11.追手と遭遇の■■
帝国の追手との遭遇戦…
派手派手。
そして最後に現れたのは…
(10話、冒頭を少しだけ書き直しました。)
「…ソムリエ子爵、お待たせ致しましたがようやくくだんの遣い手を発見しました。」
「…ふん、やっとか。」
「は、使い魔からの情報では黄流河の渡し船に乗って移動中の様です。」
「何、黄流河だとっ…最早国境間近ではないか…すぐに出せるのは?」
「は、先行していた斥候のキルサスと、水路捜索に出していた亜人の戦船部隊が3隻、それと…いざとなればキルサスの持つ御印を辿れば私を含め数人は送り込めるはずです…首都からの増援にガラン兄弟も派遣されています。」
「…ガラン兄弟…確かに戦力としては悪くはないが野蛮極まりない田舎者だ、そもそも伝承級クラスを相手にするには荷が勝ちすぎではないか?」
「…それが最大級の支援だとハイネケン侯爵閣下から…すまないが後は既存の兵力で賄って欲しい、とだけ。」
「…ち、あの成り上がりめ…わしより位が上になったからとわしを蔑ろにしおって…、まあいい、死ぬ気で働けよ貴様ら…しくじれば我々は帝都で誹りを受けるだろうからな、それが嫌なら必ず成果を上げろ。」
(…いやあ、それが嫌と言うより咎められるのはこの場合現場責任者である子爵なんだけどなあ、ま…今それを指摘していいこともないんだけどな。)
「…ところでその赤毛の小娘はなんだ?」
「ああ、拾ったんです、なかなか使えますよコイツ、特に軍略的な知識は悪くありません。」
「ネム、とお呼び下さい…正式な名は、ありません…卑しき身なれば、子爵様におかれましてはご機嫌麗しく。」
「…貧民の類か?まあいい、役立つならそれで構わんしダメならアーガード、貴様が責任をとれ。」
「え…お、俺ですか…は、はあ。」
「部下にするなら当たり前だろう、上官が責任を取らんでどうする…それはそれとして失敗は許されないのは肝に命じておけ、もし失敗したらその時は貴様ら二人して晒し首にしてやるからな?」
「…流石にそれは勘弁願いたい、と言うか軍紀にそんな規則はない様な気はしますが…」
「阿呆か、貴様…戦場に死体が二つばかり残ろうが名誉の戦死だ、嬉しかろう?」
(こっ、この野郎…清々しいくらいにブーメランだなっ、責任なら責任者のお前がとれよ!?)
「…あーがーど、顔。」
「ぬ、あ、ああそうだな、すまん…ネム。」
ネム、とはつまりは名無し
から来たアーガードがつけた安易な仮の名前である。
「ん、ご飯と引き換えにキルサスに頼まれたから、ちゃんと副官らしくするよ?」
と、小声でやりとりする二人に子爵が雷を落とした。
「何か文句があるのかっ、貴様等!ワシは子爵だっ、貴様らの首などワシの気分次第だとわらんか!?」
唾を吐き散らかしながら怒鳴る姿はオークよりも豚じみている。
ネム…、赤毛の少女はそれに向き直り。
「…は、失礼いたしました…必ずや怨敵のそっ首、閣下の前にお持ちいたしましょう。」
記憶が曖昧とは思えないほど流麗に跪くとそう、答えて見せたのだった。
*********
「さあて、何度も言うがお前さんがた落ちんようになるべく中程に固まって馬は後部デッキにそれ用の手綱括る場所とスペースがあるからつないどけぇ。」
帆船の中は見た以上に広かった。
朱天達はデッキ中央部に固まるようにして陣取り、一度につきおよそ三分の一ずつのアルバ族が乗り込んだ。
二度の往復にはさほどの危険もなく事は終わり、今は最後に殿についていた族長イビトと一族の戦闘要員をまとめるベルク、それにザンバが連れてきた例の妙な名をつけられた黒馬をはじめとした馬達をつなぎ、馬番がそれを見張り、朱天と葛葉は馬達から少々離れた位置に腰掛けていた。
前面は顧客を乗せる為のスペースなのだろう、簡易な柵が内側についており、船首のすぐ後ろに操舵輪がある。
よ、ほっ!と言う具合に巧みに操舵輪を操る船頭ーーいや、この船の規模なら船長と呼ぶべきだろうか、が機嫌良く鼻歌を口ずさんでいる。
歌詞もない、ただ韻を踏んだだけのメロディだった、しかし。
どうしたことか朱天はそれを聞いたことがあった。
「……この、唄…」
「どうかいたしましたか?」
「いや、俺の故郷近くで唄われていたものに似ていた気がしただけでな、意味はない。」
何かの偶然だろう。
そもそも月が二つ輝くこの世界に自分と同じ世界の文化がある訳もない。
