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『The Chicken ~ジャズ研 恋物語~』

作者: 酔翠夢紫

「ありがとね、みんな。おかげで楽しい部活人生だったよ」by吾郎さん

 「2日間のライブスケジュール、これにて終了です! 今年もありがとうございました!」

 トリを務めた桜子さんバンド”唯我独尊”の演奏が終わり、観客席から拍手が響く。MCマイクを握る桜子さんが「メンバー諸君、打ち上げは20分後からスタートです!」と小さく

ガッツポーズを作る。場内にいた部員たちは各々「おお~」と気合の入った声を上げる。

 今年の学祭はトラブルらしいトラブルもなく、無事に終わった。これも各スタッフ同士のいい連携が取れた結果かな、と振り返る。俺は会場の隅に立って、その様子を見ていた。お客さんが退席するのと反比例して、会場となった教室に部員たちが集まってくる。さすがに、設営1日からの運営2日間をぶっ通しただけあり、中には困ったように疲労の色を浮かべるC年もいる。

 

 お客さんのいなくなった会場に、手の空いたC年とD年で結成された買い出し部隊が返ってくる。部隊を指揮しているのはピアノの菊田だ。

 「お待たせしました! 燃料です!」会場が湧いた。どんだけ酒好きなんだこいつら。


 桜子さんの手短なスピーチのあと、各々が好きな酒に手を伸ばしてプルタブを開け、打ち上げが始まった。賑やかな会場を見廻しながら、MJGも随分と人が増えたな、と思った。俺が入った時には、各学年で3人いりゃいい方だったメンバーだが、今年のC年は全部で6人。夏合宿も超えて、残ってくれたことには感謝だ。

 「佐竹、玲奈ちゃん、倉持、大谷、あと篠崎!」菊田の声がした。何やら手招きしている。

 何だろうと思ってみたら、菊田バンドのメンバーじゃないか。

 「えー、我が企画バンド【菊座衛門】の初回演奏、お疲れでした!」菊田が言う。皆それにつづいて「おつかれー」「おつかれさまでした~」と手にした缶を軽くぶつけ合う。

「菊田さん、めっちゃカッコ良かったです」「ソロ感動しました」と倉持と大谷が言う。今日はさすがに機嫌がいいのか、笑顔だ。「玲奈先輩もテーマ、図太くて刺さりました」と大谷。玲奈は「ありがと~」と照れ笑いを浮かべながらも、やりきった満足感が表情ににじみ出ている。桜子さんの慧眼はダテじゃないって事か。去年のジャズオケ時代は苦しいこともあったみたいだけど、今の玲奈を見る限り、きっと鞍替えして良かったんだろう。

 菊田はホメちぎられるのに慣れてないのか「いやいや~」とか言いながら、えらい照れようだ。…こいつ、こういう奴だったんだな。

 「ちょっと俺、桜子さんとこに行ってくるわ」と俺が言うと、みんなこっちを見て「どうぞどうぞ」と生温かい笑顔を浮かべる。大丈夫、こういうのにもさすがに慣れてきた。


 「桜子さん、お疲れさんでした!」

 人の集まるところに桜子あり。ちょいと通してもらって桜子さんと乾杯する。「優斗~! 何とか無事に終わったよ! いろいろ助けてくれてマジ助かったわ~」

 既に上機嫌な酔い方だ。…誰だ、早々に焼酎を桜子さんに進呈したのは。

 「聞いたぞ篠崎、運営とか準備とか結構手伝ってくれたんだってな?」吾郎さんが横合いからぬっと姿を現す。「ええ、まぁ。今回バンドも大して乗ってないので、何かしようかと」と答えると、「部長って学祭時期はホント大変なんだよな。俺も去年やって痛感したわ」と嬉しそうだ。「それに、いいステージになった。忘れないからな、俺」吾郎さんの言葉にハッとした。

 そうか、すっかり失念していたがF年の先輩たちはこれが最後の学祭か。遠山さんが「俺まだ吾郎さんたちが卒業するイメージがなくて。来年もずっとここにいるような気がして。まだ卒業まで日はありますから、セッション来てくださいよ」と呟いた。「そうだな、後期の試験で死んで単位不足で卒業出来なかったら、がっつり世話になるよ!」といつものようにガハハと笑った。もちろん彼の場合はそんな事は微塵も思っていないに違いない。


 ひとしきり飲んだ後で、俺はC年の子たちの労いに回る。皆、新歓時期に何かしらの接点のある子たちだ。慣れない中でみんな良く頑張ってくれたと思う。そう素直に伝えると「いや、でもめっちゃ楽しいです!」と答えが返ってくる。大丈夫だ。この子たちは。

 ふいに、誰もいないステージの上から音がする。いい具合に呑んだと見える吾郎さんだ。胸には派手なエレキベースを抱えて、アンプをいじっている。そうして、何か弾き始めた。

 規則性のある特徴的な、固い音のベースライン。冒頭部の繰り返しだが、この曲はまさか。

 そうして、今度は横合いからドラムにF年の渡部さんが座って、小さく16ビートを刻み始めた。

 「チキン!」と誰かが叫んだ。

The Chickenはジャズというよりファンク色の強いナンバーだ。気づけば倉持がギターを手にして、無言でカッティングをはじめる。菊田もピアノではなく置いてあったハモンドオルガンに手を伸ばす。それもそうだが、あの4ピート堅物の渡部さんが16を叩いているのを目の当たりにするのは新鮮だ。

このナンバーは金曜のセッションでも定番曲で、難易度もそれ程ではないため、C年の子たちにも受けがよく、皆がどんどん参加している曲なのだ。古株の部員は「4ビートこそ至高」と内心思っているひとたちも多かったが、セッションが盛り上がる件については概ね賛成をもらえていた。

 次にステージに上がったのは、銀色のトランペット。ロングの黒髪を揺らす、我らが桜子さん。重責の緊張がほどけた後もあるのか、珍しく頬は赤くなっている。これはこれで、かわいい。願わくば俺との関係の中でも、そんな表情が見てみたい。

 「諸君、全員楽器を持ってステージに集合。みんなでソロ廻しやるぞ~!」部長の一言に皆が「おおっ」と声を上げる。「長くなるから、ソロはひとりは3コーラスまで。リズム隊はいいとこでチェンジしてね。手の空いてるホーンセクションは、ブリッジ部分のバッキングのお手伝いよろしく!」MCマイクを握りしめて、桜子さんが叫ぶ!

 「そんじゃみなさんいってみようか! さあさあ藤川一番、推して参る!」

 桜子さんが、テーマを出だしから少し茶目っ気を出して吹き始める。ステージの上は誰もがいい表情をしている。

 楽器を持ち寄る仲間たちは、ステージの廻りに人だかりを作っていた。

 さて、俺もいっちょ吹いたるかな! たまには桜子さんにいいとこ見せないと!


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