2話
探索者協会は区画内に本部を、そこを守るようにして四方に拠点を展開している。
なんでも、これは最後の希望たるこの砦―――壁を守るためにできた物だとか。
探索者となって間もないころ、講習会でこの理由を説明された時は不思議に思ったもんだ。
あの壁に魔物が絶対に寄り付かないなんて子供でも知っている常識だからな。
まあ、おそらく当時の人はそれを知らなかったのだろう。
備えあれば患いなしともいうしな。
あって損は無い。
そもそも協会の成り立ちは、人類が魔物から元の地を取り返すことを目的として組織されたことが始まりとされている。
昔は、世界中に魔物が溢れていなかったからか、そのあるべき土地はすべて国が所有、管理していたそうだ。
そして、そのような時代の史実によれば、そんな土地を巡って何千何万と人が死ぬ戦争は起こっていたという。
魔物ではなく、人が殺しあっていた遥か昔の時代の話だ、詳しいところはわからんが、今も昔も物騒なことだよまったく。
そこからどうやって魔物が出現したのか詳しい経緯は残されていない。
分かっているのは、今じゃ日常の一部—――天気と同じく、自然の摂理たる魔力災害—――その大規模なヤツが起きたということ。そして世界に散らばるその生々しい痕跡だけ。
これも当時の学者や探索者がみつけたもので、資料に至ってはほとんどが紛失してしまっている。
そういった痕跡の調査も、いまじゃ区画外のどこかに拠点を構える無法者どもが、人の手が及ばないのを良い事に住み着いているせいで、碌に進みもしない。
まあ、詳しい経緯は知らんが、現在、そういった目的も要塞に魔物が寄って来ないという事実が発覚してからはあまり重要視されてもいない。
後回しにされているのが現状だ。
――――――要は昔と違って現在が落ち着いてしまってるんだ。
すべてを取り返したいと本気で思う世代、つまり当時を知る人々はもういない。
残されているのは当時の記録が一定数と当時の傷跡のみ。
俺たちのもっともっと前の代からは、今の状況があたりまえとして認識されている。
安定してしまっているんだ。
だから、進んで危険を冒す物が世代を重ねるごとに減少してしまっている。
壁の安全性が証明されているからこそできた停滞ともいうべき現在の状況は、皮肉なことに、人々を守る壁のせいで発生している。
まあ、当時の人々が見たら許せない状況だろうな。
きっと平穏が脅かされるその日まで、この状況は変わらないんだろう。
まあ、もっとも。そんなご時世に外に出て危険を冒す職業が俺達、探索者なんだがな。
区画外を探索する集団だから探索者。外の調査をする専門家を護衛したり、魔物を排除して、人類の生活圏を取り戻す者達—――それがいつしかそう呼ばれるようになったそうだ。
そんな俺達の活動は世間からは人類を守り、繁栄させる集団―――なんて、区画内のスポーツ選手のヒーローインタビューみたいに言われているが、実際は違う。
探索者は、区画内であぶれ、区画外でしか生きていくことができないあぶれ者たちが最後にたどり着く場所だ。
そう断言できるね。
じゃないと、こんなイカレタ職業はこなせないぜ!