「あぁ、この唄かい…いくらか前に乗せたお客が口ずさむもんだからなんだか頭に残ってな、いつの間にか口ずさんじまうんだわ…まあ歌ってたんはわしとは比べもんにならん美声じゃったがなあ、ははは!」
「…そうか。まあありえないとは思うがもしもそれが俺の故郷の歌ならばそれは、子守唄でな…俺がまだ人の子だった頃に母がよく歌ってくれたものだ。」
「…何言うてんだ、見た目に似合わない才能を持ってはいるみてえだがわしからすりゃおまえさんはまだまだ子供だろう、ガキが達観したこと言うもんじゃねえよ、なんならその姉ちゃんに添い寝して貰って歌ってもらったらどうだい?」
「……あ、あの、そ、添い寝は流石に…」
と、生真面目に答える葛葉に船長は苦笑して。
「はっは、なんだい姉ちゃん見た目は色気たっぷりなのにまだまだねんねかい、そりゃ悪かったな獣人の年齢はわしらにゃ分かり辛えかんなあ。」
水飛沫をわずかに浴びながら呵呵大笑する船長は心底楽しそうな顔で。
葛葉は何やらもじもじと恥じらうばかり。
「……葛葉は確かに美しいとは思うが夜伽をさせるような関係でもないぞ?」
「にゃにゃ、にゃに、何を、朱天様!?」
「…あや、なんだい兄ちゃんこそ年齢以上にませてんなあ。」
おや、狐が猫になった。
などと考えながら朱天と葛葉を見ていると、今まで畏れすら抱いていた朱天も、どこか遠慮し距離をとっていた葛葉に対しても。
何となくだが微笑ましいような気持ちになる一行だった、だがそんな微笑ましい時間も長くは続かない。
向こう岸が遠くに見え始め、牛鬼や集落の皆が小さく見えてきた時、それは起こった。
遥か後方、まだ豆粒じみたものしか見えないが船が見え、そこから何かが陽光を反射し、飛び出した。
「…ガハハハハハハ、喰ぅらぁええ!!」
ズッ、ガアアアン!
「ぬ、ぬわあ、なんじゃあ!?」
船長が焦り、船が減速。
船尾に繋がれた馬達の真横に突き刺さるいくつもの突起を生やした鉄球。
慌てた馬達が嘶き、暴れ出す。
「ふゃああ!?」
馬番をしていた馬番の猫耳少女が、尻尾をパンパンに膨らませて驚愕の声を上げる。
危うく直撃しかねない位置にいた彼女は腰を抜かしてへたり込む。
「ブヒヒィーン!?」
黒馬、確かブラック破邪☆極吽流星号♡、とか名付けられていた馬は足を振り上げ、その下の住人を踏み潰さんと暴れた。
「ひっ!?」
それを見た彼女は死を感じ、思わず目を瞑るが…いつまでも衝撃は襲って来なかった。
「…落ち着かんか、お前は賢い馬だろう…黒曜。」
「ブヒ、ヒヒン!?」
片手でその蹄を受け止めた朱天は、アルバ族の雌猫を庇う様な位置で立ち塞がり、黒馬…ブラックなんたらを見つめる。
「ヒッヒ〜ン♡(ハイ、アナタの黒曜、黒曜です、わたし!)」
「……そうか、わかったか、大人しくしておけよ。」
優しく足を下ろしてやり、首を撫でると大人しくなるブラック☆破邪ーー長え…、改め黒曜。
「ヒ、ヒヒヒヒン…(いやそうじゃないんですけど、うー、まあいいですけどやっぱりアナタは私の王子様!)」
因みに、ブラックーー改め黒曜…雌である。
「ああ、朱天様…幼くも凛々しいお顔…す、素敵…。」
「ヒヒン…(激しく同意するわ…)」
通じ合う馬と猫耳。
「…なんでしょう、なんだかもやもやとします…何故だか馬まで良からぬ顔をしている気がしてきたのですけど…と言うか朱天様、いつの間に??」
先程まで隣にいた朱天がいつの間にか数メートル先に移動し、馬番の雌を守っていた。
「………なんでしょう、なんでしょうか…うーん??」
と、彼女が悩み、首を傾げていると再び鉄球が風を切って飛来する。
「ち、またか。」
舌打ちした朱天は手を翳しーーその掌中に青白い鬼火が灯る。
「鬼術ーー蒼炎。」
手を軽く振り抜くと同時に鉄球に向けて閃く蒼炎の帯。
それは瞬く間に鉄球を焼き尽くし、辺りに金臭いが漂って…熱され溶けた鉄が水に落ち、急激に気化、水蒸気爆発を起こし白い水柱を上げる。
「ふにゃあああ!?」
ますます怯えた馬番の娘は、泣きながら朱天にすがりつく。
「な、こら…離さんか!」
力尽くでともいかず一瞬、朱天の注意が逸れる。
「隙ありじゃあああいちゃついてんじゃねえぞおどりゃああああ!!!」
一気に四つの、それも先に倍する大きさの鉄球が飛来する。
「チィ…!」
1、2、3…と、飛びくる鉄球を拳で弾き返す朱天。
その剛力は凄まじく、鉄球を打ち付けた拳もまた傷一つ無い。
