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13.天壊大巨神

ちょっと間が空いてしまいました。

なんだか書けなくなるタイミングってあるものですね…筆が載るときはのるのに。


ともかく、お待たせしました。


「…信じられん、ガラン兄弟だけでなく黄竜までをも降したと言うのか?」


その顔を驚愕に染め、無言で立ち並ぶ臣下達と眼前に膝をつく報告者を見下ろすのは玉座に座るバルムンク帝国皇帝、ジズ・フォン・ジークルーデ。

膝をつき、報告を行うは侯爵、ハイネケン・ド・リヒャルト。


「はい、危惧していたことではありますがやはりアレは生半な存在ではありません、国境を完全に越える前に手を打つべきかと…。」


「貴様の発言、戯言では無かった訳だな…よい、許可する…イザベラ!」


「ハ、これに。」


影から滲み出る様に現れたのは人種でありながら獣の如き殺気を撒き散らす、一人の女性。

アメジストの様な薄紫色の鋭い眼、張り付く様な笑みを浮かべたその顔は今から降される命令を予期し、喜色に染まる。


「我が帝国が誇る五人の列柱…神話級武装レジェンダリーウェポンの担い手として存分に力を振るえ、遠慮なく、容赦なく、我らが敵に死を齎せ…!」


「…我が神葬ーーゲリュオンにかけて、必ずや、ええ、嬲り、愉しみ、血反吐を吐かせて殺してやりましょうとも!」


こぼれる様な笑み、ひたすらに愉悦をにじませたその顔は不自然に歪んでいる。

目付きはともかく、整った顔立ちがもったいないほどだった。


「…下衆め。」


「ア?なんか言ったか侯爵ゥ!」


「…ふん、貴様の顔を見ただけで反吐が出る、貴様が陛下に忠義を誓う者でなければ今すぐにでも排斥してやりたいところだ。」


「ハッ、当たり前だろう?我が心はジークルーデ陛下のおん為に…我が体、我が命、我が心ーー頭から爪先まで全て、全て、全て陛下のものよ!ああ、陛下、陛下、ご覧になっていて下さい、必ずや、必ずやご期待に!」


狂気すら滲ませる表情で宣誓し、腰に佩く剣を眼前に翳す。


「ああ、期待しているとも…ワタシ(・・・)のイザベラ。」


「ハイ!ハヒィ!」


涎を垂らしながら剣を腰に収めるとイザベラは宮殿のテラスへと走り出し、そのまま宙空へと身を踊らせる。


「ジークルーデ様ぁ、イッテマイリマスゥ!」


落ちた先に、滞空していた飛龍がイザベラの足場となり、そのまま手綱を握ると飛龍は超高速で飛行しだす。

あっという間にその姿は肉眼では捉えられない程遠くへと飛翔して行った。


「…あの分なら国境まで半刻かかるまい…これでその反逆者も終わりだろうよ…それとそう嫌ってやるな、アレはアレで使える駒よ。」


「……しかし余りにも騎士としては…」


「礼儀作法で敵を殺せるわけではあるまい、最低限私への忠義を見せているうちは飼ってやるさ…ソレは誰であれ同じ、だがな?」


「しかと、肝に命じましょう…。」



*******



「痛いのじゃ…お尻が二つに割れたのじゃあ……」


「…尻は元から二つに割れている、諦めろトカゲ。」


「あうあうあー、鬼っ、悪魔っ…て鬼そのものじゃった!?」


「…喧しい(バチィン!)」


「ひにゅああー!?」


またもや懲罰棒が尻を打つ。


ひょい、と。

さめざめと泣く金髪の幼女(ドラゴン)を猫の子の如く襟を掴んでぶら下げる朱天と、それを頬をひくつかせながら見やるガラン兄弟と帝国兵。


最早誰一人として朱天をどうにかできるなどとは思えず投降、すでにガタが来ていた軍船を捨て、たどり着いた岸へ降り立ちその異様な光景を呆気にとられながら見つめるしかない。


「…な、なあ、あんた…本当に何者だ?これでも俺たちはそれなりに名が売れた傭兵で、そこいらの奴らが束になろうと蹴散らすだけの自信があった、だがあんたは規格外にも程があるだろう…俺たちの合技を防がれた事がないとは言わんがあんな風にあしらわれたのも初めてなら、そ、その…竜を子供扱いする奴なんかそれこそ初めて見たぞ?」


顔に似合わずべらべらと捲し立てるガラン兄弟の兄。


「…本当に信じがたいよ、魔術の扱いにしてもそう…僕も見たこともな術大系だけど、あの出力と構成は大魔導師、いや…始まりの大賢者達にも届くんじゃないかと思うくらいだった…改めて謝罪するよ、帝国の依頼だったとはいえ僕らはとんでもない人に喧嘩を売っていたみたいだ…もはや生き残りも少ないが…できることなら許して、せめて兵たちだけでも許してくれませんか?」


