1話
モンハンワールド欲しい…。
――――――かつてあった文明の足跡を色濃く残すビル群。
そこを静かに駆け抜け、周囲を警戒する。そのまま進むと、程なくしてそれは見えてくる。瓦礫に押し潰されていて見るも無残なそこは、かつて地下鉄道に通ずる入口の一つだった場所。
曰く、そこは駅と呼ばれ、当時、人々の移動手段の一つだったという。旧史によれば、その駅を中継して繋ぐ乗り物が何台も走っていて、それを介せば最北から最南をほぼ一日のうちに行き来できたとか。
現代を生きる俺からすると、その話は俄かには信じ難いが、それを証明する物は今も手を付けられる事無く、当時の傷跡を残したまま存在している。
ここ旧地下鉄跡もその一つだ。
人類の安全圏は三百年前の魔力災害を境に壁の中だけとなった。
そこから一歩でも外側に踏み出せば、たちまちのうちに奴らの餌食へとなってしまう。
現代じゃこれが俺たちの常識で、何代も前にあるご先祖さんの頃から受け継がれて来た教訓だ。
だから、信じられる筈が無い。
昔は奴らが———魔物なんて存在せずに、人類が平穏に暮らしていたなどと。
かつては壁なんて存在していなかったなどと。
どこでも自由に、誰もが好きな場所へと行くことが出来たなどと———今しか知らない、俺たちの様な世代には想像もできない夢のような世界を信じられる筈が無い。
想像もできない世界だ。
――――――だが。
もし、それが叶うのならばそのような景色を見てみたいな、とは思う。
ロマンがある話は嫌いじゃないからな。
肩に背負う命の重みを感じながら、何とはなしに上を見上げ―――その清々しいまでの青空を眺める。
「今日は晴れだって言ってたな」
曰く、この景色だけは今も昔も変わらないらしい。
「俺が言うのも変な話か」
そんな魔物を狩って生計で立てている俺たちの様な人種は特にそうだ。
まあ、そもそも区画外を見るやつなんて限られている。
ほとんどの人はこんな景色を見る事無くその一生を終えていくのだろう。
〇〇〇
ここ―――旧地下鉄跡は現在、複数のバリケードに覆われた不落の要塞となっている。
それは、何代にも亘って少しずつ手を入れ、増改築を繰り返してできた場所。
だが、ココを知るのは区画外に用事のあるものだけだ。
周囲に未だ残る瓦礫は、長年に亘って積み重なった雨水や魔物の体液で歪み、凝固している。
そして、そこは違和感を残すことなく周囲に溶け込んでいた。
その一見ただの瓦礫の山しかない場所の一角に目的のモノを見つけ、踏み入ると一定のリズムでノックする。
それを一定回数繰り返すと―――カシャッ、音が鳴り、ズッと静かにスライドしていく。
それを無感情に眺め、手早く入り込む。
後ろ手に閉まる入口の音をBGMに、そのまま天然の洞窟然とした一本の道を進むと、壁に突き当たった。
一見して行き止まりにも見えるその場所を、今度は数回ほど軽く蹴る。すると、それは上下に分かれ、道へと変わった。そして、最後に二手に分かれたその道を左に歩くと、その道の奥まった場所にようやくそれは見えてきた。
人工物の扉に声をかける。
「……Eランク探索者の赤澤だ。開けてくれ」
「確認した。通れ」
ガチャンと格子越しに現れた男に確認され、入場を許可されると、ホッと一息を吐く。
この支部に来て2年ほど経つが、あまり、慣れない。この支部の厳重さは。
格子扉の直ぐ目の前にある扉は完全防音性となっている。ここが横手に開くとようやく喧騒が聞こえて来る。
飲食スペースでは昼間から酒を煽る者。依頼掲示板の方では人の出入りが激しく、通りのモニターで今日の狙い目速報や高価買取、天気予報、オススメ依頼情報なんかが表示されている。
そんないつも通りの風景を見やりながら、ここ第六ゲート側にある受付と書かれてある場所に向かう。
そこでカードを提出し、納品と書かれたトレーに背負っていた荷物を置く。
すぐに職員が出てきてそれは運ばれていった。
「お疲れ様です。赤澤真様ですね。受注された依頼は常在依頼の【ゴマネズミ】討伐と納品依頼の薬草採取ですね。以上でよろしいですか?」
「ああ」
「ただいま確認します。お疲れ様でした。依頼料はどうされますか?」
これは、その場で受け取るか、指定された口座に振り込むかという問いである。
貧乏探索者である俺はその場で受け取る一択だ。
口座に振り込まれるのは達成依頼の確認をした日の翌日以降。
ただし、依頼指標またはクエストランクと呼ばれる物の低い、一日で達成できるような物の報酬は確認次第、その場で受け取ることが出来るようになっている。
本来なら指定の口座に振り込むのであろうが、その日暮らしの俺はここで受け取らねば明日以降のご飯が食べられなくなってしまう。高ランク探索者ならいざ知らず、俺にとってこれは死活問題だ。
今の時刻は16時ジャスト。
あと一時間ほどで一週間に一度のスーパーらんらん特売セールの時間だ。
何としてもそこに間に合わせて買いだめしなければ…!