しかし、足を止め、手だけしか咄嗟に使えない状態への奇襲はとうとう四つ目にして朱天の頭を捉えた。
ガギイイン!、とおよそ生き物の頭部に当たったとは思えない金属同士がカチ合うような音。
「……痛っ…。」
「朱天様…!?」
葛葉が悲鳴を上げ、一筋、朱天の額から血が流れた。
「…やってくれたな、ニンゲン。」
次の瞬間、膨れ上がる怒気と…ずるりと、額に生える二本角。
その眼は暗い光を帯び、本来黒目にあたる部分が白く、白目が黒と反転、さらには黒目の中心は赤々と鬼灯の様に光を放っている。
「ひ、あ、あ!?」
足元にしがみ付いていた少女は、掴んだ脚を離し、完全に脱力して恐怖にその場で震えるしか無い。
そうこうする内に近づいて来たのは三隻の軍船、黒い鉄板を貼り付け、前面と左右に砲台が設置されたこちらの船の倍ほどの大きな物々しい船で、先頭の船の船首には帝国の御印、二匹の蛇が絡み合い、互いの尾を喰らい合う旗が掲げられていた。
「…あれは、バルムンク帝国!?」
「なるほど、追手と言うワケか…」
船首に立ち、鉄球を撃ち込んできたのは禿頭の大男、身長は実に6尺…180㎝を超えた巨漢と、その背後には小さな、4.5尺…140㎝強の小男と複数の武装兵が並んでいる。
「鉄臭いヒトどもが…この俺、大江山の朱天童子に弓引く事が如何に愚かかーー教えてやろうでは無いか、この世界には天敵たる陰陽寮も無くば鬼祓も居らぬ…ゆめ、止められるとは思わん事だっ!!!」
くはぁ、と。
生暖かい息が漏れる。
生々しい血の香り、生臭くも鉄臭くもあるそれが広がると同時。
宙空に数十の鬼火が灯る。
「なっ、なんだっ奴はまだ、抜いていない筈だと言うのにあの大規模な魔法はなんだ!?」
船首に立つ禿頭が喚き散らす。
「小煩い坊主頭のムシケラめ…。」
「ちぃ、やらせると思うかっ、こちらは既に魔装を抜いて居るんだからなあっ、押し潰せ、全力全壊だーー大針山の鉄鼠ぉっ!!」
中級魔装、大針山の鉄鼠。
周囲の砂鉄や鉄分を集め操る歳を経た鉄鼠を魔核に封じた地属性武具。
その姿は魔鉄製のモーニングスター。
振り回すたびに宙に顕現した鉄球が高速で飛び、鬼火や朱天達の居る船へと迫る。
「うひあああっ、な、なんで帝国に襲われるんだ、や、やめてくれええ!?」
船長が叫ぶが、意味はなく…鉄球は無慈悲に船へと飛び、激突…は、しなかった。
船へと近づいた途端に掻き消えたのだ。
…否、蒸発しているのだ。
鉄の融点は1538度、沸点は2862度。
まして一瞬にして蒸発するともなれば如何なる高温か。
しかも河の水には最初を除いて影響は皆無。
魔導技術に優れた知識を持つ者が見ればこれが如何に異常な光景かはわかっただろう。
ただ、高温の炎を出すだけなら魔力さえ足りていたなら中級程度の魔術師になら可能だろう、だが…その温度上昇すら任意の対象のみに絞るのが如何に難しく、高度な技術か解ろうと言うものだろう。
「不味い、兄さん…アレはヤバイよ、魔装、神装がどうと言う次元じゃあない…魔術師としてもあれは化け物だ!」
「…ははあ、おまえが言うならそうなんだろ弟よ、だがなあ…この豪腕のデイブ・ガラン…舐められたまま引けるかよおっ、おらあ、てめえらも矢を射かけろやぁ!!」
「ははっ、射てーー!!」
ヒュンヒュンと兵長の声に応じて飛ぶ矢尻。
抗戦するうちに辛うじて風魔法の補助ありきでだが矢が届く程度には近づいていた。
「兄さん!」
咎めるような弟の声を後ろに、兄、デイブ・ガランは再び鉄球を創造する。
今度は只管に硬く、強く、圧縮し、捻りと、先端の鋭さを意識する。
「第一…こっちから仕掛けといて相手が強そうだからごめんなさいなんざできるわきゃねえだろ、手伝えマイム!!」
それを聞き、ため息をつきながら弟、マイム・ガランも構え、兄の魔装により作り出された鉄の塊…今や玉ではなく、先端を尖らせ、正に弾丸と化したそれに…握り締めた自身の上級神装、超重星杖による重力操作を加える。
やがてそれは…仮に現代科学的に名をつけるなら重力砲弾とでも名付けるべきものを作り出す。
「さあ、弾け飛べ…ガラン兄弟が合技…魔蠍鉄針弾ォ!!」
ノリノリで技名を叫ぶのは兄、デイブのみである、ちなみに声は意外に渋い。
因みにアンタレスとはこの世界では闇属性の上位の魔獣、蠍の化け物であり、マイムの神装の魔核に封じられている。
ドパン!
