしゃっていたでしょう…。」


己が目尻に涙を浮かべ、青年の手を胸元で交差するように組ませ、その虚に開いた眼をそっと閉じてやる姿は慈愛と、儚さを感じさせる。


そのやりとりを痛みを堪える様な表情で見守っていた族長が少女に声をかける。


「…葛葉(クスハ)。」


「族長ーーそれに、貴方は…いけませんよ、子供がこの様な光景を見るものではありません、ほら、いい子ですから外に出ましょうね?」


そう言うと葛葉と呼ばれた少女は流れるような静かな動きで朱天へと近づくと集会所の中を隠す様にして朱天の前に立つと、その豊かな胸に朱天をふんわりと抱きしめた。


「あっ、こら葛葉っその方は!」


族長が慌てて止めるも既に朱天の顔は頭ひとつは背の高い少女の胸に抱きしめられる格好で前も見えない状態だった。


「もが…!?」


油断していた。

敵意が無かったとはいえまさかこんなに簡単に抱きしめられるほど接近を許すなどと。

そこでふと、朱天の脳裏に悪戯心が芽生える。


(ーーこのままやられたままも癪よな…よし、少しからかってやるとするか。)


慌てる族長を片手で制すると、朱天はわざと葛葉に抱きつき、その腰に手を回した。


「おねぇひゃん…ほわはっはよぅ!」


胸に抱かれたままな為、まともな言葉にならなかったが先程まで尊大に振る舞っていた、絶大な力を持つ鬼人の少年とは思えない態度でそれこそ見た目よりさらに幼子のフリをする朱天。


「ああ、よしよし、怖かったのですね…大丈夫、大丈夫ですよわたしがついていますからね…?」


そう微笑む葛葉は、艶のある黒い尾をゆらゆらと揺らしながら朱天をさらにきゅう、と抱きしめ赤子をあやす様に優しく語りかける。


「おねえひゃん、おねえひゃん…!」


ぐりぐりと、顔を胸に埋めたまま動かしては抱きしめた腰周りをさわさわと撫で回し始める朱天。


「ひゃ!?」


一瞬、びくんと震えた葛葉は慌てて朱天を引き離そうとするが、離れない。


「あ、だ、だめっやだ、そんな、あっ、やめなさい、こらぁ!」


尻尾はパンパンに膨らみ、ピンと上を向いている。

顔が段々と紅みを帯び、先程とは違う意味で涙目になっていく。


「ぞ、族長っ見てないでこの子を引き離すのを手伝って、やっ、あっ、な、なんでそんなところ触って…ひゃあ!?」


「あ、あ〜…」


族長としても恩人をむげにはできず、明らかにからかっている、と言うかセクハラなのだが止めることも躊躇われる。


「…ひゃあ、だめ、やめて、やめなさい、やめてぇっ、尻尾のつけねを触ってはダメ、こらっ、あっ、あっ、あうっ!」


くねくねと逃れようと動けば動くほど力が入っている様にも思えない少年を振り解けずに焦るばかり。

それどころか先程から子供と思えない手つきで撫でまわされて葛葉の脚は徐々に内股になり、もじもじと膝を擦り合わせて頭に見える狐耳はピンッと真上を示す様に力が入っていた。