「…まあ良かろう、これ以上は何をする気もない。たまたま投げた石が当たったからと大人気なくやりすぎた気はするからな。」


それに、同胞を護りたいと言う部分だけはわからんでも無い、と言いながらぺいっ、と黄竜を投げ捨てる朱天。

慌ててベルクが抱きとめる。


正直大人気ないとかそんなレベルではない、軍船2隻が消し飛び犠牲者も多数出ているのだ。


「感謝するよ、シュテン殿。」


「ああ、話がわかるな、助かるぜ。」


ガラン兄弟が揃って頭を下げ、生き残った兵士達は平身低頭、額を地に擦り付けるようにして伏して震えている。


「よし、ならすぐに国境を越えーー」


そうベルクが声を出した瞬間だった。

ふっ、と頭上に影が差す。


「陛下への忠義を忘れたかっ使い道もない雑兵共がぁっ!!」


超高速で飛来した飛竜の背から飛び降りた影が、思い切り振りかぶった長剣を叩きつけるように、平伏した兵士達に斬りつける。


瞬間、轟音とともに土煙が舞った。


「ぬあ!?」


「だ、誰だーー!」


だんだんと薄まりゆく土煙の中に立つのは女。

アメジストの様な薄紫の瞳に、張り付くような笑みを浮かべた剣士。


「イザベラ・フォールン…帝国五柱が一柱(ひとはしら)巨神剣(ゲリュオン)のイザベラだ、忘れていいぞ…どうせ直ぐにこの役立たず共と同じく死んでいくんだからなあ?」


軽薄な笑みの向こう。

イザベラの足元には誰一人生きてはいなかった、まるで巨大な拳に潰されたかのような陥没した地面と、真っ黒な血の染みが残るだけ。


「……女。」


「あん?」


「今潰れた兵士共はお前と同じ組織の一員では無いのか。」


「…はあ、お前が噂の…そうだな、確かに同じ国に属したものではあるが…(ゴミ)だ。」


(ゴミ)、だと?」


「ああ、そうだね…我々は陛下の駒であり、陛下の剣であり、陛下の為に生きる帝国の民だ…ならばその帝国を舐めてくれたてめえと、獣人どもは根絶やしにすべき敵。」


「…ほう、それで?」


「だ、か、ら…テメエらに赦しをこうような腑抜けは生きる価値もない…だから潰してやった、それだけの事だ、わかるか…わかるよな、だからテメエも…潰れて死ね。」


言葉と同時。

振られた剣が描いた一直線の軌道上。


朱天の頭上に風を切る音が聞こえた。

それは不可視の質量の塊り。

兵士達を押し潰した何かが朱天をも同じく轢き潰しにかかる。


「朱天さま!?」


葛葉の悲鳴、先程と同じく立ち昇った土煙。

だが、その下には血溜まりも、潰れた身体もない。


「単調過ぎる、いかに威力があろうが狙った先が見え見えだ阿呆。」


イザベラの背後から聞こえる声。


「…っ!!」


振り向きざまに剣を一閃。

だが、手応えはない。


「だから…単調だと言っただろう。」


ヒュ、と。

軽い音が聞こえた。


次の瞬間にはイザベラは身体が宙を舞うのを感じていた。


「…は?」


周囲に感じる、熱、熱、熱。

いつのまにか放り投げられ、数メートル上空に居たイザベラは己の周囲に無数の鬼火が浮いているのを見た。


「鬼術ーー爆獄。」


華が咲いた。

獄炎の華、連鎖爆発した鬼火はイザベラの身体を次々と弾き、焼き、炙る。


「がっ、グッ、ギァッ…!」


まるで糸が切れ、狂い踊るオートマタのように、イザベラは空中で小規模な爆破に弾かれ続けた。


ズシャッ!

