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6.皇帝、ジズ・フォン・ジークルーデ

帝国皇帝出てきました。

アルバ族の集落、カサナにヒドラが襲来した時。

帝国陸戦部隊の斥候、浅黒い肌にざんばらに切った灰褐色の髪に、少し尖った耳をしたハーフダークエルフのキルサスは望遠スコープを覗きながら、口をあんぐりと開けてその光景を見つめていた。


「……あ、あれは…魔装、いや神葬か…いずれにしてもとんでもない使い手がこんな辺境に…!」


魔剣、魔槍を代表する魔神や悪魔、邪神、高位の魔族などの手により生み出された破格の装備…魔装。

そして神やそれに類する高次の存在により生み出された神葬ーー神をも屠る神殺しの武具。


名だたるところでは数多のドラゴンを斬り捨てた竜殺しの聖剣アスカロンや、如何なるものをも斬り裂くが、やがて持ち主を破滅へと追いやると言う魔剣ティルヴィング、持ち主へ力を授け不死に近い身体を与えるが他者の魂を求め時に自ら殺戮を行う妖剣ストームブリンガー…いずれも多くの吟遊詩人や学者の間で語り継がれ、今なお持ち主を変えて存在する意志すら持つ伝説級の武器たちだ。


(…今は最上位のモノならうちの帝国に一つ…法国に一つ、後は放浪の剣聖が持つ憤怒剣(モラ・ルタ)、周辺国では近年確実にあるとされてるのはこの辺り…いや、在野の中位魔剣、神剣の類なら探せばいるかもしれないが、アレは不味い。

確実に伝承級(レジェンダリー)の…何らかの超威存在が鍛造した業物だ。)


「おいおいおい、ヒドラ…それもあれほどの個体を瞬殺…騎馬隊を殺ったのがアイツだとしたら不味いんじゃないか、うちの大隊にあんな化け物相手にできる奴なんかいたか、いないよな…と言うかあの額のツノはなんだ…ありゃオーガの一種か?」


キルサスがそう呟いた時、宙に引っこ抜かれたヒドラの巨体は数十の肉片へと変わり地に落ちていくところだった。

そして。


「魔石を喰った…!?」


朱天が美味そうに魔石を齧る様を見たキルサスは古くから伝わる、一つの伝承を思い出す。


ソノモノ、魔ノタマシイ喰ラヒテ、神ヲ滅ッシ、魔ヲ喰フ悪食ナリーー


「……魂食いの魔王…!」



*******



バルムンク帝国の首都、城塞都市ライン。

絶大な軍事力を有し、近隣諸国を飲み込んで拡大を続ける大帝国、その主要都市とあればその防備は圧巻の一言だった。


首都を囲む平原地帯には等間隔で物見櫓と呼ぶには些か大仰なーー言うなれば監視塔がいくつも立ち並び、さらに間隔を開けた先には簡易の関所…検疫門が三箇所設置されている。

その横にはぐるりと壁が見える。その先に途切れた箇所は見えず、実のところこれは高さこそ首都のモノには及ばないが、首都の周囲を三重に囲んだ長大な簡易城壁だった。


首都もまた、さらに外壁、兵舎区画防壁、商人街区防壁、そして貴族区画防壁に続き帝が座す皇族居住区画ーー通称「宮殿」に別れておりその防備は完璧と言って差し支えはない程の大規模なものだ。


そしてその中心、剣帝宮殿…ヴォルムス宮。

磨き上げられた大理石の床に、敷き詰められた魔獣の毛皮を使った赤絨毯。

左右に並ぶ屈強な将軍たちにかしずかれるのは第七代バルムンク帝、ジズ・フォン・ジークルーデ。


一段高い位置にある見事な細工が施された豪奢な椅子に座し、短く刈りそろえた何処か野性味を感じさせる細い顎を、頬杖をつく格好で支えて鎧姿の将軍たちを見下ろしていた。


「もう一度、はっきりと申せ。」


「……はっ、陸戦部隊第五師団、四十二番隊騎馬三十騎が壊滅、目下原因ーーあるいは犯人を探索中と報告が。」


「私の耳はおかしくなったのだったかな、ハイネケン?」


冷ややかな視線で、眼下に跪いた陸戦部隊の総司令にあたる最上級騎士、ハイネケン・ド・リヒャルト侯爵は顔を蒼白にしながらも報告を続ける。


「いえ、陛下のお耳は壮健であらせられるかと存じます…現在映像解析中でして、事実確認が遅れておりますが…伝承級(レジェンダリー)以上の神葬、ないし魔装の遣い手が関与している可能性があるとも報告を受けております。」


彼の、長い睫毛が震えていた。

肩まで伸びた無造作に切り、揃えもせず引きちぎるようにザンバラな髪を後ろに流し、植物油と香油を混ぜたもので撫で付けた、無骨さをも内包した美丈夫は180㎝程の長身を折り曲げ、苦しそうな顔をすまいと床を睨むようにして声を絞り出していた。


「ほう、それが戯言でないことを祈るのだな?」


皇帝がわずかばかり前に身を乗り出す。

赤い髪を短く、左右や首筋は刈り上げ、前髪も短くして立てている。

スポーツ選手の様で、いっそ清々しいくらいに短い。

その顔は線が細く、肩、鎖骨から流れる身体のラインは丸みを帯びている。

もしもこの時ハイネケンが顔を上げていればその襟首から覗く柔肌と双つの膨らみが目に入っていただろう。


そう、バルムンク帝国皇帝、ジズ・フォン・ジークルーデは女帝であった。


「陛下、なんなら私の空挺猟団を派遣して早々に情報を集めても宜しいのではないでしょうか?」


ニヤニヤと張り付く様な笑みを浮かべ、不遜にも皇帝の尊顔を見つめたまま話すのは帝国空挺猟団の総司令、ビョルン・フォン・ドラウプニル侯爵。


「爺や…あまり公の場で我儘を申すな、それではハイネケンの面子が丸潰れであろう?」


「は、はは…これは気づきませなんだ、そうですな、然り、然り、すまんなリヒャルト侯。」


一応の謝罪をするものの気持ちなどかけらも篭らぬ声。

その呼び名から分かる様にビョルンは皇帝の覚えめでたく…何より皇帝の親類にあたり、正確に言うなら大叔父で、幼い頃はジズの教育係も務めていた、それ故に“爺や”なのである。


ーーそもそも最高権力者である皇帝の口から面子が丸潰れだと言わせた時点で既にハイネケンの面子など粉微塵になっている。


「……いえ、全てはこの身の不徳なれば、以後の働きにて示すまでです。」


下唇から血が滴る程に噛みしめながら、ハイネケンは床につけた拳を震える程握り締めた。


「父の時代より帝国一と言われたその忠心…示してくれると期待している。」


そう締めくくり、この場の話はお開きとなる。

ジズが退室し、やにわに居並ぶ歴々も小さく雑談や、ハイネケンを揶揄する様な噂を始める。


今この場の誰一人考え至らぬ事ではあるがーー

この時、もしも空挺猟団が本当に出撃して捜索を行い、正しく騎馬隊を殲滅した相手を探し当て、評価できていたなら。


この先、帝国に訪れた未来は違っていたかもしれなかった。

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