空気の壁を打ち破り、重力加速を加えられ音速を突破した鋼鉄の砲弾が朱天達に迫る。
それは正に一瞬。
次の瞬間には膨大な質量の水柱が立ち昇り、河の底がやにわに見えるほど。
「やったか、流石に死んだだろう。」
「い、いや兄さん…アンタレスほどの一撃にしちゃ周辺環境への被害が少なーー」
そして視界を塞ぐ水飛沫と津波かと言うくらいの揺れが収まるった場所には…
果たして無傷のままの渡し船と、船尾の落下防止柵に立つ朱天の姿だった。
「う、ええっ、嘘だろう、いくらなんでも無傷ぅ!?」
あまりの事態に混乱極めるマイム・ガラン。
しかしとうの朱天はと言えば。
「…今の一撃は肝が冷えたぞ、周囲に配慮するのが遅れただろうが、クソ坊主。」
などと額に青筋を浮かべて呟くのだ。
「ま、不味い、やっぱり化け物だ、あいつ!」
「う、嘘だ、ガラン兄弟が手も足も出ないだなんて、悪夢かよぉ!?」
最強の攻撃手段を防がれ、狼狽る帝国側。
「いまさら命乞いでもするか、小僧…遅いわ、死ね。」
「ひ、ひい!?」
マイムが怯え、蹲み込んで頭を抱える。
同時に背後の弓兵達もまた真っ青な顔で慄いている。
「鬼術ーー葬送烈火。」
先の一撃の防御に数を減らしていた鬼火が再び数を増やし、浮かび上がったかと思えば渦巻き、そして帝国の船へと殺到した。
それはまさに青白い色の炎の嵐だった。
鉄板こそ溶けはしないが赤熱し色を変え、木材が発火していく。
「あ、あち、あちち、うああ!?」
「ぎゃああああたすけ、ひぃぃ!!」
後方にいた2隻は呆気なく燃え上がり、やがてぐずぐずと内部から炭に変わり果てて崩壊していく。
ジュウジュウと焼けた鉄が水に落ち、音を立てる。
木が、肉が、鉄が焼ける匂い。
「ふ、ふぐっ…」
その悲惨な匂いに鼻がいい獣人達は一様に口元を覆い隠した。
「…ほう、一隻だけは生き延びたか…なかなかしぶとい坊主だな?」
マイムによる重力操作で辛うじて一撃を逸らした戦闘の船だけが、帆を火に巻かれながらも浮かんでいた。
「ぐ、俺は修行僧でもなんでもねえ、禿頭はファッションだ馬鹿野郎っ!」
「…ふぁっしょん?」
「ああ、お、お洒落の事ですよ朱天様。」
皆が一様に眼前の光景に口を閉じる中、デイブ以外には葛葉だけが口を挟んでいた。
「…なんだおまえ、女か?」
「どうみても男だろうが、身嗜みの一環だ、ってかなんなんだよてめえはよ、理不尽極まりねえだろう、なんでアレで平然と生きてやがる!」
「…あれで死ぬ程やわではないと言うだけだが?」
「あり得ねえだろ、帝都の防壁にだって大穴が開く一撃だぞ!?」
「…ふん、貴様らが脆弱なだけだろうが、ピーピー囀るな。」
と、段々とその諍いが子供の口喧嘩じみてきたその時。
『五月蝿いのは…汝ら双方であろうがあああああああああああああ!?!?』
上流、太い流れから勢いよく飛び出してきた金色の巨大生物ーー
「えっ、お、お、お、おおーっ!?」
叫ぶ船長。
そう…河のヌシに、よって。
遮られた。