弄ばれるように空中で跳ね回っていたイザベラが、砂を鳴らして地面へと落ちる。


「ぐ、が…き、さまあ!」


体中を焦げ跡と煤と砂に塗れながら憤怒の表情で朱天を睨むイザベラ。


「俺は、妖だ。」


「あぁっ?」


「妖であるが故か人らしい感情なぞついぞ色あせ、失ったと…そう、思っていたのだがな…そんな俺にもわずかに残るものがある、同族意識、仲間意識…そんなものが、な。」


「な、にを言ってやがるこのチンチクリンのクソガキャア!」


「…吠えるしかできんのか、サル以下だな?」


罵倒には罵倒を返せば、わかりやすいくらいに顔を歪めたイザベラは剣を構えると無策に突撃してくる。


「…懲りない奴だ。」


易々とその刃を避け、足を出して引っ掛けてやれば面白いくらい盛大に、顔面から地面に突っ込んだ。


「ひぎゃぶっ!?」


「ぷっ…」


帝国でも指折りの実力者と名高いイザベラのあまりに滑稽な姿に思わず自分達のことを棚上げしてガラン兄弟が小さく吹きだす。


「ぎ、ぎざま…いま、わらっだな!」


どくどくと血が滴り落ちる鼻を片手で押さえながら、イザベラが憎しみを込めた目で、鋭く睨んだ。


「ひぇっ!」


思わず小さな身体を抱えるように身震いするガラン弟…マイム。


「く、くやじいが、近接戦では貴様が圧倒的に私を、上回るのは…ハァ、理解した。」


怒りを抑え、剣を再び構えるイザベラ。


「あれだけ打たれながらよく得物を落とさなかったな。そこは褒めてやる。」


「抜かせ…その余裕のある顔をぐちゃぐちゃにするのが今から楽しみだよ!」


ブワッ、と。

イザベラの足下に妖気(・・)が立ち昇る。


「…ほぉ、どことなく懐かしい力を感じるな…貴様のその()何が入っている。」


「今に解る…さあ、絶望しろ!」


イザベラの目が獣の如く見開かれ、その瞳孔が爬虫類のソレに似た縦長のモノへと変わる。


「不味いあの女っ、この場に解放する気か!?」


ガラン兄…デイブが叫びその禿頭を片手で覆うようにしてしかめ面で睨んでいる。


「おい、あんたっ…早く止めろ”解放(リリース)“されたら手に負えないぞ!」


「なるほど……つまりはあの女は切り札を切りたいわけだ。」


「わかってんなら早く止めてくれ!御柱クラスの化け物が解き放たれたらここいら一帯消し飛ばされかねん!」


デイブの叫びに朱天はその赤々と燃えるように光瞳孔を細め…


「もう、遅い!!」


慌てるデイブ達を見やり勝ち誇った笑みを浮かべたイザベラ。


手にした剣からは禍々しい気配が漏れ出し、やがて天を衝く光の柱が顕れる。


「我を助けよ、我を認めよ、我を楔に顕れ、出でよ!神代の巨神…天壊大巨神 ゲリュオネウス(αρυϝόνης')!!」


やがて光は人に似たシルエットへと変じ、胸部にあたる部分が肋骨が割れるようにして開き、イザベラをその中へと取り込んだ。

その顔は正面と左右に三つ。

腕は背中に4本、肩から二本の計六本。

その手にはそれぞれが得物を携えている。剣、槍、戦斧、鎌、一対二枚の大盾に武器かどうかわからない謎の球体。

生物的でありながら鎧や、絡繰にも似た金属部分を多く備えた機械仕掛けの神。


それを見上げたデイブは禿頭の天辺までをも青くして呟いた。


「し、しし、神話の巨人…ゲリュオネウス…おしまいだ、あんなもの出されて勝てるわけ…。」


「…ほう、三面六臂の大怪異か…いやいや驚いた、あの様な若輩がこれほど強大な妖を統べようとはな?」


どこか嬉し気に目を細める朱天と、驚愕の表情のまま固まる周囲の者達。


『貴様は危険だ、反逆者!』


巨神から聞こえてくる声はイザベラのモノ。


『故に私の全てを用いて今、この場で完膚なきまでに殺す!殺して、引き裂いて!その首陛下に捧げてくれる!!』


「この俺を全力で排除しようと言う考えそのものは間違いでは無い…その巨人もまた、他の誰かを相手にしたなら通用もしただろうがーー相手が悪い、お前やお前を差し向けた帝国とやらは……運が、無い。」


朱天の手が天に掲げられ。

その先の空間が歪み出した。


「妖刃ーー抜刀。」


赤と黒、見事な細工を施された柄と鞘。

両手で握り、鞘がひとりでに抜け、光と共に解ける様に消えていく。

刃は赤々とした光を纏ってその刀身以上に鋭い切れ味を誇る光刀を創り出す。


「デカイだけのガラクタでなくば、耐えて見せろ!」


「そんな、小さな刃物一つでこのゲリュオネウスをどうにかできると思うな…貴様こそ…耐えられるなら耐えてみせろクソガキがあ!!!」


一息に振り下ろされた戦斧は空を裂いて迫り。


轟音と共に大地が裂けた。

爆発したかの様な衝撃と共に巻き起こった破壊の波は周囲の草木を吹き飛ばしながら地面に裂け目を作り出す。

戦斧を引き抜き、一言。


『ぶはははっやりすぎちまったかあ!?』


今度こそ気持ちよく、あの生意気な小僧を縊り殺してやった、とイザベラが喜色ばんだ声を上げた、矢先。


もうもうと立ち込める土煙の先から声がした。


「囀るな、小娘(・・)。」


『……は?』


爛々と赤く、鬼灯の様に輝く眼。

裂けた様な口の端にのぞく鋭い牙。


頭に生えた二本角。


鬼としての姿を半ば取り戻した朱天が未だ、無傷で立っていた。

それどころかガラン兄弟や葛葉、アルバ族の面々や船長も薄く光る膜の様なモノに守られて生きていた。

半円状の膜の背後には巨大な亀裂ができているにも拘らずだ。


「次は、腕を落としてやろうか?」


言葉と同時、閃いた紅い光が戦斧を半ばから折れた…否、斬り落とされた。


ドオ、ン!


音を立てて地に落ちる巨大な戦斧だったものの先端。


圧倒的かと思われた巨人に対する朱天の態度は些かも変わらず。


「さぁ、殺戮の時間だ。」


いや。

その眼だけは、まるで笑っていなかった。

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