3.中隊長アーガード
おじさん成分と女の子成分抽出。
オレツエーな人だけじゃ無いよ?
朱天が大した考えもなく自身に矢を放った騎馬隊を呆気なく殲滅したその半日ほど後。
騎馬隊が誰一人戻らないと言う報告を受けた後方の野営地の一際大きな天幕の中、ふんぞりかえってワイングラスを傾けていた部隊の指揮官、ゾラ・ド・ソムリエ子爵は不機嫌さを隠しもせず報告に来た赤髪に彫りの深い顔立ちの三十半ば程の大柄な兵士に足を向けて返答する。
「貴様は馬鹿か?騎馬隊は30騎からなっていた筈だな、それが蛮族共に負けただけでなく一騎たりとも戻って来ない?そんな事がありえてたまるか!」
「で、ですが事実として定時連絡もなく…現場に確認に向かわせた斥候からは夥しい血の跡と、逃げ出した馬が数十頭見つかっているとだけ…」
子爵が言うようにこの大隊…バルムンク帝国陸戦部隊に所属している、いたのが先に壊滅した騎馬隊であり、蛮族とは地方に住む先住民族の小規模な反乱…と言うよりも大陸に覇を唱えた帝国による、版図拡大に否を唱えた各地の部族が抗った結果そう呼ばれているに過ぎず、あちらからすれば帝国の方がよほど理不尽で野蛮であるだろう。
しかし、子爵を始め帝国の貴族はそうは思っておらず、自分達こそ正しく、蛮族は黙って統治下に入るのが当たり前とさえ考えていた。
「…遺体は?」
「…は、残ってはいたそうです…ただ、損傷激しく、何人分の遺体かの判別も難しいほどであったとか…それも腰から上はほとんど残っておらずまるで…頭から龍にでも齧られたかのようであった、と。」
「……なんだ、それは…蛮族共にそのような真似ができるはずはない、大型の魔獣の目撃報告は?」
「ありません、あるとすれば地底を住処とする種が現れて騎馬隊を食い殺したかとも思いましたが、地面にも穴や掘り返した後は無かったそうです。」
苦虫を噛み潰したような顔で報告する兵士に、子爵はようやく体を起こして目線を合わせる。
「……情報を集めろ、なんでもいい…このままではわしが無能扱いされかねん、いいな?」
「……は。」
はっきり言って今は完全に異常な事態と言えるのだが、この期に及んで自らの保身を口にするあたり危機感どころか指揮官として無能なのは最早確定だと思いつつ、それでも情報が必要なのは事実だと考えなおして生返事を返すと、兵士は天幕を出て直ぐに仕事にかかる。
「ちっ、稼ぎの安定しない中級冒険者でくすぶるよりはマシだと軍に入ったはいいが…なんでこんな小間使いをせにゃならんのだ…何が武勲を立てれば立身出世や騎士への任命もあり得る、だ…あの糞爺覚えてろよ…」
兵士、名をアーガードは元冒険者であり、そこそこ有名なパーティの前衛を務めていた。
しかし近年そのパーティの中核を担っていた者が不慮の事故で再起不能となり解散。
どうするか考えていたところに役人が現れ、言葉巧みに軍属にならないかと勧誘をかけられ、甘い言葉にのってしまったのだ。
「アーガード中隊長、こちらにおいででしたか…先程また、斥候が一人戻りまして報告がしたいと…」
「ミュシャか、わかった聞こう…何処だ?」
「はい、こちらです!」
元気よく答えるのはミュシャ。
茶色がかった黒髪を束ねた十代半ばのまだ若い少女で、強い光を宿した勝気な瞳は真面目で、かつ負けず嫌いな性格をよく表していた。徴兵で集められた近隣の村の出身者で冒険者に憧れているとか。
そのおかげでアーガードには妙に懐いている。
「……俺にもあんな時期があったっけなあ。」
自分も歳をとったな、などと老成したような考えに浸りながらアーガードは少女…ミュシャの後をついて歩くのだった。
野営地の端にある中隊長用の天幕につくと入り口の垂れ幕をまくって中へと入る。
そこには四人の軽装の兵士が膝をついていた。
犯人探しに忙しいアーガード含む帝国陸戦部隊は現場周辺に多数の斥候を放ち、情報を集めていたのだが。
「…南側、丘陵地にはなんの変化もありません。」
「東、同じくありません、魔獣の影形すら。」
「西、騎馬隊が殲滅するはずだった敵、アルバ族の部隊が撤退していくのは確認しましたがそれ以上には。」
「北、ホワイトウッドの森林地帯まで足を伸ばしましたが小型の魔獣しか確認は出来ませんでした。」
と、四方から届いたのはなんの代わり映えもない情報。
「ごくろうさんはー…、どーすっかなあ。」
こんな態度だが、これでこの男は配属から中隊長に抜擢された逸材である。
冒険者時代の功績は地味に効いていた。
「よし、とりあえずはアルバ族を追っておこう、それ以外に目立つものもないわけだしな。」
最悪、軍を逃げ出して他国で再び冒険者に戻るか、などと考え始めてはいたが。
繰り返すが、これでもアーガードは逸材である。
「あー、酒飲みてえ。」
………逸材、である……。