「あ、あの…朱天様、その、そろそろご容赦ください…葛葉が腰を抜かしてしまいますので…。」


「……ふ、そうか?」


「あ、ハイ。」


腰や尾を撫で回すのをやめ、葛葉を離してこちらに向き直る朱天に、半眼で生返事をする族長。


混乱の極みにある葛葉の頭の中はクエスチョンマークが飛び交っていた。

ふらつき、ゆっくりと崩れ落ちる様にして床に女の子座りでへたりこむ葛葉。


「葛葉ーーこの方はな、戦地で我々の窮地を救ってくださった大恩人だ…その、子供扱いした事を謝罪なさい。」


「え?えっ???」


「許せ、見た目で侮られた気がしたので少々からかっただけだ、くくっ…。」


上気した顔で息も絶え絶えにうろたえる葛葉の姿に満足した朱天は笑いを堪えながら手を差し出す。


「朱天童子、なんの因果かこの地に流れ着いた異邦人だ…短い間かもしれんが…んんっ、よろしくね、お姉ちゃん?」


「もっ、申し訳ありませんでした、しゅ、朱天様!その様な事とは知らずわたし、なんと恥知らずな真似を…っ!」


最後だけ、さっきと同じ子供の様な声色で笑いかける朱天。


「と、と言うか族長っ、そう言う事は最初に仰ってくださいまし!?」


真っ赤になった顔を隠す様にして両手で覆った葛葉はそう叫ぶ。


「…話を聞かずに朱天様を子供扱いしたのはおまえじゃろうが…全く、粗忽者め。」


「そ、それは、でも…あう。」


俯いた葛葉と、騒ぎを聞いてこちらに注目していた他の女達にも族長は集会所の外に出て、簡単にことのあらましを話す。


「ーーと、言う事でな…残念な事ではあるが今動ける者たちだけでも朱天様と共に逃げよ、我々は朝には打って出て時間を稼ぐ。」


「…それは…できません、少なくともわたしはこの場にいる皆を見捨てて逃げることなんか…」


「じゃが、負傷者をこれだけ連れて逃げるのはいくら朱天様がお強いとは言え不可能だ…だから。」


「族長、わたしらも葛葉と同じ気持ちだよ。」


「そうさね…旦那や友人、隣人を見捨ててなんかいけるもんかい。」


葛葉以外に話を聞いていた年配の灰色の毛並みと、茶虎の雌達が葛葉に同意する。


「……元々よそもんの葛葉が残るって言うのにあたしらアルバのかかあ衆が逃げ出せるわけないだろうよ。」


余所者、そう。

葛葉は猫獣人ばかりのこの集落唯一の黒狐だ。


「…葛葉はココ族の出だからの…生き残った葛葉にはせめて我々アルバの男が守ってやらねばならん、それはおまえたち女衆も同じ事じゃて…せめて一族を亡さん様に逃げるんじゃ、僅かばかりとはいえ男の子もおる、お前たちは生きて、一族の未来を守ってくれんか。」


「……族長、もしもの話だが、全員を乗せていける乗り物があるとしたら、どうだ?こいつらを受け入れてくれる先はあるか?」


「は、いやそれは…か、可能なのですか?」


「…最初はな、そうまでしてやる気は無かったが…気が変わった。」


そうして朱天はやおら自らの指先の肉を噛み千切り、流血した指を振る。


「七星ーー貪欲を宿す獄門より来たれ…貪るモノよ…!」


床に散った血が、円を描き出し輝きを放つ。

そこから現れたのは蜘蛛にも似た脚、平たく亀に近い巨大な身体に、牛の顔をもつ異形。


「ひっ、ま、魔物!?」


「安心しろこれは牛鬼、俺の血肉から生み出した陰陽師が使う式神の様な…ようは決して逆らわん家畜の様なものだ…そして。」


朱天が命じれば、牛鬼はその口を開いたかと思うとバクン、と。

何かを飲み込むかの様な仕草をする。

次の瞬間には集会所に寝かされていた者達も、介抱を行なっていた者も全てが。


背後にあったはずの集会所の建物事消えていた。


「な、ええっ!?」


「あわわわっ、魔物に皆んなが建物毎食われちまった!?」


「落ち着け。」


朱天が慌てふためき始めた先程の灰色猫の雌獣人の肩を叩き牛鬼に再び命じ、その開いた口を覗きこめば。


そこには集会所が丸ごと口腔を通じて見えていた。


「こいつは一定量の質量をそのまま体内に受け入れて運べる便利な妖でな、元は長らく俺の妖気に当てられた事で変化した牛車だったものよ。」


最早族長も、葛葉もこの光景にただ目を白黒させることしかできない。


そして、翌朝には負傷者を含めた集落の者全てを連れた逃避行が、始まった。



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