1.鬼神
ちょこちょこと、作品を投稿してはエターナルしておりました……この作品はできたらきちんと走り抜けたい、そう考えて今回はある程度書きためてあります、とはいえ数話ではありますが。
鬼を題材にした異世界ものです。
モチーフは酒呑童子。
字は違いますが今作主人公は同じく大江山の朱天童子、として名を馳せた大鬼でした。
さて、そんな鬼を受け入れた異世界はどの様な物語を紡ぐのか。
よければお付き合いください。
今回はまだ異世界ではなく現世からです、プロローグ的なお話。
山には、鬼が棲んでいる。
時の朝廷は幾度となく討伐令を出すも、その鬼は、送り出された数々の英雄豪傑を殺して、殺して、殺し続けた。
大百足を退治した荒武者も、蛟を鎮めた修験者も、尽くを血袋へと変えた。
全てを朱に染める、大獄の鬼。
その配下は恐ろしき鬼の群れーー。
御山には、鬼が棲む。
血を好み、戦を遊戯と嘯く大化生。
名を、朱天童子。
ソレは忌み名、畏れの象徴。
燃えるような朱い瞳に、漆黒の髪を振り乱す美しくも恐ろしい、そんな矛盾した雰囲気をもつ巨躯の男。
片手に杯を持ち、酒を一息呷ってから口を開く。
「イバラギ」
「お呼びで、頭領?」
「……おまえ、何をした?」
金髪に碧眼、女にも見えなくはない中世的な顔立ち、しかしその目は獰猛な獣のソレであり、額には二本の角が、長い牙が口元に見えている。
男は茨木童子。
大獄の鬼、朱天童子の配下の中でも飛び抜けた力を持つ四天の一。
「は? 何、とはーー」
「惚けるつもりか、この阿呆が!」
言葉は言霊と成り、大気を震わせ茨木童子を打ち据える。
「ぁーーっがっ!?」
ただの恫喝が屈強な鬼の体を吹き飛ばし、背後に立つ柱へと叩きつける。
ドシン! と屋敷を震わせて床へと落ちた茨木童子は口の端から血を流しながら顔を上げた。
「と、頭領……勘弁してくれ出来心だったんだ、あんまりにも、あんまりにも美味そうなもんだから自制できず、ついーー」
配下である茨木童子がとある一人の女を食らった。
それ自体は良くあることだったが今回は相手が悪い……よりによって都の貴族に輿入れする行列を襲い、皆殺しにした挙句にその輿入れする姫を食ったのだ。
ただの村娘や旅の人間ならば都も我らに手は出さなかっただろう。
何しろあちらとしても我々山に巣食う鬼の群れを相手にすれば少なからず被害が出るのはわかりきっていたからだ。
今までは、戦に比べればよほどが少ない被害に収まっていたために互いに不干渉と言う暗黙の了解のようなものがあった。
だが、貴人に手を出したとなれば話は別だろう、あちらにもメンツがあるわけだ。
「その短慮がコレを招いたと、なぜ理解できんのだオマエは!!」
投げた杯が乾いた音を立てて茨木のツノを酒で濡らし、したたる滴は金の髪に流れ落ちていっそ妖艶にすら見えた。
「い、いや……それは」
だが、その目は自らが心酔する大鬼の眼力に怯えていた。
ダァン、と。
酒樽と色とりどりの果物が乗せられた皿を浮き上がらせるほどに左隣にある机が揺れた。
俺がむけた視線の先にあるのは巨大な鏡。
身の丈十尺(約三メートル)はあるこの身体を全身くまなく写せるくらいに大きな鏡には屋敷の外の光景。
完全武装の鎧武者がひしめくようにしてこの屋敷を四方から目指しているのがわかる。
それほどの大軍がこの屋敷ーーいや。
御山を包囲しているのがわかった。
「……あ、あんなもの頭領にかかりゃもののかずでもない、そうでしょう?」
茨木童子の言葉は正しい。
あのような有象無象いくら来ようと負けるわけもない、しかし。
「……確かに雑兵なぞいくら集めようが意味はない、だがな」
それを率いる人間、アレだけは別である。
鏡に映る映像越しにすら感じる悪寒。
「あの派手ないでたちの女武者ーーアレは俺と同類だ」
「は、アレが鬼だと?」
「戯け、そうでは無い……アレもまた俺と同じく持っている」
「ま、まさかーー」
「仕方あるまい貴様ら手を出すなよ、死にたくなければな」
茨木童子の背後に控え、跪いていた無数の小鬼達が恐れたかのように体を震わせる。
そして、四半刻もしない内にその軍勢は屋敷の入り口へと到達した。
「開門せよ、人食いの鬼どもっ! 今すぐにここを開ければ苦しまずに素っ首刎ねてやらんでもないぞ!」
響いた胴間声は鬼にも負けぬほどの大音量。
その声の主は軍下にあって一際目立つ五人のうち一人、赤拵えの鞘に龍の細工が飾られた豪奢な刀を佩いている。
「我が名は綱ーー渡辺綱である、さあさ、京に名高い我が主人、源頼光が名の下に貴様ら鬼を征伐に参ったぞ、さあ、さあ、いざ尋常に勝負せよ!!」
山の中腹にある巨大な山門、その手前にて叫ぶ男、その背後にずらりと並ぶ荒くれ武者ども。
