2.異世界
2話目、とりあえず本日はここまで。
鬨。
鬨の声だ。
まだ、人の身、童であった頃から幾度となく聞いてきた人と人が争い斬り合うその叫びは、大地を揺るがす振動となっていた。
まだ重い目蓋を開け、周りを見渡す。
そこは戦場に程近い小高い丘で、いく本かの白樺ににた樹木の生えた下からは見えにくい場所。
その為戦場にありながら誰もが見向きもしない。
そも、大軍がぶつかり合いをしている場所にこの程度の丘があっても、数名しか潜めないのでは意味は無いし俯瞰して全ての戦場が見渡せるわけでもない。
何せここは周りをさらに小高い丘陵地に囲まれた平原なのだから。
「血の、匂いーーそれに怨嗟の声、懐かしくも芳しい、同時に忌まわしいこの空気……しかし、なんだあれは?」
疑問はいくつもある。
まず、己は確かに死した筈ではなかったか?
首を撥ねられ、それをやった女武者を道連れにしてやった筈だが。
「それに、アレは西洋の甲冑、か?」
時折流れてくる異国のものから聞いたいんぐらんど、やなにやらと言った海を隔てた向こうにある国々で扱われる金属鎧というやつではなかろうか。
話に聞いただけではあれど確かに聞いた特徴にちかいきはする。
馬に跨り、これまた円錐型の、槍であるのだろう突くより他にできないようなモノ、馬上槍ーーランスを構えた騎馬が敵の歩兵の横腹にその刺突を浴びせて敵の布陣を切り崩していく。
その後方からは火矢が飛んでいるのかと思えば違う、「火」そのものが矢の形を成して自ら飛んでいくのだ。
それは、朱天の知らぬ戦の技術だった。
「拙い、が……面白い」
今まで見たことがない槍に、火を操る妖術にも似た術理。
なぜ生きているのか、なぜこんな場所にいるのかすらわからない、だが。
彼の口元には楽しげな笑みが浮かぶ。
「しかしーー随分と縮んだな」
立ち上がり、腕を動かし、首を回して自らの身体を確認する。
身の丈十尺はあったその背丈は今ではその半分……五尺強(一五〇〜一六〇センチ)に縮んでいた。
「ーーこれでは本当に“童子”ではないか」
鏡がない為確認ができないが身体つきも子供のそれである。
顔立ちが中性的なのもあって下手をすれば童女に見えるやもしれない。
と、そうこうしていると丘の下から流れてきた先程の火矢に似た何かが数発飛来する、流れ弾だ。
「どれーーむぅん!」
その手に、いや。
届かないと判断して足に妖気を纏い、蹴りを繰り出す。
空を切り裂き音を置き去りにした蹴撃はあっさりとその炎ーー魔法を切り裂き、霧散させるやその余波は大地を抉り出し、丘の下の騎馬隊へと炸裂した。
土煙が巻き上がり、悲鳴と混乱が巻き起こった。
「な、なんだ敵の魔法攻撃かっ、衝撃波いや、真空の刃……風魔法か!?」
「魔法、ふむ……そうか、先の火を操る術は魔法と言うものか」
魔法、魔の理、と言う意味であろうか。
「なかなか良い名だ、魔を冠するとはみどころがあるな」
みどころとはなんなのか。
いささか以上にずれた感想だがそれを指摘する者はおらず、代わりに飛んできたのは弩、クロスボウから放たれた矢の雨だった。
「こ、小僧ーー貴様がさきの魔法を放ったのかっ、殺してやるぞ魔族の犬があぁ!」
丘を半ばずつ囲んで、半円を互い違いに配置するように騎馬が展開し、片手で持ったクロスボウから短矢が無数に放たれる。
「ほう、ほう! 面白いな、そのように片手で扱える弓矢とは……しかも存外威力もある!」
楽しげに笑いながら彼は前後から放たれた矢を時にはたき落とし、時に指に挟んで掴み取る。
幾本かは身体にとどくも、表皮を貫くことができずに矢を放つ彼らから見れば見慣れない東国風の衣装に小さな穴を開け、すぐに地面に落下する。
「な、なんだコイツはっ矢が通らない!? ストンスキン【岩肌】の魔法を常時張り付けているとでも言うのか、化け物め!」
ストンスキン【岩肌】の魔法とは全身を土の魔力で覆う事でまるで硬化した岩の様な防御力を得る補助魔法。
しかし、その性質から関節部は硬化してしまえば動けない為と、集中していなければ解けてしまうことから攻撃が命中する瞬間だけ、或いは動くのを諦めて維持して全身を守るしかない魔法だが……
目の前の少年は激しく動き、それも笑いながら詠唱も集中する様子すらないのだ。
化け物と言われてもおかしくはない、それほどの離れ業と言えた。
ーーこれが、魔法であるのなら、だが。
否、どちらにしても彼が「化け物」には違いない。
ただ、それは正に文字通りの意味ではあるのだが。
何せ彼は本当に人外……「鬼」であるのだから。
「ふむ……もういい、飽きたな」
と、唐突に動きを止めた少年にも少女にも見えるその小柄な人物は軽く、本当に軽く手を振った。
バゾン!
奇妙な音だった。
反響したような重なる音は、開けた平野であるにも関わらずまるで洞窟内で響かせた音のようで、それでいて重い何かを叩いたような……そんな音。
それだけで手前側の騎馬に乗っていた小隊全員の腹から上が、消失していた。
それは魔法でも、妖術とも言えない力技。
振り抜いた手が音速を超え、発生した衝撃波が空気の壁を破り破壊を撒き散らしたのだ。
それも、あまりの鋭い一撃はその衝撃に半円型の指向性すらもつほどだった。
結果、形すら残さず消し飛んだ上半身に遅れて、下半身から噴き出す血飛沫が間欠泉のように四方に向けて噴き出し……やがて倒れて落馬し黒ずんだ血溜まりを作り出した。
主人を失い、恐ろしい力を前に恐慌状態に陥りあちこちに駆け出す馬たち。
おもむろに振り向くと、彼はこう告げた。
「……さて、終いだ」
軽く振り抜かれた掌。
ーー再び、血の雨が降った。