ガラス越しに見るものは
「私のどこが好きなの?」
漫画や小説の中でしか見たことなのない台詞。まさか自分がこんなことを言う日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
案の定、隣で歩いていた彼はぽかんとした顔で私を凝視してくる。
付け足そうにも言葉が出なくて、私も彼を見つめることしか出来なかった。
私に〝彼氏〟なんてものが出来たのは、二ヶ月くらい前のことだった。
隣の席で、よく話しかけてくる彼に好感を持っていたのは事実だが、良くも悪くも目立たない私のことなんて、眼中にないと思い込んでいた。私に話しかけてくれるのも、彼が人当たりの良い性格で、たまたま私が隣の席だったという、それだけのことだと思っていたのだ。
だから、彼から告白されたときは心底驚いてしまった。
舞い上がって二つ返事でOKを出したものの、後から「何で私なんかに?」という考えを、恥ずかしいことにこの二ヶ月間引きずり続けた。
その結果が今この状況だ。こんなことを考えていた自分が情けない。
「そりゃあ、全部、だけど」
「……え?」
これまた漫画なんかでありそうな台詞を返してくる彼。しばらく考え込んでいたわりには曖昧な返事だ。
本気で言っているの、という言葉は寸前で飲み込む。
「でも強いて言うなら……眼鏡が似合うとこ」
満面の笑みを浮かべて答えた彼に、ついに声すら出なくなった。
黙りこくった私を見て、彼は慌てたようにする。
「ごめん、変な意味じゃなくて!」
「……なんで」
「え?」
「そんなこと、言われたことないから」
小学生の頃から日常的に眼鏡をかけているが、眼鏡をかけている自分の顔というものに違和感があった。今みたいに、誰かに「似合う」と言われたこともなかったからなおさらだ。
「……俺さ」
彼がなぜか私から視線をそらした。
首を傾げていると、彼は大きく息を吐く。
「一目惚れだったんだよね」
「……は?」
一瞬、私の中で時が止まった。
今、何て言った?
「そんな変な顔すんなよ! ……ほら、俺、授業中だけ眼鏡かけてるじゃん」
「そ、そうだね……」
変な顔がどんな顔だったかはあえて聞かず、彼に相槌を打つ。
彼が授業中にしか眼鏡をかけないのは、常にかけていないと生活が出来ない私ほど視力が悪いわけではないからだろう。一部の女子が、ギャップがあっていい、なんてひっそりと囁いているのは頂けないが。
「だからか、俺、自分の眼鏡姿って違和感しかなくて。だから、似合ってる人っていいなぁって。そこからだったんだ、好きになったの」
眼鏡が似合う人なんて、私以外にも大勢いるじゃない。
うっすらと頬を染めている彼を前に、そんなことは言えなかった。
いや、言わなかった、が正しいかもしれない。
眼鏡をかけている人が大勢いる中で、彼は今私の隣にいる。
これほど嬉しいことはないだろう。
初めて、眼鏡をかけていて良かったなと思った。
だって、こんな彼の表情を、はっきりと見ることが出来たのだから。
「何笑ってんだよ」
照れたような顔をしながら口を尖らせる彼に、また笑みがこぼれた。