幸い、時間帯的にまだ混む時間ではないので査定時間はそこまでかからず、すぐに呼ばれ、報酬を受け取る。
「お疲れ様です。―――ところで、今日はいつもよりお早いお帰りですが、なにかご予定でも?」
「今日は特売日だからな」
報酬を受け取り、一通りの流れを終えたとばかりに、6番ゲート受付嬢であるマリアは、仕事モードを打ち切り、そう問いかけてくる。
敬語は癖だそうだ。
彼女とは、俺が探索者になった時からの付き合いだ。
登録した当時にたまたま彼女も新人として配属され、その初めての受付担当探索者が俺だった縁で、以来こうして何でもない会話をする仲になった。
「―――特売ッ…!」
彼女は、しまった!とばかりにその顔を歪め、肩口で揃えられたシルバーブロンドを揺らし、腕時計を確認して焦っている。彼女も一人暮らし。おそらく、焦っている理由は俺と同じだろう。
「通りで、先輩方にシフトを変わってくれと催促されるわけです…!」なんてブツブツ呟いているから間違いない。
普段の仕事ぶりとその現実離れした美貌から天使などと称されているらしいが、それは言い過ぎだろ。
噂だとファンクラブもあるらしいし。
まったく、俺にはわからん感性だ。
――――――まったく、女ほど危険な人種はいないだろうに。
「お前は収入も安定しているし別にいいだろ」
自分の貧乏を皮肉りつつ言うと。
「そういう問題じゃないでしょう!節約できるときにしないでどうするんですか!ああ~私としたことが…」
本気で悔やしがっている所がコイツらしい。
俺と違って、倍率の高い受付嬢をするほどのマリアの認識は俺ほど切羽は詰まっていない。
まったく本当に羨ましい限りだぜ。
まぁ、悔しがる気持ちは分かるがな。
「というわけで交渉です」
急いでその場を去ろうとすると、それを感じ取ったコイツは逃がさないとばかりに受付カウンターを跳び越えやがった。
受付嬢の正装はスカートだ。それも、丈が膝よりも上にあるような大胆なやつ…!
北欧の血がなした奇跡か―――モデルばりに線の細くきめ細やかな脚で、普段は見えない領域までをも露出させながら何事もなかったかのように華麗に着地を決めて見せ、マリアはそう切り出す。
これは、間違いなくいつものやつだろう。
「なんでしょうか」
普通の男にとってはラッキーであろうその光景がダメな俺が思わず敬語になって返すと。
「もう…!わかっているくせに、いけずっ」
どこか艶っぽい声音でそういって、つつ…とワザとらしく俺の胸元にのの字なんぞを書き始め、上目遣いで見上げてくる。透き通ったスカイブルーの瞳は潤ませながら、シミ一つない真っ白な肌を薄ら赤く染めて、吸い込まれそな唇からん…ッふぅと色っぽい声を出す。
生まれ持った美貌も合わさり、なるほど。並みの男なら一発でノックアウト間違いなしだ。
……よかった。これは大丈夫だ。
「帰っていいか?」
「無反応!?」
衝撃を受けたのか、ぐらッ———これまた大げさに反応している馬鹿を冷めた目で見やる。
こういう所がコイツの残念な所なんだよな。
最初にやられた時は動揺したもんだが、もはや慣れたもの。
さっきみたいに不意打ちをしてく奴じゃなければ大丈夫だからな。
これは、いつものやり取りの範疇だ。
まぁ。そのせいなのか、気がつけばある程度の耐性がついていて、他の———特に世間的に可愛いや美しいを冠する女と話す時に動揺しないで会話ができるようになった。
女嫌いの俺がである。
甚だ不本意な話だが。
「まったく、こんな美少女が迫っているのに無反応なんて…まさかそっち―――!?」
「んなわけあるか!」
失礼なことを宣い始めたマリアの頭を叩く。
俺はノーマルだ!ただ、人より女が苦手のな。
マリア?こいつは例外だ。
女というより、野郎とつるんでいる気分になるんだ、なぜか。
「痛ったぁ。こんな美少女に手を上げるなんて鬼畜ですね。真は」
「自業自得だこのバカ」
つーか自分で美少女っていうなよ。
まあ、前にそうやってツッコんだら「だって事実ですし。こうみえて今日も口説かれて大変だったんですよ!どうです嫉妬しましたか?」とかドヤ顔決めてきたし……もう諦めた。
「……あの、そんな残念な奴をみるような眼で見ないでください」
「わかるか?」
「否定して!?」
若干本気でショックを受けているように見えたマリアは、いつもの茶番満足したのか、ようやく本題を切り出した。
「私の分もお願いします。支払いは私の好感度でどうですか?」
「カリナさんにチクるぞ?」
「鬼!!」
流石に上司にチクられるのは嫌なのか、冗談ですと流して続ける。
「今日の夕飯はごちそうしましょう」
「足りないな」
「なんて贅沢な!!では私の愛情を―――嘘です。ああ待って待って、依頼の融通」
「さーて今日はなにが———」
「報酬の良い奴一枚!」
「まだまだ」
「ぐぅッ!容赦ないですね……お昼のサービス付き」
「もう一声」
「アフターサービスの充実!買取査定に色だぁ持ってけドロボー!」
「乗った!」
「うぅぅ!」
グッと拳を握ってマリアは項垂れた。
反対に俺はホクホクだ。
本来、依頼を一部の探索者に優遇するのは推奨されない行為である。
禁止されている訳では無いが、暗黙の了解でしないようにとされている。
まあ、現実は今のように全くない訳でもなく、交渉如何では行われている。
いわゆるグレーな取引だ。
食費が浮くのは俺にとって大きい。おまけに割の良い依頼に査定額に色の保証なんて中々にない好待遇だ。
運がいい。
実際に、もう一人分買おうが大した手間じゃない。荷物は増えるがそれだけだしな。
こんなふうに事あるごとにマリアとは交渉事をして、そのたびにお互いの足元を見ている。
この前なんか、高熱で依頼を受けられなかった時、あいつの代わりに炊事洗濯から買い物に至るまで全部やらされて、おまけにギルドで人気のない依頼を全部押し付けられたし。
それも一週間。
これぐらい可愛いモノだろう。
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