食事をしながら、この世界の話を聞く①
「好きに食べてくれ」
「は、はい」
俺は食堂のような部屋に案内され、緊張しながら椅子に腰をかける。だってこの椅子も、机もすべてがお金がかかってそうなものばかりで、正直汚してしまわないかなどと不安になってならなかったのだ。
そんな俺にグラニーさんは、気にする事はないと言った笑みを浮かべた。
頭はいまだに混乱している。
気づけば、異世界に来ていて、エルフだなんてよく分からない事を言われて。加えて王宮に報告をするなんて言われたのもあって、冷静になれない。
そもそも一般市民の俺は王族なんてものに会った事はもちろんないわけで、何か粗相を犯してしまったらどうしようとかそんな事も頭をよぎる。俺の悪いようにしないとは言っていたが、それは本当だろうか。
『迷い人』という異世界からやってきた存在に対する事もいまだにわかっていないから不安しかない。
出てきた食事はパンとスープだった。
もしかしたらお米はあまりこちらでは食べられていないのだろうか。そう思いながらもおずおずとパンを口に運ぶ。
「それでカグラ、説明をさせてもらってもいいか?」
「はい、お願いします」
「まず『迷い人』とはこの世界に時々現れる異世界人の事だ。総じて、チキュウと呼ばれる場所からやってきていると言われている」
「はい」
「私は不勉強な身で詳しくは知らないが、『迷い人』はこちらに落ちてきた時に魔力をその身に宿すらしい」
「はい」
……魔力をその身に宿す、って俺も魔法とか使えるって事なのだろうか。不安は大きいけれど正直、魔法が使えるかもしれないというのは心が躍る。やはり俺もアニメとか漫画とかをそれなりに読んできた身だし、そういうのは憧れる。
『迷い人』として、地球からこちらにやってきた人はそれなりの数がいるのかもしれない。行方不明者として発表されている内の何名かがこちらに来て、こちらで生きているって事だろうか。
「先ほど、カグラは自分がエルフと言われて驚いていただろう?」
「はい。エルフってどういう事ですか」
「その明るい茶色の髪はエルフの証なんだ」
「……それはどういう意味ですか?」
俺の中でのエルフっていうのは、森の中に住んでいて、弓が得意で、魔法が得意だったりする。それでいて耳が長くて、総じて美形が多い。そんなイメージだ。
髪の色が明るい茶色だからエルフってどういう事なのかいまいち分からない。
「チキュウではどうなのかは知らないが、こちらではその明るい茶色の髪はエルフの証だ。この世界では例外を除いて魔力がおおければ多いほど寿命が長く、髪の色も魔力が多いほど美しいのだ」
正直その言葉を聞いて、不思議な気持ちになった。俺の中にあるエルフという種族とはあまり一致しない。それにしても明るいほど美しく輝くって、こんな髪の色に変わったのは魔力の影響と言う事だろうか。
「カグラはこちらにやってくるときに宿した魔力が多かったのだろう。君はこの世界で言うエルフというものに変質している」
「はぁ……」
正直、人間としか思えない俺がエルフなどと言われてもいまいち実感がわかなくて気の抜けた返事をしてしまった。
「先ほど悪いようにしないと言ったのはだな……。昔、この大陸では『迷い人』を利用してしまった。その結果、『森の賢者様』を怒らせてしまう事になったのだ。それ以降、森の賢者様の不興を買う事がないようにと、少なくとも我が国――ルサンブル王国では『迷い人』の事は丁寧に扱うようにと徹底されている。中には利用しようとするものもいるかもしれないが、少なくとも私や王国の総意として君を悪いようにするつもりはない」
『森の賢者様』――突然言われたその単語に、正直誰なんだろうという気持ちしかわかない。
……それにこの大陸で『迷い人』を利用してしまったというのはどういう事なのだろうか。
「詳しく聞いてもいいですか?」
「ああ」
「まずは、その『森の賢者様』というのは誰なのでしょうか。そしてこの大陸で『迷い人』を利用してしまったのいうのはどういうことですか。大分昔の話のように聞いている限り思いましたが、その『森の賢者様』という方はもうなくなっているのではないですか」
色々と気になる事が多すぎて、一気にそんな風に問いかけてしまった。
その森の賢者様という方の事をこの国が恐れているのは分かった。でも正直、昔の話と言うのならばその人はもうなくなっているのではないかと当たり前の疑問がわいてしまったのだ。
「『森の賢者様』は聖域であるアウグスヌスの住まうハイエルフ様だ。この世界で絶対に敵にまわしてはならない方なので、覚えておいた方がいい」
「ハイエルフ……」
「『森の賢者様』――セイナ様はこの世界で最も魔術を知る方だ。誰よりも魔術を熟知している最もこの世界で怒らせてはならない存在だ。少なくとも五百年以上前の歴史書にもその名前は存在している」
数百年以上前の歴史書に存在しているハイエルフ。そんな凄い存在がこの世にはいるのだと思うと、少しだけわくわくした。
「――そして『森の賢者様』は、カグラと同じ『迷い人』であるらしい」
その言葉に俺は驚愕した。