俺みたいに厄介な持病持ちは特にな。
ここ第3支部は最後の砦、南端に位置している。
高さ300メートル、厚さ200メートル。それが円を描くようにして凡そ25万ヘクタールに亘って囲まれている場所—――俗に絶対の壁、最後の希望と様々な言われ方をしているあの砦は、いつどこで、誰が、どうやって造り上げたのか、詳細な記録は残されていない。
わかっているのは、この砦にはなぜか魔物が寄り付かないということだけ。
過去から現在に至るまで、この璧の研究は盛んに行われているが進展はそこまでしていない。
しかし、この壁を作ることが現代の技術では不可能であるということはわかっている。
魔物生態研究科に所属している和藤曰く、この壁は魔物が嫌う物質を含んでいるらしい。
だが、その嫌う成分が種族単位で違うらしく、なぜ、すべての魔物を弾けているのかは全く分からないそうだ。
――――――魔物が寄り付かない。
この絶対の事実だけが先行し、現在ではそのことを疑問に思う物はいない。
「だから俺が解明してやるぜ!」と生ジョッキ片手に嘯いていた馬鹿が、決意と一緒に人の一張羅に余計な物までゲロッた事を思い出しつつ、エレベーター待機列に並ぶ。
待機列はいつもより早いせいか余り混んではいない。
だが、若いやつが多い。まあ、恐らく理由は同じだろう。
次会ったらどうシメてやろうか考えているとすぐに列は動き出した。
このエレベーターは居住区への一方通行。扉が閉まれば、自然と動く。
武装した状態で昇降できるようになっているこの箱は輸送車三台が入っても少し余裕がある。
マリアが言うには、探索者にずぼらな人が多いせいらしいが———。
なんでも装備を付けたまま乗り降りする人が多いせいで大きくせざるを得なかったとかなんとか。
装備は協会に預けることができる。
だが、職業柄というだけでなく物騒なご時世だ。
武器を手放す事を嫌がる人は多い。
いまどき外出時には女子供だって護身用武器を持っているのが普通だし。
区画内ならともかく、支部に住んでいるやつらは特にそうだろう。
安全じゃないんだ区画外は。
それは、地下を根城にしている俺達も例外じゃない。
やがて到着を知らせるベルと共にホールロビーへ出ると、鉄扉を管理する守衛にカードを見せ通り抜ける。ここからは居住区だ。
ここは非常時のシェルターも担っているせいで、対魔物セキュリティは厳重だ。
急いでいるときは結構面倒だったりするが、実際に使われて有用性は証明されている。
氾濫の余波で何度か攻めこまれたことがあるからな。
最後に攻め込まれたのは、俺がガキの頃だし、たいして覚えていないけど。
救援要請を受けた他の支部の探索者と協力してすぐに鎮圧されたというのもあるだろう。
偉大な先輩方のおかげで、いまもこうしていきているんだから、未来は明るいね。
いくつかの鉄扉こと通称関所を通り抜け、ようやく大ホールに出た。
ここは居住区と協会への道を繋ぐ場所のちょうど境界———休憩所兼準備スペースだ。
ここで、飲食などの休憩スペースをはじめ、武器屋、防具屋、依頼ボードなどの準備を事前に済ませることが出来る。
まあ、上の簡易版のようなものだな。
それら賑わいを見せる通りを横目に探索者協会受付に向かうと、あらかじめ預けていた着替えを受け取り更衣室に向かう。
そこで装備を外すと、受け取った服に着替える。
装備は身を守る物だが、今の俺にとってこれは邪魔以外の何物でもない。
護身用の携帯ナイフを除いたすべてを協会に預け、ホールを出ると身軽になった足で急ぎ目的の場所へと向かう。
本物の太陽とまではいかないが、天井の魔石集合ライトが一定の周期で明るさを表現するここは、現在茜色。
夕方だからだろう。
時計が指す時刻は16時と30分少し過ぎ。
そのまま急ぎ足で5分ほど進むとようやくそれは見えてくる。
周囲の建物よりも一線を画する三階建ての建造物。業務用スーパーらんらんだ。
入口にたくさんの人が入っていくのを遠目に確認できる。
それ自体はいつものことだが、今日はいつもよりそれが多い。
間違いなく、目的は同じだろう。
主婦のような人に混じって、完全武装をした若集が、特売日のチラシを片手にシリアスな容貌で入っていく様は———見慣れたとはいえ、区画内の住人が見たら卒倒すること間違いなしだ。
そんないつもの光景を見ながら、これから始まる戦いに備えるべく、俺も持ってきたチラシの欄をチェックする。
「特売まであと三十分か」
さて、そのまえにチェックしますか。
どこに何が置いてあるのかは把握しているが、定期的にその場所は変わるからな。
ついでに生活用品も安かったら買ってしまおう。
これからの段取りを考えつつ、俺はらんらんのスライド扉を潜った。
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