「……茨木、すでに他の三鬼は出向いておるが……貴様が責任を持ってあの小賢しい若武者を引き裂いてこいーーできぬとあらば、わかるな?」
「は、ははっ!」
弾かれたように立ち上がり、庭に面した障子を手も触れずに開け放つと茨木童子は山門へと屋敷の広い庭を駆け下っていく。
その、一呼吸にもみたぬ刹那。
広間の隅に震えてひざまづいていた小鬼達が唐突に潰れたカエルのような悲鳴を上げた。
「ゲ、ゲキャ!? ギャギィ!?」
たった二度、閃いた刃は数十の小鬼の首を刈っていた。
「……ふん、名乗りも上げずに上がり込む無礼な客よな、名乗れーー小娘」
ギロリ、と睨みつけた場所にうっすらと浮かび上がる姿。
透明な羽衣のようなモノを被った先程まで離れた場所、鏡に映し出されていたはずの女武者がどうやってか、そこに立っていた。
「……ふふ、認識疎外の術を施した羽衣を被って、鬼の総大将を討てと言うのが朝廷からの勅命でしたがーーそれでは面白くありません。 大獄の鬼、朱天童子……その強さ、その恐ろしさを是非私に味合わせてください」
「ふん、戦狂いか……女だてらに勇ましいな? だが、この俺を相手に不意をつかなんだこと、後悔するぞ」
胡座をかいて座していた腰を上げる。
人の小娘など普通ならば見ただけで腰を抜かし小水を垂れ流すだろう巨軀に、額から生えた二本の大角と、爛々と輝く灼眼を視てなお、女武者は小揺るぎもしなかった。
「我が名は■■■■、さぁ殺し合おうか……!!」
「……良かろう、ならば見よ、我が三本目の大角をーー妖刃、抜刀ーー」
そう呟いた途端に、頭上の空間が歪む。
そこから迫り出したのは長大な刀の柄だった、紅い妖気を撒き散らしながら手に収まる我が愛刀。
長さは通常の野太刀の倍近いだろうか、鞘は黒漆に赤い装飾と金銀の縁取をした豪華ながら、禍々しさを感じずにはいられない正に魔のモノが扱うにふさわしい剛剣だ。
「は、ははっ、やはりあなたも持っていましたか、それを得たから鬼になったのか、鬼であるからそれを得たかはわかりませんが、楽しめそうで何よりだ……煌刃ーー抜刀!!」
まるで居合でもするかのように。
持っていた刀を投げ捨てた女武者は先程の俺と同じように何もない空間に手を伸ばす、すると腰のあたりの空間に亀裂が入るようにひび割れ、輝きながらその異様を現す一振りの刀。
白木の柄に鞘にも縁取りの銀拵えくらいしか見受けられない飾り気のない作り。
だが、そのおぞましい程の神々しさはどうだ、我ら鬼を斬るためにあるかのようなそれは見ただけで総毛立つ思いだ。
妖刀、神刀、人知及ばぬ力を内包した意志さえ持つ異形の武具。
今互いが握るのは対極に位置する神の刃と魔の刃。
ジリジリと間合いをはかる女武者、そしてそれを待ち受け後の先をとらんと構えるこの俺。
「っぎゃあああああ、お、俺の腕があ!」
きっかけは、外からの悲鳴だった。 聴き慣れた、先程までここで情けなく騒いでいた茨木の。
ほんの瞬きほどの時間俺の注意が逸れた。
次の瞬間紅い闇と、真っ白な光が交差する。
「つまんないですね……鬼の目にも涙、ですか? 天下に悪名響かせた大獄の鬼が、まさか情に絆され隙を見せるだなんて」
視界が、廻る。
世界が回転する。
ーー否。
俺の首から上が、宙を舞ったのだ。
ゴオン! と。
重い金属が落ちるような音と共に視界が低く、固定された。
床に首が落ちたのだろう。
「……ああ、本当に呆気な……カッ!?」
ブラブラと刀をゆるく握って振っていた女が両眼を見開き、苦しげに喉を掻き毟り出した。
刀は手を離れて光の粒となり消えていく。
「な、なんっ、首を撥ねた、ハズ、な、仲間か、の、呪いーー!?」
みるみる女の目が血走り始め、やがてその眼から血が滴り落ちる。
眼球の下の毛細血管が破裂し、眼下に溜まった血が流れ出したのだ。
「……鬼の生命力を、甘く、み、た……なせめて貴様は道連れだーー■■■■とやら」
「ま、まだ生きてーーおのれぇ!」
首だけでニタリと笑い、女武者の最後を見届けてやろうとさらに、残る命を媒介にその体内を念動で破壊してやる。
「ガハァ!」
獣のような声を上げて女が喀血し、蹲る。
内臓を握り潰してやったのだ、もう半刻と持たずに奴は死ぬだろう。
(フン、ここで終わるは口惜しいがーーせめて己の仇は討ったのだ、良しとしようか)
周りがにわかに騒がしい。
襲撃と、俺と此奴の戦いに今更配下の鬼どもが山門下の戦場から舞い戻ってきたのだろう、茨木以外の四天の声も聞こえる気がした。
(……あぁ、すまんなお前たちーー馬鹿なお前達の面倒をもっと長く見てやるつもりであったのだがな……果たせそうにはない、許せーー)
そんな思考を最後に、俺の意識は闇の底へ沈んでいった。